6-B 王女の提案(ノエル視点)

★ノエル視点のアナザーサイドストーリーです★

ノエル:ランスロット卿パーティーのヒーラー。第一話でブッシュを助けてくれた娘。




「ねえノエル、第三階層がとても厳しい階層なのは、わたくしもわかっています。……どうでしょう、ブッシュ様のチームと一緒に攻略しては」


 馬車で向き合う私に、タルト姫は想定外の提案をしてきた。


「二チームの合同戦ですか……」

「ええ」


 あっさりと、王女は頷いた。


「王家にとっては、守護神様の復活が目的。別に攻略コンテストをしているわけではありません。難易度が高いなら手勢を増やすというのは、当たり前の戦略です。もとよりダンジョンには正規兵の軍団を送り込むわけにはいかない。狭いし、罠が多いから。少人数で迷宮に慣れたチームでないと」

「だからこそ、冒険者チームふたつを統合するのですね」

「そうですよ、ノエル」


 私は考えた。いくさ要諦ようていとしては、そのとおり。さすが聡明な王女の戦略と言える。


 でもあのランスロット卿が、ブッシュとの協業を丸呑みするはずはない。自らがクビにした「家名もない平民」にして「底辺冒険者の落ちこぼれ」だ。対等な立場での合流は、とてつもない屈辱と感じるに違いないもの。


 そう説明すると、王女は認めたわ。


「ランスロット卿は、内部から王国に害をなす寄生虫。わたくしは、そのように見ています。父上もはっきりは口にされないですが内心、苦々しく思われているご様子です」

「国王が、ですか……。でもそれなら――」

「ランスロット卿は、徴税官吏として莫大な資金を得、賄賂で王国内部に腐敗の根を広く張っている。はっきりした証拠が必要なのです。彼の息の掛かった大法院でさえ、かばいきれなくなるほどの」

「それであれば、放逐できると」

「ええ。ですからこのクエストの間に、なんとか悪事の証拠を掴みたい」


 苦しげに、眉を寄せてみせたわ。


「借金のカタとして放り込まれたあなたに、こんなことを頼める義理は、王家にはない。わたくしどもが守り切れなかった、あなたに。でも……」


 また手を握られた。真剣な瞳で。


「でもわたくしが……あなたの幼なじみとしてお願いします。どうか、王家のために力を貸していただけないかと」

「……わかりました、姫様」


 私は心を固めた。立場こそ違え、一緒に育った幼なじみだもの。助けてあげたい。ブッシュが私を助けてくれるように、私は姫様をお守りするわ。


「できるかわかりませんが、ランスロット卿の闇を探ってみます」

「ありがとうノエル」


 姫様の瞳に、うっすら涙が浮かんだ。


「わたくし……あなたが幼なじみでよかった。ずっとわたくしと遊んでくれた、優しいお姉様と一緒に育って……」


 ふと思い出した。


「そう言えば姫様、暗黒街での噂ですが、ランスロット卿は、あの事故のとき、現場にいたのではないかと」

「あの事故というのは、あなたのご両親が亡くなったときの」

「はいそうです。山ひとつ吹き飛んだ魔導事故の」

「そんな……」


 信じられないといった顔だわ。


「姫様。新人剣士クイニーは、ペテンで小銭を稼ぎ、食いつないできた男のようです。彼がペテン師仲間から聞き出したそうで」

「本当なら、それは大きな問題です。なぜならランスロット卿は、事故調査委員会に対し、ひとことだってそのことを報告していませんからね。有力貴族全体を調べたというのに。……でも」


 首を傾げてみせた。


「でもあの場にいたのなら、生きていられるはずはない。わたくしにはそう思えます」

「私もそう考えています。だから間違いなのでしょう。おそらく……あの事故には、裏がある」

「裏が……」

「そうです姫様。その『裏』に、ランスロット卿が関係していたとしたらどうでしょう。卿の暗躍が噂になり、口伝えで流れるうちに尾鰭がついて、いつの間にか『あの場に居た』となったのでは」

「なるほど。さすがはノエル。わたくしを導いてくれたお姉様ですね」


 微笑んだ。


「優れた判断力です」


 真面目な顔になった。


「でもそういうことなら、ランスロット卿は、あなたの両親の死に、もしかしたら責任があるのかもしれない」

「わかっています、姫様。もし両親の仇というなら、私……」

「先走ってはいけませんよ、ノエル」


 私の手を、強く握った。


「敵は強大。大法院に告発できるほどの、明らかな証拠を掴むのです。その前に事を起こせば、わたくしでもあなたを庇うのは難しい」

「理解はしています。……でももしかしたら両親の敵かもと思うと、顔を見るだけで私……」

「ブッシュ様に頼るのです、ノエル」

「ブッシュに」

「ええ」


 首を縦に振った。冗談を言っている顔ではない。


「ブッシュ様には、しっかりした正義の判断がある。どうにも……わたくしたちとは違う、なにか……なにか別の世界のような基準が」


 ふふっと楽しそうに笑ったわ。姫様、ブッシュの話をするとき、すごく楽しそう。もしかしたらだけど、これって……。


「ブッシュ様は時折、よくわからない話で、わたくしを煙に巻くのよ」

「姫様……」


 おかしい。どうにも、私の知っているブッシュの性格と重ならない……。仮初の家族を持って、大きく成長したのかしら。


「ですから、ブッシュ様はランスロット卿の権勢に流されたりはしない。必ずや、あなたや王国のために行動を起こしてくれるでしょう。それにもしかしたら……わたくしのためにも」


 柔らかな瞳となった。


「ですから、なんとか第三階層を、ブッシュ様のチームと一緒に攻略してみて下さい。おそらく近々、ダンジョン内で顔を合わせるはずです」


 そうよね。毎日同じダンジョンに潜っているんだもの。これからもずっと、全く会わないなんて、考えにくいわ。


「わかりました」


 私は考えた。


 私は今、「影のパーティーリーダー」として、仲間に慕われている。ランスロット卿以外からは。私の判断なら、ボーリックとエリンは賛成してくれるはず。クイニーは怪しいけれど、悪党だけに統合に利があると気づけば、私に味方するに違いない。


 つまりランスロット卿をどう説得するか、だけね。でも、国王の前で「またブッシュを戻す」と言い訳したわ。つまり彼の顔さえ立てば、ブッシュに協力させることだって、不可能じゃあない。


 あんなクズを図に乗らせるのは嫌だけれど、それだって彼の悪事のしっぽを掴むためだと思えばいいわよね。


 私の心に、闘志の炎が燃え上がった。


 やってみせるわ。両親の仇を討つためだもの。


「姫様」


 扉が開くと、スカウトのガトーが顔を覗かせた。


「姫様、もう王宮に戻らないと。時間が……」

「わかっているわ、ガトー。……ノエル」


 姫様は、私の手を握った。まっすぐ目を見て続ける。


「ブッシュ様が、あなたを守って下さるわよ。わたくしの大事なお姉様を……。人を守り育てることを、とても大切に考えてらっしゃるお方ですもの」

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