6-5 ガトーの疑念
「なんてこった……」
信じられないといった表情で、ガトーは首を振った。
「戦闘なしで辿り着いた。第二階層の出口まで。ガチでやりやがった、ティラミスが」
――0:03:18――
頭上に、やり遂げた証拠のタイマーが輝いている。今はもう出口領域に達しているから、タイマーのカウントダウンは止まっている。
「モンスターエンカウントもなしだ。……王国最高のスカウトやテイマーでさえ、ここまでモンスターを忌避できるスキルは持ってない」
舌を巻いている。
「どういうことだ……」
「ママーっ!」
飛びつくようにして、マカロンがティラミスに抱き着いた。
「凄いよ。やっぱりママは世界一だねっ」
「マカロンがいい子だったからよ。だから神様が味方してくれたんだわ」
「ただの気まぐれくらいのつもりだったが、まさか本当にこんなことがあるなんて……」
まだ信じられないといった顔だ。
「ティラミスお前、本当に人間なのか」
「ええ、もちろん。マカロンのママなことが、証拠です」
「そうは言うがなあ……」
ガトーは顔をしかめた。
「十歳で子供を生んだことからして、変な話、人間離れしている。まさかとは思うが、ミミックモンスターとか」
「馬鹿なことを言うな、ガトー」
さすがに止めに入った。余計なことを勘ぐられると、こっちも困る。
「そんなことがあれば、いの一番に俺が気づくだろ、ほら」
「きゃっ」
俺は、ティラミスを抱き寄せた。
「俺はマカロンのパパ、そしてティラミスがママだ。わかるに決まってるだろ」
俺は知っている。なんせ勇者とその姉だ。神の加護があり、ここダンジョンに踏み込んで生まれて初めて戦闘したことで、それが目覚めつつあるってのは、充分考えられる。
マカロンの未来を知ってるのは、俺だけ。だから他の連中には想像もつかない仮定だろうけどな。
でもマカロンが勇者だと明かせば、どうして俺が知ってるんだって流れになる。となると俺が転生者でここはゲーム小説世界だとかいう、ガトーにはとても信じられない話をしないとならない。どうせ信じてもらえないなら、話しても意味はない。
「これはなガトー。家族の力だよ。それにお前も言ってただろ、俺に謎の力があってパーティーをエンチャントするって。これがその証拠だろう」
実際、俺の能力って奴も、もしかしたらあるのかも。マカロンやティラミスだけでなく、ガトーやプティンもそれ感じてるってんだからな。俺が抜けたクソ野郎ランスロット卿パーティーの能力が、がた落ちらしいし。
俺を追放した奴など勝手に落ちぶれろとは思うが、助けてくれたノエルだけは、なんとか無事であってほしい。俺がこのダンジョンをクリアすることで、ノエルの借金は棒引きになる。早くしないとな、あの薄情な貴族野郎が彼女を使い潰す前に。
「いや……。それだって、俺達を味方に引き込むための策略かも」
ガトーは唸った。
「そもそもブッシュ、お前の評判を調べたとき、妻子持ちなんて話はこれっぽっちも出なかった。お前はただの下っ端冒険者だっただろ。……年齢構成もやはりおかしい。それに子を成した夫婦にしては、よそよそしい。お前は口を挟むなと前言ったが、これだけ不審なことが続くなら、問題にしないとならん」
腰の剣に、手を掛けた。
「万一、お前らが王家に取り入るために近づいてきた魔王の手勢だと言うなら、残念だが……」
「ガトーお前、やるってのか……」
俺も、腰の剣に手を掛けた。もしここでやり合うなら、一対三。王女のソウルメイトたる妖精プティンがどっちに味方するかはわからん。
だが俺は、中立で見守ると思っている。その場合、手練のスカウト相手とはいえ、こちらに分がある。もし王女の危機と感じてプティンがガトーに加勢するなら、俺達に勝ちの目はない。
「止めて下さい、ふたりとも」
ティラミスが叫んだ。
「その……本当のことを言います。でも……ガトーさんにだけ」
ちらと俺を見る。俺が頷くと、ガトーに駆け寄って耳打ちする。
「……」
「……」
ガトーは時折、うんうんと頷いている。
「……」
「……」
「……」
「そうか……」
ティラミスが耳から口を挟むと、ガトーはじっと俺を見つめた。
「なるほど……。筋は通っている」
どこまで教えたのだろうか。ガトーの感じからして、本当のことを話したのだろう。実はマカロンの姉であって、孤児暮らしをしていて俺に助けられたのだと。マカロンがパパを欲しがるから、パパになってもらったのだと。
「ねえねえ、なんでボクだけ仲間外れなのさ」
プティンの頬が、ぷくーっと膨れた。
あぐらを組んだ形で宙に浮かんだまま、腕を腰に当てている。
「ボクだってパーティーの仲間でしょ。教えてよ」
「お前は口が軽いからな」
「違いない。ブッシュの言うとおりだ」
ガトーも苦笑いだ。
「ふたりまでそんな! 悔しいーっ」
飛んできて、俺の胸をぽかぽかする。
「暴れるなっての。……わかったわかった、いずれ教えてやる」
「本当?」
見上げる瞳が、ぱあっと明るくなった。
「ああ。このダンジョンをクリアできたら、そのときにな。……だから一緒に探索頑張ろうぜ」
「わかった。ボクもう妖精の力全開でやるよっ!」
性格のいい前向き妖精で助かった。さすが王女のソウルメイトだけあるわ、プティン。
「だがブッシュ、忘れるな」
ガトーが釘を差しに来た。
「ティラミスから聞いた話は筋が通っていると、認めただけだ。筋の通った嘘など、いくらでもある」
「そう思うなら、俺達を監視でもなんでもしてろ。……ただ、ダンジョン攻略だけは協力してもらう。それが王家と姫様のためなんだろ。それに俺も、ノエルを救ってやりたいからな」
「もちろんだ。その点で、俺とお前の利害は一致する。……プティン」
「なに、もう喧嘩終わったの?」
「呑気な奴だな。そういう話じゃない」
思わず笑っている。
「お前はブッシュと二十四時間、一緒にいる。不審なことがないか、ちゃんと探れよ。それが姫様のためだ」
「アイアイサーっ。ブッシュが何食べたか、ちゃんと全部覚えておくね」
「それだけじゃなくてだ」
「はいはいーっ。お風呂でいろんな形を測定しておくねーっ」
「仕方ないな、これが妖精だ」
諦めたかのように、ガトーは微笑んだ。
「さて、もう夕方だ。今日はここにマーカーストーンを置いて、帰還しよう。ここは出口領域。タイムリミットになっても初期化されないからな」
ほっと息を吐いた。
「第三階層挑戦は明日、マーカーストーンの場所から再開だ。……それでいいな、ブッシュ」
「帰還しよう。ただ第三階層挑戦は、しあさってだ。ここまで、第一階層挑戦開始から四日間、ぶっ通しで戦ってきた。社畜労働どころじゃないぞ。命のやり取りを四日間だ」
俺の口は、勝手に動いた。
「こんなブラック企業があるか。ここまで連日、ヒヤリハット案件の連続じゃないか。もうそろそろ致命的な労災が起こるわ。……二日間休憩を入れて、体を休める。疲れていると、ミスも起こりやすい。土日祝日完全休日、年休百五十日のホワイト企業を目指そう」
「例によって何を言っているかさっぱりだが……」
ガトーは苦笑いだ。
「休むこと自体は、いい判断だ。さすがはリーダーだけあるな」
首を傾け、こきこきと鳴らした。
「では俺は明日、姫様にここまでの攻略を報告しておく。ポーションやなんやかや、消費アイテムも補充しておこう。明後日は、俺も休息を取っておく。剣でも研いでおこう」
「頼むガトー」
俺は頷いた。
●本日、試験的に2話公開します!
次話「王女と妖精の秘密」、本日18時過ぎ公開予定。おたのしみにー!
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