7-8 王女のまごころ
「そうですか、いよいよ第四階層に……」
食事を摂るタルト王女のフォークが止まった。
前回と同じ、王女の私室。見た目にも美しい食事が並ぶ大テーブルは、俺とティラミス、マカロンと姫が囲んでいる。あー妖精プティンだけはテーブルに座り込んでるわ。あぐら組んで、小さなパンを口に放り込んでもぐもぐしてる。
茶のポットを持ったままのメイドや銀トレイを抱えた給仕が取り囲み、全部面倒見てくれるんで、楽っちゃ楽だわ。とはいえ飯食ってるところを全部見られてるんで、落ち着かないっちゃ落ち着かない。俺は前世、底辺社畜だからな。ギャルソンに取り囲まれるガチの高級フレンチとか、接待でしか行ったことないし。
少し離れて近衛兵だの王女お付きのよくわからんおっさんだのが、広い私室に油断なく目を配っている。最初に王女に会ったとき馬車で同席してた例の「じい」もいるぞ。なんやら知らんが、さっきから俺を睨んでるわ。
「姫様、ブッシュはね、だから詳しく知りたいんだって、第四階層の敵のこと」
プティン、解説ご苦労。
「いい風ですね……」
王女の髪を、暖かなそよ風が揺らした。ここは王宮最上部。窓は壁二面を占めていて大きいから、とにかく明るい。部屋というよりバルコニーのようだ。
「まるで王国の自然も一緒に、ブッシュ様の王宮ご来訪を喜んでいるかのようです」
遠い山脈に目をやっていた王女は、俺に視線を戻した。
「王家の成り立ちと始祖のダンジョンが関係しているのは、お話ししましたよね」
「ああ。あの穴ぼこから出てきた神様と契約して、守護神になってもらったってんだろ」
「穴ぼことか」
プティンに大笑いされた。
「始祖のダンジョンって言ってよ。……まあ契約した頃はダンジョンじゃなくて、たしかにただの穴だったらしいけどさ」
「そんで第四階層の敵は、そもそも古代に噴出してきた神様の群れの残存思念とかいう奴なんだろ」
「ブッシュ様、その神々は、王立歴史院の方々の定義では、『邪神』とされています」
王国に仇なす神々でしたから、と王女は付け加えた。実際、この神々は旧都の王宮や王都を荒らし回り、多数の死者を出した。そりゃ邪神扱いされても、不思議じゃあない。
「そのジャシンっていうの、強いんでしょパパ、その敵」
「ああそうだ、マカロン」
「ならあたしが戦う。やっつけるよ」
匙を振り回した。「手掴みバッタ食」からまともな飯を食べるようになって、だいぶ手付きが安定してきた。さすが勇者の素。剣もカトラリーナイフも、使い方覚えるの早いわ。
「マカロン、それは昔の話よ」
ティラミスが微笑んだ。
「守護神がまだ現役だった頃の」
まあいつの間にか行方知れずだからなー、守護神。なにがあったんだろうな、マジ。
「この先は、本当に秘密なんです。知られると大きな動揺を、民草どころか王宮内部にすらもたらしますので……。ですがわたくしが心から信頼するブッシュ様ですものい、お話ししましょう」
王女が目配せすると、お付きの給仕も近衛兵も、全員、部屋から出ていった。俺を睨んでた例の「じい」まで、渋々出ていったからな。
がらんとした広い王女私室に残ったのは、俺と家族の三人、あと王女と妖精プティンだけだ。
「実は……その……」
王女は口ごもった。しばらくして、決意したかのように続ける。
「守護神様も邪神も、同じなんです」
「マジかよ、おい」
ちょっとそれは信じられない。てか王国建立に協力してから裏切るとか、意味不明だし。本能寺の変かよ。
「もしかしてそれ、神が分裂したとか、そういうことか」
「いえ同じ……というか、この世界を超越した存在なんです。別の時空から現れた。それを神と名付けた。あの穴は、異世界との通路だったんです」
「マジか……」
話はこうだった。
アルカディア王家始祖は、荒野の真ん中で異世界と通じる穴を発見した。そして最初に出てきた神と対話し、守護神とした。世界を統一し人々の不幸を終わりにするためなら協力しようと、そいつは言ったんだと。
守護神となったそいつが、穴を封じた。向こうの世界には危険な存在が多い。その侵攻を食い止めるとして。
「そりゃそうだな。せっかく自分が守り育てようと決めたこの世界を踏み荒らされたら、たまらんってわけか」
「ええそうです」
守護神の助けがあり、始祖はこの大陸を統一した。人類が支配している部分だけの話だが。それでも魔王軍との小競り合いを除けば、何百年も平和が続いた。だが封印が劣化し、異世界から神々が現れた。この世界に満ち満ちている生命力、それを食い散らかすために。
「後は、ブッシュ様がご存知のとおりです。守護神様に加護された討伐隊が、自らの命を犠牲にして、ようやく邪神を討滅し、穴の封印も更新した。ですが、その神々の残恩思念は消えなかった。この世界に強い執着があったからとされています」
王女は、ほっと息を吐いた。
「そんな存在と、どう戦えばいい」
「加護の珠をかざすのです、ブッシュ様。姿が見えるようになるので。伝えられているところによると、邪神は人型ではないそうです。不定形。人々の恐怖心を感知し、そのものの形を取るとか」
「はあ、蛇が嫌いな兵士の前では、大型蛇のモンスターになるとかか」
「ええ。……百人の討伐隊がいれば、同じ邪神でも百通りの見え方と攻撃・防御をしてくるとか」
「はあ? こっちの兵はブレスで焼かれてるのに、隣の兵は魔法で凍らされるとか、そんなんか」
「そうです」
「それだとお化けだよ。ねっママ、こういうの、お化けって言うんでしょ」
「そうねマカロン」
ティラミスは、マカロンの髪を撫でた。
「でもねえ、この世界の常識では計り知れない存在というものが、きっといるのよ。いずれあなたにもわかるわ」
「なんにつけ、百通りの見え方とか、そんなんあり得ないだろ」
「はいブッシュ様、わたくしも、そう思います」
こりゃなんだな、おそらく精神攻撃かなんかだろう。ブレスで攻撃されていると思い込む。それで苦しんでいるときに、実際になにかの攻撃を受けて倒されるって感じの。
「よく倒し切ったなー、そんな奴を」
「かろうじてです。討伐隊は刺し違える形で全滅しましたし」
「守護神はどうした」
「守護神様にも形はありません。幻のお姿で、お告げや手助けを施してくれるのです。邪神を倒し異世界通路を再封印すると、幻のお姿は消え、これまでのように巫女様を通しての神託を下さる存在へと戻ったのです」
「その守護神って奴が消えたんだろ。これまたなんか、異世界絡みのトラブルが起きてるんじゃないのかよ」
「懸念しております。もしそうならまた、王国を揺るがす事態となる」
異世界っていうから、俺と同じ世界から来たのかと一瞬思ったが、違うな。現実世界にそんな不定形の思念生物みたいなのおらんし。俺のような転生者とも考えにくい。それだったら俺も不定形の存在として、この世界に現れたはずだ。
「事実がどうかは戦えばわかりますよ、ブッシュさん」
食事を終えたマカロンの口を、ティラミスがナプキンで拭った。そのまま指もきれいにしてやっている。
「守護神がいなくなったのも、なにか理由があるのかもしれませんし」
「そりゃそうだな。ここで騒いでも、原因が判明するわけじゃない」
「パパーっ、抱っこ」
マカロンが膝の上に乗ってきた。後ろ抱きにして、髪を撫でてやる。
「とにかく、加護の球で姿は見える。どんな姿かは別として。そこに全員で攻撃すればいいってことだな」
「そうだよブッシュ」
お腹いっぱいになったのか、テーブルに立ち上がると、プティンは大きく伸びをしてみせた。
「珠さえあれば、剣も魔法も通じるからね」
「となると問題は、全員、別の姿を見ているってことか」
混乱しそうだ。こいつは炎の魔法に弱いと思って攻撃しても、別の仲間にとってはドラゴンに見えているから炎攻撃は効かないと思ってるとか。
「事前に戦略をすり合わせておかないとならんな、これは」
邪神が守護神と同類ってのは、仲間には話せない。とてつもない秘密だから。なんせ「それなら守護神も危険では」という動揺を誘う。万一王国民に漏れれば、一大事を呼びかねない。
だが不定形の存在で幻を操るという点だけは、パーティーで情報を共有してもいいだろう。
「ブッシュ様」
王女は、俺を見つめた。透き通った、灰色の瞳で。
「その……第四階層は……危険です」
「わかってる」
「あの……」
聡明な王女にしては珍しく、また口ごもっている。
「その……わたくしも……ご、ご一緒できたら」
「えっ……」
顔を見た。冗談を言っている表情ではない。少し頬が赤いが、真面目な顔つきで、俺をまっすぐ見つめてきている。
「ブッシュ様となら、わたくし……」
「いやそれはまずいだろ」
考える前に、反射的に言葉が出た。
「王女が国政離れてどうする。それにお前に万一のことがあったら、王国はどうなる」
「そう……ですわよね……」
目を伏せた。しばらく黙っている。
風がまた、王女の髪を揺らした。尖塔の屋根で啼く、小鳥の声が聞こえてくる。
ようやく瞳を上げると、王女はほっと息を吐いた。
「忘れて下さいませ、ブッシュ様。わたくし……どうかしておりました」
微笑んだが、どこか悲しげだ。
王女の心の奥底には冒険への渇望があるって、そういやプティンが言ってたな。立場に押し潰されて、なんだかかわいそうだ。
「俺がまた来てやるよ。なんだったら毎日だっていい。お前に冒険の話を聞かせてやろう」
なんならあることないこと盛って話せばいいや。ネタトークだからな。王女さえ楽しければ、それでいいんだ。
「ブッシュ様……」
俺を見つめる王女の瞳が、しっとりと濡れてきた。
「ありがとう……ありがとうございます。夢の……ようです」
「それにボクもいるよ、姫様。安心して」
飛び上がると、プティンが王女の肩に留まった。王女の薄い金髪に、ちゅっと唇を着ける。
「ボクがブッシュと一緒にいて、ちゃんと見ておくよ、この目で」
自分の目を指差す。
「だから王女様だって、一緒に冒険してるのと同じだよ」
「そうよね……プティン」
肩のプティンを、優しく撫でて。
「わたくしは王女。心を強く持たなくてはね。ブッシュ様の前だと、なんだか弱い自分を見せてしまうけれど……」
「心配すんな姫様。俺があんたの国を守ってやる。守護神って奴を復活させ、最前線の霊的障壁だって復活させてやるさ」
「ありがとうございます、ブッシュ様」
俺の手を握ってきた。火傷しそうなほど発熱した手で。ちらと部屋を見回した。誰もいないのを確認するかのように。
「ブッシュ様の無事を、王宮より祈念しておきます。……
「えっ……禊を」
口に手を当てると、プティンが絶句した。
「それ、誰にも言っちゃだめだよ、姫様」
「わかっているわ、プティン。だからあなたは、ブッシュ様をお守りしてね」
王女の手が、俺の手の上で動いた。おそるおそる。撫でるように。
「わたくしの騎士、ブッシュ様を」
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