6-4 俺の特殊能力、覚醒か……

 なんとかアンデッド軍団を倒してからも、迷路探索中の戦闘は続いた。何度も戦い続けた俺は、疲労でもう、剣を高く振り上げるのも辛い。


「あと何分だ」


 コボルドロード率いるコボルド軍団との戦闘を終え、俺は汗を拭った。




――0:45:18――




「第二階層タイムリミットまで、あと四十五分か……」


 つまり第二階層に踏み込んでから、二時間十五分が過ぎたってことになる。


「ダンジョン挑戦第一回めとしては、まあ上出来だろう」


 怠りなく、ガトーは左右に鋭い視線を投げている。


 たしかにガトーの言う通りかもしれん。だが、今日最後まで突っ切るのは難しそうだった。


 なんせここまでの経験だと、モンスター戦は、会敵から戦闘、戦闘後の回復や装備整理で、最低でも二十分は食う。


 実際ティラミスは今、失ったポーションを俺が運ぶザックから自分のポーチに小分けしている。次の戦闘に備えて。こうした作業をなしで済ますわけにはいかない。


「なあプティン」

「なあに、ブッシュ」


 プティンはちょうど、初期の回復魔法でマカロンの疲れを癒やしているところだ。


「今、どのあたりだと思う」

「そうだねー……」


 マカロンの首に抱き着いたまま、プティンは斜め上を見た。


「妖精の勘だと、このフロアの三分の二を攻略したところあたり。つまりあとちょっとだよ」

「そうか……」


 プティンは楽天的な奴だからあとちょっとと言うが、早い話、残りは三分の一もある。第二階層に踏み込んでざっくり二時間で六割ってことは、このペースだと出口まであと一時間半ってところだ。しかし残り時間は四十五分。


 つまりこれ、モンスター戦なしかせいぜい一戦。しかも迷路で迷わなかったら、なんとかたどり着けるかも……くらいの勘所だろう。


「どうも厳しそうだな、ガトー」

「俺もそう思う。今日の突破は諦めよう。ここからはいろいろ脇道を試しつつ、地図の精度を上げることに専念してはどうか」

「そうだな……」


 どちらにしろ、ここ第二階層は、タイムリミットと共に初期化される。マーカーストーンを置いての途中撤退に意味はない。次回も最初から攻略することになる。


 どうせ今日の突破が無理なら、明日の攻略に備えて情報収集に徹するのは、いい戦略だ。


 地図作製を目的とするなら、ヤバそうな敵が出たら戦わずに逃げたっていいしな。みんなそこそこは疲れているんだ。無理に突破を狙って、命のリスクを冒すまでもないか……。


「待って下さい、ブッシュさん」


 ポーチの蓋を留めると、ティラミスが立ち上がった。


「三十分もあれば、なんとか出口を目指せると思うんです、私」


 真面目な瞳だ。やけくその案ではない。


「ティラミスの提案をどう思う、ガトー」

「もちろん、可能性はゼロではない」


 例の木の実を、ガトーは口に放り込んだ。それから首を振る。


「だが現実的には不可能だろう」

「ボクもそう思うよ。……はいマカロン、疲れ取れた?」

「うん。ありがとう、プティンのお姉さん」

「うわーっ!」


 飛び上がると、プティンはマカロンの頭上をくるくる回った。


「ねえねえ聞いたブッシュ。お姉さん扱いされたのボク、生まれて初めて」

「だろうな」

「ボクほら小さいからさ、ヒューマンから見ると。……ちゃんと中身のボク見てくれたの、マカロンが初めてだよ。うれしいー」

「でもプティンはお姉さんだよ。……なんだか強い力を感じるし」


 マカロンの言葉にもう、小躍りして大喜びだ。


「さすが、わかってらっしゃる」


 いやでもなー。フィギュアサイズのお前、口数多くてキャーキャー騒ぐお前を見てたら、普通はそりゃ「お姉さん」とは思えないだろうよ。


「それよりティラミス。どうして三十分で出口まで行けると思うんだ。ガトーもプティンも否定的な判断だぞ」

「私達は挑戦者ですよ、ブッシュさん。挑戦する気持ちを失って守りに入った瞬間、慢心と慣れ、隙ができます」


 ティラミスは言い切った。


「ただでさえ思いもよらぬところから、戦いは崩れてしまうものです。気持ちの緩みがいちばん危険。それはアルカディア王国の、はるか昔からの歴史が証明しています」


 思ったより強い口調だ。てかティラミス、歴史詳しいのか。意外だわ。


「うーん……」


 ガトーが唸った。


「王立兵学校時代の教師も言ってたな。頑固ジジイの」


 苦笑いだ。また木の実を食べると、ティラミスにも渡してやっている。俺とマカロンは苦くて無理だとわかってるから、無視だ。


「まあ、十五かそこらのガキに説教されるとは思わなかったが」


 ティラミスは、少なくとも数年はホームレス暮らし。歴史やらなんやら、その前にまともな教育を受けてたってことは、やはり実家はいい家だったんだな。にしても――。


「にしてもガトーお前、兵学校なんて通ったのか」


 キャラに似合わん。見た目も行動も、根っからの放浪者っぽいからな。


「ああいうのは、それこそ正規兵士官とか近衛兵の養成機関だろ」

「俺は半年でドロップアウトした。……独り気ままな野暮らしのほうが、性に合っててな。……スカウトは、俺の天職だ」


 まあ……そうだろうなあ。こいつがしゃちほこばって陣形講義とかを聞いてる姿は、想像できないし。適材適所ってのは大事だ。


 俺前世の社畜経験でもそうだわ。使い物にならないとやんわり異動になった奴が、別天地で生き生きと輝き出すとか、普通のことだからな。


 ……まあ俺のことだが。最初に配属された営業部署は、上司が上ばかり見るクソヒラメ野郎だったこともあり、相性最悪だった。そこから子会社の開発提案部署に異動になってからは、割と楽しかった。活躍したんで再度本社に戻されたんだが、そこがまた最悪でなあ……。


「なんにしても、ティラミスの提案は、たしかに正論ではある。それに乗るなら、時間がもったいない」


 ガトーの言葉で、社畜妄想から我に返った。


「どうする、ブッシュ。お前がリーダーだ、決断しろ」

「そうだな……」


 前世の記憶を、俺は頭から追い出した。今の俺は、この世界の住人だ。しっかりしないと……。


「ティラミス、マカロンはまだ子供だ。そこんとこはどう思ってる。急げばリスクは高まる」

「わかるでしょうブッシュさん。マカロンは、このダンジョンに入ってから。冒険者としてどんどん成長している。恐ろしいほどの速度で」

「そこはボクも感じる」

「俺も認める」


 なんだ、みんなそう思ってたのか。


 まあ、そういうところはあるだろう。なんたって未来の勇者・主人公だ。子供の頃から人並み外れた能力を発揮するくらいじゃないと、魔王討伐なんてできないだろうからな。


「マカロンの覚醒は私、ブッシュさんのおかげだと思っています」

「はあ?」


 ティラミスの言葉に困惑した。俺、ただの転生社畜だぞ。今さっき思い出してた社畜メモリーだって、ぱっとしない底辺エピソードでしかない。出世とほぼほぼ無関係だったし。


「マカロンだけじゃないの。私だって……」


 じっと見つめられた。


「多分……近々、能力が一部、解放される」

「わあ、魔道士としての力だね」


 プティンが大声を上げた。


「それもあるし――」

「そういや――」


 そういや、アンデッド戦で、ティラミスに抱かれた俺の傷は、いつの間にか治っていた。そのことを話すと、プティンは頷いた。


「じゃあもう、少しずつ開放されてるんだよ。魔道士の力が」

「俺や姫様の仮説どおりだ。ランスロット卿パーティーが盤石だったのはブッシュ、お前の隠された力のおかげだったと」

「実際、ボクもなんだか力がいつもより強いし」

「俺も感じる。戦闘能力だけでなく、スカウトとして地形を読む力とか、そういう点でもな」


 ガトーは、俺を見つめた。


「ブッシュお前、今回のクエストが終わったら、俺のスカウト部隊に所属しないか」

「俺がか? 底辺パーティーですら無能と言われ続け、奇跡的に潜り込めた王属パーティーはあっさり追放された俺だぞ。それを王家が雇うってのか」

「ああ。姫様も俺の判断に賛成してくれるはず。……なぜだかお前を気に入っているようだしな。それにもちろん近衛兵でもいいんだが、お前、退屈な宮仕え嫌いだろ、見た感じ」

「まあな」


 それは俺には無理だわ。社畜時代だって、自分の才覚で自由に飛び回れた部署だけだからな、俺がそこそこの成績を残したの。


「ダメだよ!」


 飛び上がったプティンは、空中であぐらをかいて腕を組んだ。


「ブッシュは近衛兵。それも王女様専属にしてもらう。それでないと、王女様が悲しむでしょ。クエストに成功したら、ブッシュは王国一の英雄になるんだから」

「英雄? 俺がか」

「そりゃそうだろ。守護神復活を成し遂げ、王家の危機を救ったんだからな。霊的障壁の破綻を防いで魔王軍の侵攻を食い止めたんだから、王国の英雄でもあるし」


 そう聞けばそうかもしれんが、どうにも実感がない。てか俺、別に英雄になるつもりないし。そもそも王国も魔王もどうでもいい。ティラミスとマカロンをきちんと育てたいという気持ちしかない。


「でもまあ……」


 ガトーはまた木の実を食べた。今日は随分食べるな。この後の戦闘に備えてってところなんだろうけど。


「それはそのときだな。そもそも俺達はその前に、この厄介なダンジョンを制覇しないとならないんだから。なあブッシュ」


 そりゃそうだ。


「結局どうするんだ、ブッシュ。お前の判断に、俺達は従うぞ」

「そうだな……」


 俺は考えた。


「ティラミス、ここから進むにしろ、時間切れは近い。そこまで強く言うからには、なにか勝算があるのか」

「ええ」


 頷いた。


「私、出口への道がわかるような気がするんです。ブッシュさんのそばにいる今なら。それも……モンスターを避けながら」

「そうか……」

「そんなわけあるか」


 ガトーは鼻で笑った。


「スカウトスキルを極めた俺でさえ、そこまではわからん。プティンにしても出口の方向はぼんやりわかるだろうが、モンスターの件はあり得ない。第一、ティラミスはただの魔道士だろう。しかも覚醒し始めた程度の」

「いや……それだけじゃない」


 ガトーやプティンの知らない重要事実を、俺は知っている。それはマカロンがこのゲーム小説世界の主人公、勇者に育つということだ。


 ティラミスはマカロンのママ……というか姉だ。当然、勇者の血脈を引いている。ならマカロンとはまた違った方向で、特殊な能力を持っていないとも限らない。実際、魔道士として目覚めつつあるし、それだけじゃあないだろう。もしダンジョンを俯瞰ふかんするような特殊なスキルが目覚めつつあるのだとしたら……。


「よし、第二階層の出口を目指そう」


 決断した。ティラミスとマカロンが勇者の血筋であることは、転生者である俺だけの秘密だ。なんたって当人すら知らないからな。


 ならここは、ティラミスの勘に従う。きっと彼女には、女神の祝福かなんかがあるんだろうさ。ティラミスとマカロンは特別なんだ。ならその力を試す、いい機会でもある。俺はなんとしてでも、ふたりを育ててみせる。立派な勇者と、その姉として。たとえ俺が、無能の底辺社畜転生者だったとしても。


「決まりだな」


 寄りかかっていた壁から、ガトーは身を起こした。


「とっとと行こう。もう時間がない」




――0:37:09――




 俺達は、ほの暗いダンジョンを歩き始めた。




●ダンジョン攻略は順調に進むかに見えた。だがお目付け役のガトーは、ブッシュファミリーに、とある疑念を抱き始める。疑念に囚われたガトーは、ついにブッシュに剣を向けるが……。

次話「ガトーの疑念」、明日公開!


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