第七章 新米パパ、子供を守るためには鬼にもなる
7-1 第三階層到達
「さて……」
いよいよ今日は第三階層初挑戦の日。俺達は第二階層の出口に立っていた。
「タイマーはカウントされていないな」
頭上には第二階層ならではの、例のカウントダウンタイマーが輝いている。ここはカウント判定外の「出口」フィールド。だから数字は減っていかない。
「よし。……装備やアイテムの準備はどうだ」
「ほぼほぼだ」
壁に寄りかかったまま、ガトーは寛いでいる。
なにしろ第三階層は、大部屋たったひとつのフロアと聞いている。しかも大型小型入り乱れての、モンスターのるつぼ。ゲームでもこのパターンはあるが、苦戦は必至だ。
なんせ数を減らす間に、どうしても敵攻撃を何発も食らうからな。その意味で全体魔法で敵全員の体力を削れる攻撃魔道士と、戦闘中に味方を回復させられる回復魔道士、早い話、魔道士の実力がいちばん試されるフロアってことになる。
前衛職はそれこそタンク役になるのと、遠くから攻撃してくる遠隔攻撃系の敵をどうするかって話になる
午前中を全て使い、ここに転送される前の王宮で、徹底的に戦闘をシミュレートし、ついでに昼飯を腹に詰め込んで体力を目一杯補填してきた。いよいよ本番ってことさ。
「今一度、おさらいしておこう」
「ブッシュったら、もう何度もやったでしょ」
妖精プティンは、腕を組んでふくれっ面だ。
「何度でもやる」
リーダーの俺からして、前世社畜で戦闘経験はこっちでちょろっとだ。ガトーやプティンはいいとして、マカロンやティラミスは子供。そりゃ多少目覚めつつあるとはいえ、事前の検討をおそろかにしていいレベルじゃあない。
「仕方ないなあ……。はあ」
ほっと、プティンは息を吐いた
「ここ第二階層出口から、狭い通路を通って第三階層に抜けるんだよね、まず」
「ああそうだ。第一階層から第二階層への通路と同じと仮定するなら、五分程度。狭く曲がりくねっているから、トーチ魔法でも足元をしっかり照らせはしない。転ばないように気をつけろ」
転ぶ事自体は、たいした問題ではない。ただの通路だ。だが足でも挫けば、その後の戦闘能力に大きな制限を受けるからな。
「でもそれなら一番問題なのは前衛じゃん。後衛は戦闘中でもそうそう足は使わない。そもそもボクは飛べるし、ガトーはスカウトだから身のこなしは一級品。つまりブッシュが自分で気をつけておけばいいでしょ」
まあそうだが。でもマカロンが転んだ拍子に膝でもすりむいたらかわいそうだからな。ここは厳しいくらい言っておかないと。
「パパは世界一だよ。転んだりなんかしないよっ」
マカロンが口を尖らせた。
「それは……ごめん、そうだよねマカロン」
「へへーっ。パパ大好き」
抱き着いてきた。
「よしよし」
お調子者の妖精プティンとはいえ、さすがに子供の気持ちは大事にしてくれるみたいだな。
「なら次だ。第三階層には入り口フィールドはないって聞いた。通路から第三階層に降り立った瞬間から、フロア全体、敵全体との戦闘に入る。俺達はどうするんだった?」
「ボクがまず全体魔法を撃つよ。敵が多いだけに属性もバラバラ。同属性の魔法だと敵を回復させちゃう。だから無属性の攻撃魔法を、とにかく連発する」
「俺達――つまりダンジョンへの侵入者は味方判定のフラグが立っているから、全体攻撃の対象外。いくら撃ってもらってもいい。プティンが攻撃を繰り返す間、俺達はどうするんだっけ?」
「俺とブッシュは前面に立って、敵の攻撃を受ける盾役になる」
「そうだ、ガトー」
「あたしはママを守るよ。この剣で」
マカロンが剣を振りかざした。
「それにパパが危なくなったら、加勢する」
「偉いぞマカロン」
頭を撫でてやった。
「でも、パパのことより、まず自分の命、あとママの命を守るんだ」
「う……うん。あたし、そうする」
「よし」
「私は、防護ポーションをみんなに掛ける。少しでも攻撃を防ぐために。もし攻撃を受けたら、どんどん回復ポーションを使う。たとえ擦り傷程度でも」
「そうだ、ティラミス。大量のモンスターと戦う以上、ボス戦と同じと考えたほうがいい。わずかでも怪我して攻撃速度が落ちるだけで、戦闘バランスが一気に敵に傾くことだってありうる。とにかく魔法やアイテムをケチるな」
「ブッシュの言うとおりだ。勝てそうもなければ即座に撤退して、第二階層まで戻る。とにかく第三階層はゼロか百。大部屋ひとつだから、途中まで……という戦略は不可能だからな。だから撤退は最悪の選択ってわけじゃない。最悪の選択は、無理に勝ち切ろうとして死んでしまうことだ」
「ガトーの言葉どおり。それにティラミスはそろそろ魔道士として覚醒しつつある。もし回復魔法が使えると感じたら、遠慮せずに撃て。補助魔法でも攻撃魔法でも、なんでも構わん」
「わかりました、ブッシュさん」
「そして俺は、これを使う」
手に持つショートボウを、ガトーは振り上げた。
「こうした特性のフロアだけに、前衛が前に斬り込むのは危険だ。後衛と分断され、個別撃破されるリスクがある。だからすぐ前で後衛を守りつつ、まだ遠い範囲の敵を、この弓矢で撃破する」
「特に、間接攻撃してくる敵を頼む。魔道士とか、敵弓兵。それに……考えるのも憂鬱だが、ドラゴンとか」
「もちろんだ」
言い切ってから、眉を寄せた。
「俺はスカウトだから、ロングボウを扱うほどの
「ドラゴンだと皮膚が堅いから、そもそも矢自体が刺さらないと思うよ、ボク」
「目玉を狙ったらどうだ」
「そりゃそうだがブッシュ……」
ガトーは苦笑いした。
「動き回る頭の、小さな目玉を遠距離から射抜けるはずはない。射出から着矢までわずか三秒としても、その間、ドラゴンがじっとしているとでも?」
「そうだな……。悪かった」
そりゃそうだわ。
俺は見回した。みんな、少し緊張した表情をしている。
「ある程度敵の数を削り込めたら、そこからが本当の勝負だ。残るのはサイクロプスやミノタウロス、ドラゴンといった大型かつ攻撃力・防御力ともトップの、中ボスクラスのモンスターばかり。そいつらが十数匹もいて一斉に押しかけてきたら、危ない。だから俺とガトーは敵に斬り込む。とにかく先手を取って、一体ずつ倒していく。囲まれたらタコ殴りになって最後だ」
「できればブレス攻撃のあるドラゴンからなんとかしたいが、そうそうこっちの思うように展開するわけはないからな。位置関係次第だし」
「そうだ。だから今日は練習くらいのつもりでいい。絶対無理はしない。まだ行けると思っても、撤退する。俺はそう指揮する。だからみんなも従ってくれ」
「アイアイサー」
空中であぐらを組んだまま敬礼すると、プティンが飛んできた。俺の胸の中の、いつもの位置に陣取る。
「ボク、早く魔法が撃ちたくてうずうずしてる。行こうよブッシュ。ボクたちの戦闘に」
「おう」
皆、戦闘に向け心が
「行くぞ。みんな」
「いいよーブッシュ」
「はい、ブッシュさん」
「パパ」
「おう」
全員の声を受け、俺は踏み込んだ。第三階層へと通じる狭い通路へと。ダンジョンの通常フォーメーションどおり、ガトーが先頭を取り、注意深く道を辿る。闇がトーチ魔法に照らされ、俺達の影が揺れている。地下ダンジョンならではの
「しっ」
突然、ガトーがパーティーを停めた。注意深く、傾斜の強い通路の先を窺っている。
「なんだ……」
……なんだか音がする。足音のような。それに岩がこすれるような。
「きっとモンスターが下でひしめき合ってる音だよ、パパ」
「いやマカロン。……これは戦闘音だ」
ガトーが言い切った。
「剣が当たる音にモンスターの悲鳴、それに炎噴射の音までする」
「急ごう、ガトー」
「それが良さそうだ」
戦っているとしたら、それはモンスターと侵入者……つまり別パーティーということになる。つまり……。
「ガトー、俺はお前のすぐ後ろに行く。剣を抜いてな」
「それがいい」
戦闘用のフォーメーションに組み替え、俺達はまた通路を下り始めた。
「少し速度を上げるぞ」
「ああ」
早足で一分。下りきった俺達の視界が、突然開けた。
眩しい――。
俺達は大きな部屋にいる。大規模競技場ほどもある。第三階層だ。このフロアは真っ暗ではない。壁も床も天井も、照明を内蔵しているかのように輝いている。多分……中ボス戦演出なんだ。ここはゲーム世界だからな。
「見てパパ」
マカロンが叫ぶ。
「ああ」
言われるまでもなかった。巨大空間、その真ん中付近で、モンスターと戦っているパーティーがある。モンスターは多い。重なっていてよくわからないが、大小含め、ざっと百や二百はいそうだ。数人のヒューマンが、魔法や剣、弓矢で、モンスターの攻撃を受け、応戦している。
「それっ!」
回復魔法の緑の輝きが巻き起こった。それを仕掛けた回復魔道士に、なんだか知らないが巨大コウモリといった見た目のモンスターが、空中から襲いかかり、鉤爪で引き倒した。
「いやっ!」
叫び声が響いた。
倒れたのは、女の子。見覚えがある。転生初日の俺に優しくしてくれた、あの娘。あれは……ノエルだ。
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