7-3 ティラミス覚醒

「やった!」


 最後に一体だけ残ったミノタウロスを、なんとか倒し切った。大量の虹が、ミノタウロスの体から立ち上る。


「見事だ、ブッシュ」


 短剣を鞘に収める俺の肩を、ガトーがぽんと叩いた。


「これで第三階層、モンスターモッシュクリアだ」

「しんどかったな。一時間は戦い続けたぞ」

「おう」


 サイクロプスほどには大型ではないが、それでも大きいし、なにより防御力が半端なかった。妖精プティンの魔法連発に俺とガトーが背後から脚を斬りまくってなんとか横倒しにし、最後は俺が喉を突いてとどめを刺した。


「みんなは」

「あっちで固まってるよブッシュ……あっ!」


 プティンが俺の胸を叩いた。


「ブッシュ、マカロンが倒れてる」

「くそっ!」


 駆け出した。たしかに。じじい魔道士の前に、マカロンが倒れている。うつ伏せに。剣が手を離れ、転がって。


 くそっ、まだ子供だぞ。たった五歳の。


 俺は悔やんだ。やはりマカロンやティラミスは、ここまで連れてくるんじゃなかった。チュートリアル代わりに、第一階層での戦闘だけを繰り返せば良かった。ふたりとも急速に戦闘能力を上げていた。それに心を強くして下層階層まで突き進んできたが、それは俺の判断ミスだったかもしれない。


 後悔の念に責め苛まれながらも、駆け込む。


「マカロンっ!」


 俺が駆け寄ったときには、マカロンの脇にかがみ込んだノエルが、緑色の回復魔法を施しているところだった。


「マカロンっ!」

「パ……パパ……」


 マカロンは、なんとか顔を起こした。


「あたし……やったよ。ママとみんなを……守った」


 頬が切れている。そこから血が次々に滴っていた。


「マカロンっ!」


 俺の胸から飛び出したプティンが、マカロンの首を抱いた。


「ボクが痛みを消してあげる。痛みだけだけど……」


 プティンの体が、青く輝いた。


「本当だ……痛く……ない」


 かろうじてという感じで、マカロンが微笑んだ。頬の傷が開き、また血が垂れる。


「寝ていろ」

「パパ……」

「ノエル」

「今やってる、ブッシュ」


 ノエルの額から、汗が一筋流れた。


「でも……お腹も」


 見ると、マカロンの体の下に、赤い水たまりができていた。


「くそっ」

「この子は、わしをオークから守ってくれたのじゃ。わしが詠唱する時間を稼いでくれて……」


 じじい魔導士は立ちすくんでいる。


「まだ子供なれど、すさまじい闘志じゃった」

「俺より強かったっす」


 ランスロット卿パーティーの剣士。見たことがないから、新人だろう。


「……」


 俺を追放した嫌味なヒゲ野郎、ランスロット卿は、何も言わず、俺達のやり取りを見ている。何を考えているのかわからない。俺達が窮地を救ってやり、そのせいでひとり倒れたというのに……。


 腹の底から怒りが湧いたが、今はそれどころじゃない。


「代わって下さい」


 ティラミスが、ノエルにそっと手を掛けた。


「でも……今やめたら、命だって……」

「私に任せて」


 血溜まりに膝を着くと、ティラミスはマカロンを抱き起こした。


「動かしちゃダメよ。余計に出血する」


 ランスロット卿パーティーの女だ。ガトー同様スカウト装束だから、フィールドでの治療には詳しいはずだ。


「大丈夫」


 それだけ口にすると、ティラミスは瞳を閉じた。


「パパ……手を……握ってて」


 苦しげに、マカロンは顔を歪めている。


「マカロン。パパとママがついてるぞ」


 ぎゅっと握ってやった。小さな手。五歳児の。こんな子供を俺は、凶悪ダンジョン下層部まで連れ回したというのか……。後悔で胸が張り裂けそうだ。


「パパ……大……好き」


 ふうっと瞳が閉じると、首が垂れた。


「マカロンっ!」


 俺の手を握る小さな手からも、力が抜けた。


「マカロン、お戻りなさい」


 ティラミスの体が、白銀に発光した。


「この……残酷な世界に。あなたが生きるべき世界に」

「こ、これは……」


 じじい魔道士が絶句する。


「驚くべき魔力……いや、それだけじゃない。これは……」

「マカロン、あなたまで死んではいけません。パパが……待ってますよ」

「あっ!」


 マカロンの首にしがみついていたプティンが弾き飛ばされた。


「凄い……」


 俺の胸に戻ってくる。


「これは霊力だよブッシュ。これなら……マカロンも」

「見ろっ、傷が」


 剣士が叫んだ。


 マカロンの頬の傷が、見る見る小さくなってゆく。あっという間に。


「血が……」


 血溜まりが急速に縮んでいく。まるで動画逆再生のように。


「血が止まるだけじゃない。体に戻ってる」


 呆然と口を開けて。


「こんなことあるか!?」

「ママ……」


 マカロンが目を開いた。驚いたように周囲を見回す。


「あたし、なんで寝てるの。戦いは? ねえパパ、モンスターは」

「俺達は勝ったぞ、マカロン。お前のおかげだ」

「勝ったんだ。うわーやったねっ――あっ、ママっ!」


 マカロンを抱えたまま、ティラミスが倒れ込んだ。体の輝きも消えて。


「しっかりしろ、ティラミス」


 抱き起こすと、かろうじて瞳が開いた。


「ブッシュ……さん」


 俺の頬に、手を当てる。


「マカロンは?」

「助かった。ティラミス、お前が助けてくれたんだな」

「良かった……」


 微笑んだ。


「立てるか」

「はい、ブッシュさん」


 よろよろと立ち上がる。


「心配かけてごめんなさい」

「お前は世界一のママだよ、マカロンの」

「本当?」

「ああ、本当だ」

「嬉しい……」


 俺の体に腕を回すと、胸に顔を埋める。


「ブッシュさん……」

「あなた、ティラミスさんね。ブッシュの奥さんという」


 ノエルの言葉に、魔道士と女スカウトが目を見開く。


「はあ? ブッシュに奥さん? なんの冗談よ」

「そんなわけあるか。聞いたことなどないし、信じられないほどの幼な妻ではないか」

「悪いな。俺にだって秘密のひとつやふたつ、あるからよ」


 嘘ではない。嫁子が秘密ってのは嘘だが、転生者というとてつもない秘密を隠している。


「全員無事で、第三階層をクリアした。奇跡だぞブッシュ」


 例の苦い木の実を、ガトーは口に放り込んだ。


「それで、この後どうするんだ。先に進むのか、今日は戻るのか」

「そうだな……」


 俺は見回した。俺のパーティーを。そしてヒゲ野郎のパーティーを。ランスロット卿は、苦虫を噛み潰した顔をしてやがる。多分、平民の俺リーダーのパーティーに、危機を救われたのが気に入らないんだろう。


「今後のことだが……」


 俺の提案は、ランスロット卿パーティーに波乱を呼んだ。

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