8-2 ランチタイムの告白

「このあたりで休憩にしよう」


 俺の言葉に、パーティーは立ち止まった。先頭のガトーが振り返る。


「わかった、ブッシュ。すぐ先、右手に小部屋がある。三方を壁で囲まれているから、警戒もしやすい。そこまで進もう」

「任せた」

「よし。行くぞエリン。左右に気を配れ」

「わかってるよ、ガトー」


 スカウトふたりは注意深く、ゆっくり進み始めた。


 戦闘時の陣形のみでなく、進軍フォーメーションも、俺は決めてあった。先陣はスカウトのふたり。次に剣士クイニー。その後ろがランスロット卿。


 続いてティラミスがマカロンの手を引いている。ふたりを守るように魔道士ボーリック。マカロンが生死の狭間をさまよってまで守ったのを恩義に感じているのか、ボーリックは自らその位置を志願した。


 最後尾は俺、そして俺の胸に収まった妖精プティンだ。


「ふう……」


 小部屋に着くと装備や荷物を下ろし、三々五々座り込む。


「休みが多いのは助かるけど、気が休まらないっすねー」


 クイニーは首の骨を鳴らしている。


「神がどうちゃらとかいう化け物が、いつ出てくるかと気が張って」


 第四階層に入って、ここまで三時間。用心深く頻繁に休憩を入れながら進んできたが、一度もモンスターにエンカウントしていない。王家が本来配置していたという強モンスターは、邪神に全て倒されたというからな。今でも残っているのは邪神……というか、「邪神の残存思念」とかいう奴だけだろう。


「ここで昼飯にする」

「わーいっ。ボク、お腹減ったーっ」


 胸から飛び出したプティンが、俺の頭上をくるくる飛び回る。


「ねえねえブッシュ、今日のご飯はなに。ねえねえ」

「私がお教えしましょう」


 ティラミスが微笑んだ。


「今日は、黄金魚のすり身団子、それに山鳥グリルの香草ソース掛けですよ。お野菜もたっぷり」


 俺が背負ってきた弁当を、ティラミスが全員に配布した。革袋を手にしたマカロンが、各人のゴブレットに茶を注いで回る。


「王家の弁当はすごいっすよねー。こんなうまい飯、ガキの頃は夢のまた夢で」


 フォークで肉を刺しながら、クイニーが愚痴る。


「ウチのかあちゃん、料理なんてやらなかったんっすよ。仕方ないから自分で飯作ってたけど、味以前に腹下すかどうか、毎日が賭けみたいなもんで」

「お前の思い出話など、どうでもよい。いいから私の食事をよこせ、底辺」


 ランスロット卿に怒鳴られている。


 ランスロット卿は、下々の俺達と同じ飯なんか食わない。たとえそれが王女手配の弁当だとしても。なんかちんまりした料理が大量に並ぶおせち重箱かよって奴を、どこぞのレストランに用意させて持ち込んでいる。


 あーもちろん、自分でなんか運びやしないぞ。俺の転生前は俺、つまり「オリジナルブッシュ」が荷物持ちだったらしいわ。転生後の俺が速攻でクビになってからは、ノエルに持たせていたようだ。だが今は、新人のクイニーに運ばせている。


「やっぱり残存思念とかいう奴は、一体しか残ってないんだな」


 箸を進めながら問いかけると、プティンは俺の弁当から顔を上げた。


「そうだと思うよ、ブッシュ」


 俺が切ってやった肉の切れ端を口に運んだ。プティンの食べる量なんてたかがしれてるから、だいたい俺の弁当に取り付いて食事ってことにしてるようだわ。というか、なにかというと俺とくっつきたがるんだよな、こいつ。王女に俺のことを頼まれてるんだろうけどさ。


「ボクの妖精の勘だと、もう第四階層も半分は進んだ。それでも出てきてないからね。一体だけ、本来戻るべき場所を失って、さまよってるんだよ。哀れな幽霊船みたいに」


 そう聞くとかわいそうだ。だけど襲いかかってくるなら、倒さんと仕方ないからなあ。


「ここまで出てこなかったのだ。その邪神とやらもまあ、ランスロット家筆頭の私に恐れをなしているのであろう」


 ランスロット卿が髭を撫でた。体をふんぞり返らせて、自慢げな仕草だ。


「筆頭だって……」


 エリンが小声で呟いた。


「嫡男とか本家とか言えないもんだから、苦し紛れの意味不肩書」


 答えはしないが、ボーリックもにやにやしている。


「ママ、これおいしいよ」


 魚のすり身を手に取ると、マカロンが頬張った。


「ほのふほく軟らはいひ、あたひらいふき」

「ダメでしょ」


 マカロンの手を、ティラミスが布で拭った。


「あなたはブッシュさんの娘。手掴みはもう、卒業しないとね」

「ごめーん」


 そりゃあな。ちょっと前までスラムで残飯バッタ手掴み飯だからな。仕方ないっちゃ仕方ない。


「パパに恥をかかせてはいけませんよ」

「そうだよねママ、あたしお上品に食べるよ。おほほ」

「ぷっ」


 エリンが噴き出した。


「ブッシュの奥さんに子供かあ……。素敵な家族じゃない、ブッシュに似合わず」


 余計なことを口にする。


「お似合いですよ」


 ノエルが口を挟んできた。


「おふたりもブッシュも、頼りになる仲間じゃないですか」

「わしもそう思うのう。……実際、マカロンに救われたし」


 魔道士ボーリックも頷いている。


「俺もそう思うっすね」


 剣士クイニーは、もう速攻で食べ終わったようだ。弁当容器を閉じると、茶をおかわりしている。


「どこかの貴族様よりは、リーダーとしてはるかに頼りになる」

「貴様っ! リーダーの私を愚弄する気か」

「いえランスロット卿、あんたもうリーダーじゃないっしょ。俺の俸給も、今はブッシュさん……というか王女様が払ってくれてる。なんせ俺達全員、もうブッシュパーティーにリクルートされた身の上っすからね」


 雇い主でなくなったためか、鼻であしらっている。


「ま、せいぜい前衛として活躍して下さいよ、ランスロット卿。そしたらみんな、あんたのことを見直すんじゃないすか」

「くそっ」

「いずれにしろ、ブッシュは立派になった。そうでしょ、エリン」

「そうね、ノエル」


 サラダの果実を口に放り込む。


「それは認めるわ。ブッシュってば、追放されて一皮むけたっていうか。全然違う人みたい。正直……」


 エリンに見つめられた。


「男としての魅力、五百倍だよ。ノエルが惚れるのもよくわかる」

「わ、私は別にっ!」


 びくっと体を震わすと、ノエルは見る見る赤くなった。


「ブッシュには、奥さんがいます。そ、そのお方の前で……そのぅ……」


 最後、どんどん声が小さくなると、下を向いてしまった。


「けけっ」


 プティンは大喜びだ。こいつ、色恋沙汰、大好きだよなー。妖精って、そういうものなのかもしれないけどさ。


 飛び上がると、俺の首に抱き着いて耳打ちしてくる。


「ねえねえ嬉しい、ブッシュ。ノエルにもてて嬉しい?」

「知らんがな」


 俺はまずマカロンを育てないとならん。そっちが優先だ。それにそもそも、まずこのダンジョンをどう攻略するかで頭がいっぱいだわ。そりゃ彼女とか恋人は欲しいけど、後回しだな。そんなん考えてぼーっとしててモンスターに殺されたら、大笑いだからさ。


「ノエルはねえ、知ってるんだよ。ティラミスが、マカロンのママでもブッシュの奥さんでもないことを。ティラミスがマカロンのお姉さんだってわかってる。姫様に聞いたからね」

「そうなのか」


 ティラミスはガトーにそのことを告白した。ガトーは王女の懐刀ふところがたな。俺のパーティーのお目付け役を、王女から命じられている。当然、ティラミスの立場を王女は知っているはずだし、ノエルは王女の幼なじみだ。こっちに筒抜けも当然だろう。


「うん。だから奥さんがどうとか言うのは、口だけ。ブッシュのこと、気になって仕方ないんだよ。姫様みたいに」


 つるっと、とんでもないことを口にする。


「うそつけ。お前マジ、たいがいにしろよな」

「あーボクは違うよ。妖精はね、滅多なことでは好きにならないから」

「へえ……」


 知らんかった。てか、妖精が色恋沙汰ってのも初耳だし。なんというか大地のマナが凝り固まって生まれるとかじゃないんか、妖精って。


「ねえねえ、ボクに恋してほしい? ブッシュ、ボクの恋人になりたい?」

「んなわけあるか。お前相手にお人形ごっこでもすんのかよ、アホくさ」


 なんたって三十センチ級だ。一緒に風呂入っててすらも実際、恋だの愛だのエッチだのという感情には、さすがに持っていけない。


「ひどーい。ボクだってちゃんとした女子だもん。それなら今度ボク、大き――あうっ!」


 突然、大声を出した。


「耳元で怒鳴るな。耳キーンとなるわ」


 飛び上がったプティンが、部屋の入り口を見つめた。


「どうした。飯の粒でも喉に詰めたのか」

「プッシュっ! て、敵が来るよっ」

「はあ?」


 つられて外を見た。広い通路が奥の奥、トーチ魔法が届かなくなるまでまっすぐ続いているだけだ。


「馬鹿言うな、プティン。歩かなかったら、そうそうはエンカウントしないだろ」


 ここはゲーム小説世界。これまでの経験から判断する限り、基本的にはランダムエンカウントっぽい。歩くことでエンカウント確率は上がるようで、静止している限り、滅多なことではモンスター襲来はない。


「ブッシュさん」


 ティラミスが立ち上がった。


「本当です」


 慌てた様子で、マカロンの腰に帯剣ベルトを巻いてやっている。


「もう間近です。すぐに出ますよっ」


 珍しく、大声を上げた。


「みんな、準備してっ」

「見ろっ!」


 ガトーが指差す先、部屋の外、数メートル。地面がぐっと盛り上がった。


「出てくるぞっ。ものすごく近い」


 マズい。この部屋は三方を壁で囲まれている。だからこそ安心して寛げたのだが、入り口を敵に取られたとなると、逃げ道がなくなってしまう。


「全員、戦闘フォーメーション!」


 俺は叫んだ。声を限りに。

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