6-7 タルト王女の私室に招かれる
翌日。俺達は攻略を休み、目一杯遊んだ。王都の公園で小鳥をからかい、ランチではマカロンとプティンのスイーツ大食い競争が始まって。
晩飯は晩飯で例の「おじい様」攻撃で、ティラミスとマカロンがサバランのおっさんを泣かせた。もうサバラン、ふたりのためにかわいい服だのアクセサリーをあれこれ買い込んでプレゼントしてくれたからな。これまでの「娘の古着」だけじゃなく。あーもちろん、俺にはなんもくれんがな。なんなら「孫娘ティラミスの嫁入りを妨げるヒモ」くらいの扱いだし。
で、さらに翌日。今日も休日。のんびりする予定だったが王女に呼び出されて、俺は王宮に赴いた。ティラミスとマカロン、もちろんくっついて回ってるプティンと一緒に。
「よくぞおいで下さいました、ブッシュ様」
自室――つっても寝室じゃなくて、公務用の部屋、言ってみれば王女の執務室な――で、王女は俺達を待っていた。
優雅な白い石造りの大テーブルに陣取って。気のせいか一瞬、俺の腰に目を走らせると、少しだけ頬が赤くなった。
「それにティラミスさん、マカロンちゃん」
微笑んだ。
「こちらにどうぞ」
大テーブルに、俺達を招く。
「今、茶を淹れさせます」
王女付きの侍女がわあっと群がると、あっという間にティーセットがテーブルに並んだ。
「召し上がれ」
「ありがとうな」
いやーうまい。さすがは王室の茶だわ。サバラン宿のぼったくり出涸らし茶とは、味も香りも段違いだ。
ところで最初に会ったときは「ブッシュさん」呼びだったけど、今日は「様」に格上げになってるわ。やっぱ攻略が順調だからかね、これ。
「今日はお招きに預かり、光栄です」
茶のカップを置くと、ティラミスが王女を見つめた。
「王女様もご健勝にて、たいへん喜ばしく思います」
「あらあら」
微笑んだ。
「まだお若いのに、素晴らしい淑女であること。……さすがはブッシュ様の奥方様ですね」
いやタルト王女は十六歳だと、こないだプティンが口を滑らしたからな。考えたらティラミスと大差ない。見た目ちょっとだけティラミスが若いだけで。よく考えたらふたりとも、どえらい落ち着いてるよな。年齢的にはふたりともJK同然だからな。学校帰りにマックでふたり、大口開けてゲラゲラやってる年頃だ。
まあ王女は立場ってものがあるし、ティラミスはマカロンの「ママ」役を演じている。そうした立場から大人っぽくなってるってところだろうが。
「お、王女様もごきげんで、余も嬉しく思います」
「ふふっ」
ママを真似てのたどたどしいマカロンの言葉に、思わず笑っている。
「これはこれはごていねいに。マカロン嬢もご健勝でなによりです」
「王女様ーっ」
俺の胸、いつもの定位置から飛び立ったプティンが、王女の首に抱き着いた。
「うわーっ、いい香り。……それに柔らかいし、すべすべ」
抱き着いたまま、俺に視線を投げて。
「やっぱりこっちのがいいや。ブッシュはあちこちゴツゴツしてて嫌」
余計なお世話だわ。嫌なら毎晩あんなにくっついて寝るなっての。割と楽しそうじゃんかお前、俺に抱き着いたまま眠るの。
俺を振り返ると、プティンは手を振った。
「ねえねえブッシュ。ブッシュも抱き着いてみなよ、気持ちいいから」
できるわけないだろ。警護の近衛兵に殺されるわ。
「ちゃんとブッシュ様のお役に立ったの、プティン」
タルト王女は、プティンの頭を撫でている。
「もちろんだよ姫様。ボク、もう大活躍だったんだから。そうだよね、ブッシュ」
「ああそうだ。プティンは超有能だからな」
多少大げさに持ち上げといてやる。このちっこい三十センチの妖精は、今やパーティーの戦友だからな。実際、プティンの魔法がなかったら攻略なんかできなかっただろうし。
「まあ、それは良かった。さすがはプティンね」
「そうだ。姫様に重大な機密情報があるんだった」
王女の肩に立つと、耳に唇を寄せる。
「ごにょごにょ」
「……」
「ごにょごにょごにょ」
「……まあ」
俺を見た王女の頬が、みるみる赤く染まる。
「そ、そうなの」
「うん。だからね王女様も、いろいろ考えておいたほうがいいよ」
「そうね……」
プティンの頭を撫でてやっている。
「プティンはわたくしの本当のところもわかっているものね」
「ソウルメイトだからねっ。あははっ」
「ふふふっ」
なんか知らんが盛り上がってるし。女子トークだか妖精トークだか知らんが、とりあえずこの話題を掘り返すのは止めておいたほうがいいだろう。俺の本能がそう告げてるからな。なんせあのプティンの耳打ちだ。どうせロクなもんじゃない。
「ところでなんの用なんだ、王女。ダンジョン探索の中間報告なら、昨日、ガトーから聞いてるはずだ。あいつ、王宮に報告に上がるって言ってたしな」
「はいブッシュ様。おっしゃる通りで」
「そういや、今日はガトーは?」
見回してもここにはいない。もしかしたらここで合流して話すのか……とか思ったんだがな。最初にガトーに会ったときに一緒に居た近衛兵は、王女の後ろに控えてるけどさ。
「いろいろ街で手配しています。ブッシュ様をお招きしたのは、食事でも……と思ったからです」
「飯?」
「ええ。じき昼になります。……たまにはよろしいでしょう。晩餐での会食となると、いろいろわたくしもお相手する理屈を考えないとなりません。でもその……
はあそうか。王族ってのも大変だな。好きなように飯すら食えないなんて。
「そうだな……」
子供用の椅子をもらい、横にちょこんと座っているマカロンの顔を窺った。……うむ。おいしいものを食べたくて、目がキラキラしてるな。
ダンジョンに持ち込んでいる王女手配の
プティンは前、王女と一緒だと毒見済みの冷えた飯しか食えないって愚痴ってた。だけど、それだって相当にイケるはずだ。超一流の料理人が、冷めた状態を考えて味付けしてるはずだからな。
子育て中のパパとしては、子供にうまいもん食わせてやりたいし……。
「ごちそうになるよ、王女」
「まあ……」
王女の顔が、ぱあっと明るくなった。
「ありがとうございます、ブッシュ様」
「礼を言うのはこっちだ。マカロンやティラミスに、おいしいものをごちそうしてくれるってんだからな」
俺はどうでもいい。こんな底辺クソ社畜、腹さえ膨れたらいいんだ。でもふたりには人生の楽しい思い出を、ひとつでもふたつでも余計に味わわせたい。
将来勇者に育てば、厳しい道のりが待っている。魔王の土地に踏み込んで隠れながら木の根を口に放り込むとき、子供の頃の楽しい飯の思い出があれば、わずかなりとも心が安らぐはずだからな。
「それでは食事を用意させますね」
「ボクのご飯も忘れちゃ嫌だよー」
「わかってるわよ、プティン。忘れるわけないじゃないの。わたくし、あなたと一心同体も同然でしょ」
「だよねー。互いのこと、目に見えるようにわかるし」
「そうそう。ではブッシュ様……」
王女が目配せすると、侍女が忙しく動き始めた。
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