6-A お忍び王女の冒険(ノエル視点)

★ノエル視点のアナザーサイドストーリーです★

ノエル:ランスロット卿パーティーのヒーラー。第一話でブッシュを助けてくれた娘。




「ノエル……」


 夜。ダンジョンから王都に戻り家路を辿る私に、暗い脇道から声が掛かった。


「ひ、姫様」


 人通りもまばらな夜の街角。目深に被ったフードから、薄い色の金髪が覗いている。


「なんでこんなところに……。また夜の冒険ですか? 王宮の毎日で息が詰まるのはわかりますが、ほどほどになさいませ……」


 私だけは知っている。賢明で優しい王女という立場を演じてはいるけれど、タルト王女の体の中に、冒険を求める若い血がたぎっているのを。


「いえ、ノエル。……あなたと少し話したくて」

「いけません、姫様。私と会うと、お立場が悪くなります。大罪人の娘なのに、幼なじみだからひいきしていると」

「大丈夫。ほら、こっちよ……」


 地味な馬車に導かれた。貴族の下働きがご用のために使うような馬車。実用一点張りで、作りも良くはない。王族が使うような馬車ではない。


「ガトー」

「わかっています、王女」


 いつぞや私に声を掛けてきたスカウトが、外で見張りに立った。


「どうしたのです、タルト様」

「ねえノエル……」


 フードを脱ぐと、王女のきれいな髪がざっと広がった。いい香りと共に。


「今、どこまで攻略したの。始祖のダンジョンを」

「はい姫様。剣士を入れた新チームになってから、いろいろ試行錯誤してきました。その甲斐があって、今日は初めて第三階層まで下りられました」

「まあ、それは良かったわね」

「でもダメです。大量のモンスターに防戦一方で」


 ブッシュが居た頃から、第二階層で終わるか第三階層まで進めるかが、五分五分。第三階層まで進めた場合でも、見渡す限りのモンスターを前に、突破できた試しはない。


 今日だって、同じ。なんとか第二階層まで撤退し、タイマーの時間切れまで傷を治しておしまいよ。治療しながら、第三階層突破のための戦略会議をして。


 そう話すと、王女様は頷いたわ。


「やはり始祖のダンジョンは難敵ね、ノエル」

「はい。……それより姫様、ブッシュのチームがいよいよダンジョン攻略を開始したと聞きました」

「ええノエル。そのとおり。ブッシュ様はお子様連れなれど、順調に攻略を重ねているとか」

「子連れでダンジョンに潜る? それ、どういう意味ですか」

「ブッシュ様には、ティラミスさんという奥方様と、マカロンちゃんという娘さんがいらっしゃるのです」

「えっと……」


 驚いた。


「子供とか結婚とか、そんなはずは……」


 だって知らないし。そもそもブッシュ、彼女が居なくて寂しいとか、よく口にしていたもの。誰か紹介してくれとか、私やエリンに冗談めかして言っていたくらいだし。


「恋人すら居ないはずです」

「どうやら、複雑なご事情があるようで……」


 王女は、ほっと息を吐いた。


「まさか姫様……、別大陸の間者が、ブッシュを騙しているとか」

「ふふっ……。それはどうかしら」


 微笑んだ。


「十五歳と五歳の間者がいるかしら」

「そんなに若いんですか」

「ええ」

「でもそれなら、なおのことお嫁さんとは……。だって十五歳で、その歳の子供……」

「ガトーが聞き出したところ、実はマカロンちゃんのお姉様だとか。天涯孤独で両親を恋しがる妹のために、母親を演じているようです」

「そうですか……」

「その流れでティラミスさんが、ブッシュ様にも父親役を頼んだという話でした」

「なるほど」


 それなら説明はつく。


「ですから、ブッシュ様はまだ独身でいらっしゃいます。形だけの奥方様とお子様ということで」

「ですね。ブッシュは優しく明るいいい男ですが、私の知る限り、恋人はいなかったかと」


 ブッシュの「彼女を紹介してくれ」話をすると、王女様は楽しそうに笑ったわ。


「まあ! ……殿方は大変ねえ。お心が騒ぐから」

「それにしても……」


 私は呆れちゃったわ。


「たった五歳の子供を、あの凶悪ダンジョンに連れていくとか、ブッシュは正気でしょうか」

「お止めしたのですが、どうしてもマカロンちゃんをダンジョンで育てたいと……。どうやらブッシュ様は、マカロンちゃんを強い冒険者にしたいようです」

「でも、遊びで潜れるダンジョンじゃないですよ」

「ですから、ガトーとプティンをつけました」

「えっ! 姫様のソウルメイトを……」


 私は絶句した。妖精プティンは王女の身を守護し心を慰めてくれる、最高の存在だったはず。それを送り込んでまで、ブッシュと「家族」を守るなんて……。姫様、本気だわ。


「ティラミスさんもマカロンちゃんも、ダンジョンに挑戦するようになって、数日でどんどん強くなっているそうです。なにかの特殊な加護を得ているのか、あるいはそもそも人間ではないのでは……というのが、ガトーの見立てです」

「人間ではない?」

「ええ。天涯孤独の身の上とのことですが、素性ははっきりしていません」

「そんな……」


 驚いた。


「それで危険はないのですか。ブッシュとか……姫様とかに」

「ガトーが監視しています。それにわたくしもお会いしましたが、マカロンちゃんはかわいらしいお子様。ティラミスさんは、歳に似合わず控えめで賢明なご性格。魔物などのはずがありません」

「ですが姫様――」

「考えてもみて、ノエル。加護された存在らしき方々が、わたくしたち王家のために力を貸して下さっているのです。正体を追求するよりも、その力は利用しなくてはなりません。それがノエル、あなたのためでもある」

「私の……」

「ええ」


 王女は頷いた。私の手を取ると、きゅっと握ってくれて。


「クエストを引き受ける条件として、成功の折はあなたの借金を棒引きにすることを、ブッシュ様は求めました」

「ブッシュが……」


 追放されたときの、呆然としたブッシュの表情を思い出した。


「ダンジョン攻略に成功すれば。王家と王国に大きな貸しを作ることになる。あなたの解放を、王宮内部も世論も納得するでしょう」

「そうですか……」


 ありがとうブッシュ……。私のために……。


 胸がきゅっと痛くなった。ブッシュ、なんだかたくましくなったわ。追放されてから、人が変わったように。……きっと、逆境が人を育てたのね。


 ブッシュの笑顔が温かな火として、私の心に灯った。希望という名の炎として。親愛という名の炎として。


「ねえノエル」

「はい、姫様」

「第三階層ですが、あなたのチームは、一度として抜けたことがないのよね」

「ええ。ブッシュがいたときから、一度も」

「それだけ厳しい階層なのは、わたくしもわかっています。……どうでしょう、ブッシュ様のチームと一緒に攻略しては」


 姫様は、想定外の提案をしてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る