6-6 王女と妖精
「へへーっ楽しみだねー。一緒のお風呂」
俺の肩に留まったプティンが、首に腕を回してきた。
「そうだな」
頷いたものの、俺は心ここにあらずだったかも。
第二階層をクリアした晩、ティラミスはマカロンと風呂に入りたがった。なんだか話があるらしい。いつもは俺がマカロンを入れる係。次にティラミスとプティンが風呂使う間、俺がマカロンを寝かしにかかる……ってルーティンだったんだけどな。
だから今日俺はひとりで入ると言ったんだが、プティンが一緒に入ると、なぜか強硬に主張したんだわ。まあ時間効率を考えるなら、ふたりのほうが合理的なのは確かだが……。
「ブッシュってさあ、妖精とお風呂入るの、初めてでしょ」
「まあなー」
てか、女子と入るのも初めてだわ。全長三十センチの妖精を女子認定して、五歳のマカロンを女子以前認定すればの話だが。
「さて、服を脱いで……っと」
プティンはとっとと裸になった。
「どうしたのブッシュ、早く脱ぎなよ」
「先に湯船に入ってろよ。俺は後から行く」
「ぷぷっ」
手を口に当てて笑ってやがる。
「裸見せるの、恥ずかしいんだ」
「んなーこたない」
いやあるけど。いくらフィギュアサイズとはいえ、目の前にある裸、明らかに女子だからな。
「あまえんぼだなあ、ブッシュ。仕方ない、ボクが脱がせてあげようか」
飛んできて、裸のまま俺の下着に手を掛ける。
「わーった、わーかった」
俺は諦めた。まあいいや。相手は人間じゃない。それに謎棒くらい見せたって、減るもんじゃないし。
秒で脱ぎ去ると、とっとと湯船に漬かる。
「それでいいんだよ。往生際の悪いおっさんだね、ブッシュは」
「やかましいわ」
おっさん扱いすんなっての。これでも転生前よりは若返ってるんだ。
「ほら、お前も来い。あったかいぞ」
「うわーいっ」
どぼんと飛び込むと、しばらく上がってこない。ようやく、首が湯から出てきた。
「あったかーいっ」
「魚を捕るペンギンかよ。……器用な奴」
「むふーっ」
俺の胸に背を預け、ゆっくりと伸びをする。
「ボク、男の人の裸見たの、生まれて初めて」
「ああそうかい、良かったな」
「うーん……ああなっていたのかあ」
なんだこいつ、湯の中で俺のアレ、観察してたってのか。
「姫様も初めてだから、ドキドキじゃないかな」
「はあ? タルト王女に裸を晒す気はないぞ、俺」
「へへっ……。そうなんだー」
にやにや笑ってやがる。気味悪い奴だ。
「ボクの裸はどうだった。ねえねえブッシュ、興奮した?」
「するか。お前、人形サイズじゃねえか」
「なんなら大きくなってあげようか。人間の等身大まで」
「そんなんできるのかよ」
「できるできる。恋人と過ごすときとか」
「マジかよ」
妖精って、もしかしてそうやって繁殖するんか。人間を相手にして。
「うっそーっ」
「この野郎……またしてもからかいやがって」
ムカついたんで、ほっぺを爪の先でつねってやったわ。
「ひたいひたいーっ」
腕を振り回してバタバタしてやがる。ざまあ。
「おーいた。……さて、次は洗いっこだねっ」
飛び上がると、俺の指を掴んだ。けろっとしてるなあ……。
「ほらほら、早く早くーう」
「わーったっての」
「ほら、ボクの背中洗ってよ」
洗い場に上がると、俺の目の前に浮遊した。洗いやすいよう、長い髪を手でかきあげている。
「ほら早く」
「お、おう」
いいんだよな、これ。本人が言ってるんだし。
石鹸を泡立てると、人差し指で背中をさすってやった。
「こうか」
「うん。そうそう。……首から肩、背中だよ」
「おう」
生意気に柔らかい。
「なんだかくすぐったいよ、ブッシュ」
「我慢しろ。もう少しだ」
ぷりぷりした尻を洗ってやって、太ももから下も一応洗う。
「はい、前」
くるっとこっちを向いた。
「自分でやれよ」
「やだよ。王宮だとタルト姫様に洗ってもらってるし、ここだとティラミスがしてくれるよ。それと同じじゃん」
見せつけるように、胸を張ってやがる。くそっ。ちゃんと女じゃないかよ、こいつ。形のいい胸といいきゅっと締まった腹といい、その下の……謎部分といい。
「なあに、ボクのこと女子として意識してるの? へへーっ、もしかして好きになった?」
「んなことあるか。ちょっと大きなミミズくらいのサイズのくせに」
「ミミズじゃないもん。妖精だもん」ぷくーっ。
「……ほらよ」
胸から腹、脚まで雑に洗ってやる。あれだなー胸とか、やっぱ柔らかいわ。多分だが、これが女の胸だ。……とはいえ感触としては、タピオカ撫でてる感じだわ、サイズ的に。だから興奮するとかそういうのは全くない。
「うわっ、乱暴。ブッシュったら、女子の扱い下手だよね。もっとこう、やさしく撫でるようにしないと感じないよ」
「はあそうすか」
「ブッシュだって、ボクに感じてほしいでしょ。熱い息で喘いだりとか」
「やかましいっての。風呂入れるだけで毎日ヘンな声出されても困るわ」
「そんなんじゃ姫様を安心して預けられないし」
「タルトのこと言ってんのか? あれは王女。俺に預けるもクソも、どこぞの貴族か王族と政略結婚だろ」
「そりゃまあ……そうなんだけどさ」
拗ねたように、首を傾げた。
「まあいいや。次、ボクの番ね」
「あっ!」
止める間もない。下半身にいきなり抱き着いてくると、謎棒をせっせと撫で回す。
「よせお前」
腹を掴んで引き剥がしたが、まだバタバタしてやがる。バッタかよ。
「そんなとこは自分で洗うわ。なんだよ、いの一番にそこに張り付くとか。痴女かよ」
「ちぇーっケチ」
ぷくーっ。腕組みして頬を膨らましている。
「仕組みを勉強したかったのに。王女様のためにも」
王女を口実にすればなんでもできると思ってんな、こいつ。
「洗うなら背中だけだ。後は自分で洗う」
「もうちょっと、触り心地と形を調べるだけ。ねっ」
「エロ男子かよお前。ほら」
背中にぺちっと貼り付ける。
「そこを洗ってろ」
「はいはい。……はあーっ」
「溜息つくな」
大騒ぎして洗い終わると、もう一度湯船に。
「あれだねー」
俺の背にまたもたれたまま、プティンが呟いた。
「ブッシュがいると、あの始祖のダンジョン、すごく簡単に攻略できそうだよねー」
「そうかな」
「うん。戦闘力としては、ボクとガトーが強化されてるし。それにマカロンとティラミスも、あんなちっこいのに、もう普通の冒険者並になってる。たった一週間かそこらでこうだからね。あのふたり、半年もしたら化け物みたいに強くなるよ」
やっぱ勇者の一族だけあるな。主人公補正って凄いんだな。社畜として底辺這い回ってきた俺には、生まれながらのエリートの世界なんて、縁遠かった。だから確かに驚きばかりだ。それは認める。
「ブッシュリーダーのファミリーパーティーって、案外これからも使えるかも」
「そうかな」
「うん」
振り返ると、俺の胸に抱き着いた。そうすると裸の胸、胸の先まで感じるから、ちょっと止めてほしいんだが。いつもは服着てるから、抱かれても「最後の一線」守ってる感があるんだけどさ。
「このクエストが終わったらスカウトチームに入れって、ガトーは言ってたよね。でもボクは、独自パーティーで動いたほうがいいと思うんだ。王女様の庇護に入って」
「タルト姫のか」
「うん。姫様は王室で国王の補佐的な仕事を任されてる。子供の頃から、とにかく優秀だったからね。王様は帝王学くらいのつもりで始めたんだけど、今ではもう頼りっきりだよ」
「そうだろうな」
たしかにタルト王女は有能だ。ちょっと話した程度でわかるくらいだからな。
「でもそれだけに多忙だし、王宮から度々抜け出すってわけにもいかない」
「前話てた奴だな。夜な夜な街に出て息を抜いてたって」
「うん。変装して王都の人々の暮らしを調査したり。たまには遊んで冒険したりね」
「意外に行動派だよなあ、王女……」
会ったときの印象と、随分違う。立場上どうしても自分本来の欲求を隠し、「王女」を演じなきゃならないのか。なんかかわいそうだわ。タルト王女だって、まだ十代だしなー。
「それにブッシュの噂を聞いて、よせばいいのに自分で確かめに出たり」
「そういやそうか」
ガトーの話を聞いて、俺をリクルートに来たんだものな。てか「よせばいいのに」はひとこと多いわ、お前。
「だからさ、ブッシュのチームで王女の仕事を補佐して、ちょっとした騒動の種なんかを潰して回ったらいいと思うんだ」
「なるほど」
俺は考えた。
「騒動なんか、あるのか」
「あるある。それこそ、ランスロット卿が不公正な税の取り立てをしてるとか、貴族の誰と誰の仲が悪くて決闘しそうだとか」
めんどくさそうだ。
「魔法院や科学院の人事絡みで派閥争いが起きてたり」
「うーん……」
どうだろ。そういう調整、あんまりやりたくはない。馬鹿と馬鹿の間を取り持つとか、趣味じゃないわ。そういう意味で俺、管理職向きじゃないんだ。
それは前世社畜時代に痛感してたからな。馬鹿をおだて上げてチームのパフォーマンス上げに一喜一憂するとかより、自分の才覚ひとつで切った張ったしてビジネスを組み立てたい。そっちのが好きだし得意だ。人に任せるプロデューサータイプじゃなく、人を率いるディレクタータイプなんだわ、俺。
「まあそれは、このクエスト終わってから考えようぜ。政治的に動くのは好みじゃない。でも正直に言えば、王女の後ろ盾を得られたら、死ぬほど助かる。なにしろ俺は、ティラミスとマカロンを守る義務があるからな。一家の長として」
物語で世界を救う、立派な勇者に育てないとならんしな。それが、物語開始前に転生した俺の義務だろうよ。
「他の働き方があったらってこと?」
「ああそうだ。プティンお前、なかなか頭回るな」
「そりゃボクは妖精。王女様のソウルメイトだからね。魂が通じてるんだよ、ふたりは。ほらブッシュ」
ちゃぽん。水音を立てて飛び上がると、俺の首に抱きついた。そのまま、ちゅっと唇をつける。
「……これはね、王女様の分だよ」
「はあ、ありがとうな」
代理キスは草。フィギュアの唇が触れたくらいじゃ、なんも興奮しないし。まあ好きにしていいよ。
●カクヨムコンテスト苦戦中です
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王女「まあ大変。ブッシュ様……」
●王宮、王女の私室に招かれたブッシュは、昼食のテーブルを囲むことになるが……
次話「王女に招かれる」、明日公開!
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