第八章 新米パパ、世界の謎を知る

8-1 第四階層攻略の設計図

「ここが第四階層か……」


 俺は見回した。


 パーティーを率い、第三階層出口領域に転送された俺は、マーカーストーンを回収した。そこから階層間通路を下りたところ。つまりここは第四階層入り口領域ってことになる。


 ここを一歩でも踏み出せば、もうセーフティーゾーンなどない。第五階層を目指して進むだけだ。


「パパ、ここってちょっと違うね」


 マカロンは先を見つめている。


「そうだな」


 実際、大部屋モンスターモッシュだった第三階層を別にすれば、第一階層第二階層と、ダンジョン自体は似たような構成だった。まっくらな空間に狭い通路が分岐しながらくねくねと続き、ところどころ部屋や空き空間があるような。


 俺達の真ん前には、通路が見えている。だがそれが、これまでとは異なり、割と広い。だから閉塞感がない。


 ボーリックとプティン、ふたりの魔法使いがマジックトーチ術式を展開しているので、かなり明るい。通路の奥の奥まで、輝くように見えている。もちろん、そこに敵は見えない。


 閉塞感がなくて明るいから、ダンジョンというより、ターミナル駅のどでか通路みたいな感じよ。通勤社畜がせこせこ歩いていそうな。


「ちょっと広いよね」

「ああエリン。こっちは八人パーティーだ。広いほうが自由なフォーメーションを取れるから、なにかと助かる」

「そうね、ガトー」


 ガトーとエリン、ふたりのスカウトは、先を指差しながら小声で話し合い始めた。スカウト特有の隠語を混ぜ込んでいるので、内容はよくわからない。多分、見知らぬダンジョンを進むときの取り決めについて、確認でもしてるんだろう。


「ブッシュ」


 おおむね話がまとまったのか、ガトーが振り返った。


「リーダーとしての考えを知りたい。どう進むつもりなんだ」

「そうだな、ガトー。まず敵の話だ」


 王女から聞いた情報を元に、俺は説明した。敵は「邪神」と呼ばれる謎の存在で、不定形。見た目の姿が信用できないことを。


「つまり、サイズはあてにできない。大きく見えても実際は小さいかもしれない」

「急所だと思って首を狙っても、無意味だということっすね」


 新人剣士クイニーは、なぜか笑っている。


「こりゃ無理だわ」

「そういうことだ、クイニー。急所どころか、空振りもありうる。……しかも各人、見えている姿が全部異なる。したがって確実なのは、当たり判定のない魔法攻撃だけ。剣や矢といった物理攻撃は、牽制にしか使えないだろう。矢はまだいい。極端な話、でたらめに乱射すればどれかは当たるだろう。だが剣は危険だ」

「踏み込んで斬り込んだら空振りで、逆に敵に襲われるかもしれないってことっすね」

「そうだ、クイニー」

「こりゃたしかに俺は牽制しかできないっすね」

「厳しいのう……」


 魔道士ボーリックが唸った。


「あんたに期待してるんだ、ボーリック。俺達は魔法中心で攻める。そのためフォーメーションもそれ用に考えてきた」


 事前に情報を知っている俺の家族と妖精プティンを除き、パーティーは全員、難しい顔をしている。まあそりゃそうだよな。強い敵とか数が多いとかじゃなく、戦い方すらわからないんだから。


「まず、俺とクイニー、ランスロット卿は前衛に立ち、敵攻撃を受けるタンク役とする」


「わ、私は最前線には向かん」


 慌てたように、ランスロット卿が言い放った。


「私は貴族、貴族たるもの指導者が当然。……だが雑魚戦であれば、わざわざ貴族が出るまでもない。よって今は底辺のブッシュに指揮を任せているが、私は事実上のリーダーだ。よってリーダーらしく、最後尾にて見守ろう」


 言うと思ったわ、このカス。


 心の中で、俺は溜息をついた。


「わかったランスロット卿、なら最前線に立たなくてもいい」


 最前線がすぐ逃げたら防壁に穴が開いて、むしろ危険だ。なので馬鹿対応用の別配置、つまりB案も考えてある。


「うむブッシュ。それは当然である」


 ダリ髭なんかいじってやがる。


「いずれにしろ、エリンとガトーはセカンドラインに立ち、弓矢で敵の接近や攻撃を牽制してもらう。いいな」


 ガトーはショートボウ、エリンはボウガンを装備している。


 ボウガンといっても、ハンドルを回すことで弓のつるが自動で引かれ、次弾……というか次の矢を簡単に装填できるようになっている。筋力のない女子でも扱いやすい奴で、ガトーのショートボウ共々、連射性に優れる。


 つまりふたりで矢衾やぶすまを保てるので、牽制用には最適だ。


「任せろ」

「あたしの矢は痛いよー。やじりに毒塗ってあるし」

「マカロンはふたりの後ろで後衛護衛。大役だが頼むぞ」

「任せてパパ」


 自分が大役をこなせるのがうれしいのか、にこにこ顔だ。


「この小童は、わしを守りきったからなのう……。自らの命を捨ててまで。頼もしい仲間じゃ」


 ボーリックは、全面の信頼をマカロンに置いているようだ。


「ランスロット卿、あんたもマカロンと並べ。ここなら怖くないだろ」

「どこでも怖くなどない。指導者としての場所を要求しているだけだ」


 胸を反らしてふんぞり返った。


「五歳の娘でさえ立つ場所だぞ。そこが怖いとか嫌とかはないよな。貴族のプライドがあるなら」

「お、恐れてなどいない。……そこでいい。いざとなれば、もっと後ろに逃げるし」


 こいつ……。


「結局、ティラミスのお尻見るのね。あたしのお尻を見ていたときみたいに」


 呆れたように、エリンが腕を組んだ。


「なにか言ったか、エリン」


 睨んでやがる。


「別に」


 ランスロット卿から、エリンは視線を逸した。


「ボーリック。お前は最後部から魔法を連発しろ」

「任せよ。……ブッシュお主、たくましくなったのう。目を見張るばかりじゃ」

「ティラミス、お前はワイルドカードだ」

「ワイルド……なんちゃらって、なんすか」


 クイニーの質問を、俺は無視した。異世界人に説明するの、めんどい。


「ティラミスは最後尾でボーリックと並べ。ポーションは任せた。それに魔道士の力が発動できるなら、補助を頼む。回復魔法でも攻撃魔法でも構わん」

「はい、ブッシュさん」


 ティラミスが自在に魔法を撃てるわけではないのは、事前に確認してある。なんだか自分でもわからないことがきっかけになって、力を発揮できるようだ。魔道士ボーリックの推測では、完全に魔導力が覚醒しているわけではないかららしい。いずれ強い魔道士として開眼するというのが、じいさんの読みだった。


 なので基本的には戦力としては組み入れていない。なにか戦線がぐだぐだに崩れたとき、もしかしたら力を出すかもくらいの気持ちでいる。なんせ復活魔法もどきを撃ったくらいだからな。あの力が出たら、一発逆転もありうる。


「プティンは俺の胸から全体を見る。基本、ボーリックと共に魔法で攻撃の主体となってもらう」

「はーいっ」


 活躍できるのがうれしいのか、俺達の頭上をくるくる飛び回っている。


「任せてブッシュ。ボク、姫様の目だもん。全力でブッシュをサポートするよ。なにかあったら、姫様泣いちゃうからさ」

「ねえパパ、あたしもいちばん前で戦うよ」


 マカロンが一歩前に進み出た。


 おう。さすがは主人公。凄い闘志だわ。五歳の身長で敵を前にすれば、人型の敵といえども巨人サイズ。怖いに決まってるのにな。


「い、いかん!」


 ランスロット卿の大声が、ダンジョンにこだました。


「その娘は私の護衛だ。同列にいて私を守れ。命令だぞ」

「なあにそれ。五歳児に守ってもらうわけ」


 エリンが冷ややかな視線を投げる。


「逆じゃん。それでも貴族……どころか、それでも男?」

「……リーダー様も、こう言ってることだし」


 俺は思わず苦笑いだ。


「まあ、なんかあるまでマカロンはそこだ」


 自分の娘を最前線で危険に晒したくはないしな。


「必要なら俺が命令する。そうしたら飛んでこい」

「任せて、パパ」

「全員いいか。繰り返すが、敵の姿は幻だ。各人にとって恐ろしく思える姿を取る。くれぐれもそれを忘れるな」

「おう」

「はい」

「わかった」

「ブッシュさん」


 口々に返答が返ってきた。


「おっかあの姿じゃなかったら、俺は平気っす」


 クイニーが言い放つ。


「おっかあの姿だったらと思うと……もう逃げようかな」

「お前は前衛だ。逃げられたら困る」


 なんせ全滅の危険性が一気に高まるからな。


「冗談っすよ、ブッシュさん」


 舌を出した。


「まだこのパーティーにいたほうが、俺は儲かりそうだし」

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