7-2 第三階層「モンスターモッシュ」フロア戦

「パパっ! 女の人が」

「わかってる。――プティン」


 妖精を胸から引き抜いた。


「痛いよブッシュ。そんな無理矢理」


 愚痴りながらも、俺に胴を握られたまま、前を向いた。


「あのコウモリ野郎を倒せ」


 ノエルにのしかかっているモンスターを、俺は指差した。


「全体魔法でなくって?」


 俺を見上げた。


「でも計画では――」

「いいからやれ。まずあの回復魔道士を助ける。でないと死ぬ。続いて全体魔法を連発しろ」

「わかった」


 プティンは詠唱に入った。このダンジョンへの侵入者にはフラグが立つので、モンスター判定はされない。個別に狙って撃つ場合は別だが、俺達が全体魔法をいくら撃っても、ノエルのパーティーへの攻撃とはならない。


「アイスジャベリンっ!」


 プティンの手のひらから、楊枝ほどの氷柱つららが飛び出した。やり投げのように。輝く氷の槍は、低い放物線を描いて飛んだ。途中、どんどん太く、長くなりながら。


「ぐえええぇーっ!」


 コウモリ野郎の胸を貫いたときは、丸太ほどにもなって。


「誰っ!?」


 転がされたままこちらを見たノエルの瞳が、大きく見開かれた。


「ブ、ブッシュ!」

「みんな行くぞっ。あそこまで全速だ」


 抜剣すると、俺は駆け出した。


 あそこで激しい戦闘がある。モンスターは皆、戦っているパーティーの周囲に集まっているから、幸い俺達の周辺には一匹だっていやしない。


「プティン、連発しろ」

「わかってる、ブッシュ」


 また俺の胸に戻り、無属性全体魔法の詠唱を始めた。


「ガトー、向こうのパーティー周囲の敵を潰せ」

「おう。時々立ち止まるから、俺は遅れる」

「それでいい」


 立ち止まるとショートボウを構え、なんて名前かわからんが、ローブ姿のじいさん魔道士に迫るモンスターを射抜く。あの魔道士、多分だが、俺が追放されたときにいた奴だろう。


 ガトーを置き去りに、俺は走った。振り返ると、マカロンと手を繋いだティラミスが、ガトーを追い抜くところだ。もう一射したガトーは、弓を背中に戻すことなく、掴んだまま走り始めた。


「うおーっ!」


 俺は大声を上げた。取り囲むモンスターの注意をこちらに向け、向こうへの攻撃を減らすためだ。それに、あっちのパーティーに、援軍が来たとはっきりわからせるためと。同士討ちは勘弁だからな。


 今見えたが、俺を追放した、あの気取った髭面がいる。やはりこれは、ランスロット卿パーティーってことで、間違いはない。連中が第三階層に入って戦っている場に遭遇したってことだ。


「ブッシュ! ちょうどいい。平民、私を守れっ!」


 ランスロット卿が叫んだ。


「平民だが、特別に許す」


 やかましわ。お前なんか勝手に死ね。俺はノエルを助けに来たんだからな。ただ戦闘中は――特にこれだけ大量の敵ともなると――、猫の手だって欲しい。だから生かしておいてやる。


「妖精の秘跡っ」


 プティンが叫ぶと、フィールド全体の空間が、レンズを通したかのように歪んだ。一瞬。高速エレベーターに乗ったときのように、体の奥が捻れるような感覚がする。モンスターの多くが悲鳴を上げる。空間の歪みが収まったとき、モンスターの密度がはっきりと下がっていた。雑魚中心に、何十体かは潰したはずだ。


「うおーっ!」


 中心に駆け込んだ俺は、ノエルを後ろにかばった。


「助太刀する」

「ありがとう、ブッシュ」

「話は後だ。こいつらをぶっ殺すぞ、ノエル!」

「ブッシュお主、たくましくなったのう」


 杖を振り上げ、雷魔法を放ったじいさんが、俺の前のコボルドを数体倒した。


「ノエルを守るのじゃ。回復魔道士が戦闘不能になれば、わしらは全滅する」

「任せろ」


 生き残りのコボルドが襲いかかってきたので、思いっ切り剣を振り、首を斬り落とした。コボルドは物理攻撃系モンスターながら小柄だし、攻撃力・防御力とも低い。数の暴力で攻めてくるタイプのモンスターだから、一対一なら、俺だってなんとか倒せる。


「ブッシュ、遅刻よ!」


 銀色のボウガンを構えた女が、連射で敵魔道士を一体倒した。どうやら連射装置があるようだ。あの女も初日に見覚えがある。エリート然とした女だ。


「悪かったな。その分、お前も守ってやる」

「あらほんと」


 ボウガンに矢を供給しながら、女は笑った。


「ボーリックの言うとおりね。あんた、男になってるじゃない」

「あんたがブッシュか」


 これは見たことのない男。器用に長剣を振るって、雑魚を切り刻んでいる。俺が追放されたときには重戦士がいたはずだが、あいつは……。もしかして、ここで死んだとかか?


「あんた強そうだな。頼りにしてるぜ」

「任せろ」


 言ってはみたものの、モンスターの数は多い。プティンが二度全体魔法を放ったというのに、まだまだ敵がいる。遠目に百体程度と見たが、こうして戦いの中心で見渡すと、どう見ても二百体といったところだ。


 しかもプティンの魔法で雑魚の多くは消えたから、雑魚に隠れていた強敵クラスが見えてきた。話に聞いていたとおり、サイクロプスやミノタウロス、トロールといった大型モンスター。それに魔法に強力な防御力を持つに違いない、ヤバげな魔道士系モンスター。それにデーモンやデーモンロードといった、嫌な呪術技を使ってくる悪魔系モンスター。あと……ドラゴン。三体も見えている。一体は口を開き、今まさにブレス攻撃してきそうだ。


「ブレスが来るぞっ!」


 叫んだ。


「誰かなんとかしろっ!」

「任せて」


 ノエルが手で奇妙な印を結んだ。


「祖霊よ、煉獄の炎から我らが身を守り給え……」


 緑色の霧が、俺達を包んだ。


「これで一度は大丈夫」

「プティン、魔法っ」

「人使いが荒いなあ……」


 愚痴りながら、プティンが全体魔法でまた敵を減らした瞬間、ドラゴンの口から、ざくろ色の炎が噴き出した。


――ごおーっ――


 恐ろしい音と共に、俺達を炎が包んだ。熱……くはない。ノエルの耐炎魔法のおかげだろう。ブレス攻撃が途切れると、緑の霧も消えていた。


「ノエル。また頼む」

「すぐには無理。五分待って」


 やばっ。


「俺とガトーが行く。そっちの剣士、お前はランスロット卿と一緒に前衛としてパーティー守護だ。スカウトと魔道士に間接攻撃させろ。そしてマカロン、お前はママを守れ。ティラミス、ポーション頼むっ! プティン、お前もパーティー守護だ」

「ダメだよ。ブッシュとガトーの守りが弱すぎる。敵のど真ん中に、たったふたりで斬り込むってのに。ボクが魔法で守る」

「よし」


 考える時間は惜しい。それにたしかにそれはある。


「全員動けっ!」


 矢継ぎ早に命じると、俺は駆け出した。不幸中の幸いというか、ドラゴンのブレス攻撃は、前面の敵も一掃していた。ドラゴン、味方だろうと遠慮なしだわ。その隙間を、俺とガトーは突っ走った。ドラゴンに向け。


「ガトー、至近距離なら眼を狙えるな」

「任せろ」

「よし。俺が牽制する。ドラゴンと、寄ってくる雑魚をな。だから時間かけてもいい。しっかり狙え」

「おう」


 それに同士討ちになるんじゃ、ドラゴンもそうそうはブレス攻撃を使えないはず。


「プティン、お前は基本、全体魔法連発だ」

「了解。ブッシュやガトーに敵が寄ってきたら、個別攻撃に切り替えるよ」

「頼む。――ガトー!」

「わかってる」


 盗塁のように滑り込むと、片膝を着いたまま、ショートボウを引き絞った。


「でけえ!」


 近寄ると、ドラゴンは想像以上に大きかった。太い体躯に大きな翼、脚は太く、頭は畳二畳ほどもある。尻尾の先まで含めれば、体長三十メートルはありそうだ。


 ドラゴンが大きく裂けた口を開くと、奥に白い輝きが灯った。


「ブレスだ! すぐ来るよっ、ブッシュ」

「ガトー!」

「騒ぐな。気が散ると外れる。……やっ!」


 ガトーが放った矢は、放物線すら描かずに、まっすぐドラゴンの蛇眼に向かう。ぶすっと、畳を短刀で刺したような音がした。


「ぐおおおおーっ」


 鼓膜が破れそうなほどの吠え声が響いた。右眼を射抜かれたドラゴンが苦しそうに首を振ると、発せられたブレスが、ゴオーッという轟音と共に地を薙いだ。


「ヤバっ!」


 幸運にも、ブレスは俺達にも向こうのパーティーにもかからなかった。敵の一団を横に薙いだから、この一ブレスで二十体ほどのモンスターが戦闘不能になり、虹に返った。


「苦痛で隙だらけだ。プティン、ドラゴンの喉を狙え」

「ブッシュ」


 放ったアイスジャベリンが、苦しむドラゴンの喉を貫いた。どおっと倒れると、地響きで激しく土煙が立つ。


「どんどん来るぞ、ブッシュ」


 ど真ん中に斬り込んだ俺達に、サイクロプスもミノタウロスも目標を切り替えた。残二体のドラゴンも。もちろん雑魚もだが、雑魚は数度の全体魔法でほぼ瀕死、大した問題はない。


「ガトー。まずはブレスを防ごう。ドラゴンだ。眼さえ潰せばしばらくは持つ。俺は他のバカでかい奴をやる。でかいだけに動きは鈍い。背後に回り込んで、アキレス腱を斬ってやる。プティン、倒れたところに止めを刺せ」

「やっぱりジャベリンがいいね。ドラゴンだって喉の柔らかい皮膚なら貫けたし」

「任せる」


 うおーっ!


 大声を上げると剣を掲げ、体高五メートルのひとつ目巨人サイクロプスに向かい、俺は突っ込んでいった。

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