6-3 対アンデッド戦

「ブッシュさん!」


 毒消しポーション、回復ポーションと、ティラミスの投げたアイテムが俺の傷を癒やした。


「ってーっ! なんだよ毒付与魔法って、こんなに痛いのかよ」


 思わず愚痴が出たわ。アニメ観てるだけだと当然だが、いくら主人公が危機に陥っても、観てる俺は痛くもなんともない。マジ、あくびしてるだけだし。


「まだマシだ」


 手近のスケルトンに斬りかかりながら、ガトーが叫んだ。


「ガチのポイズンモンスター系だと、こんなレベルの毒じゃないぞ」


 俺の胸から、プティンのファイアボール系炎魔法が飛んだ。リッチーに向かい。


「ゴオーッ」と唸り声を上げて。いやプティン、小さいくせに魔法効果割と凄いんだわ。火の玉は離れる一方だというのに、こっちまで火傷しそうなくらい高温だからな。


 魔法が着弾し炎に包まれたリッチーだったが、一瞬にして鎮火した。服すら焦げていない。


「ダメだ。あいつ耐炎属性持ちだよ、ブッシュ」


 胸から俺を振り返る。アンデッドに効果がある魔法は、回復系や炎属性だ。そのひとつが効かないというなら、厄介だ。


「俺が行く」


 ティラミスやマカロンを狙われたら面倒だ。特に回復役のティラミス自らが被弾したら、パーティーの戦闘戦略は崩壊する。


「ガトー、後を頼む」

「おう」

「プティン、道を開けさせろ」

「うん!」


 火炎放射ばりに炎を噴射したので、ゾンビやスケルトンが俺の動線から脇に逃げた。


「いいぞ。そのまま噴き続けろ」


 俺は駆け出した。一直線に。リッチーに向かって。凄い勢いで迫る俺を見て、リッチーが詠唱を中断した。間に合わないと判断したんだろう。代わりに、杖を振りかざす。


「気をつけてブッシュ、あの杖は永続毒の呪いが掛かってる」


 噴射を続けながら、プティンが叫んだ。


「突き刺されたら一生、毒効果に苦しむことになるよ」

「やな野郎だぜ」


 腰の短剣を抜いた。


 短剣での戦い方について、王宮で習っておいてよかった。なんせ短剣はほとんどの場合、間合いで負ける。軽量さからくる扱いやすさと攻撃速度で敵を翻弄するしかない。


 なに、長剣より効果が低いとはいえ、一回でも刺さるか斬れるかすれば、敵の行動は鈍る。つまり斬撃数に従い、どんどんこちらが有利になる。初手が有効ヒットになるかどうかが、短剣遣いの要諦だ。


「来るよっ」


 やり投げのように、リッチーが杖を構えた。もう近い。骸骨に皮だけ残ったような顔、眼球が腐り抜け穴だけとなった眼窩がくっきり見える。アンデッド特有の腐敗臭で、鼻が曲がりそうだ。


 振りかぶったリッチーは、アンデッドというのに想像以上に速く動いた。俺に向けて杖を突き出す。


「やっ!」


 思いっきり引き付けてから、横に飛んだ。そのまま体を回転させ、勢いの乗った腕を突き出す。リッチーの胴体を剣で薙ぐように。


「よしっ!」


 ぐっと、手応えがあった。干し肉をナタで叩き切るような、切れ味の悪い斬撃の。


 なんせこの動作だけ、延々教えられたからな。他の剣技は俺にはまだ早い……というか基礎がないんで無理だとか言われて。これやっといて良かったわ。


「ぐぐぐぅぐ」


 奇妙な唸り声だ。人間というより野犬のような。


「やって!」

「わかってる」


 そのまま、何度も短剣を突き刺す。背中といい腹といい。急所なんかわからん。とにかくダメージを与えるまでよ。


「ぐぅぶ」


 リッチーの手から、杖が転がり落ちた。


「虹に帰れっ!」


 思いっ切り水平に薙ぐと、リッチーの首が落ちた。


「よしっ!」


 倒れ込んだリッチーの体から、虹色の煙が立ち上る。


「危ないブッシュ!」

「たっ!」


 背中が焼けるように痛い。逃げるように数歩走ったが、あまりの痛みに、膝をついてしまった。


 ……なんだ……これ。


 胸から飛び出したプティンは、俺の頭に陣取った。


「背中に矢が刺さってる!」


 振り返ると、遠くに立つスケルトン弓兵が、次の矢をつがえるところだった。倒れた俺を見て、残存ゾンビとスケルトン剣士が、こっちに迫ってくる。


「ヤバいよっ」


 そのままあちこちの敵に炎を投げて牽制する。


「パパーっ!」


 突っ込んだマカロンが、弓兵の膝を斬った。何度も何度も。ついに関節が外れ、弓兵が倒れ込む。


「ブッシュさんっ」

「来るな、ティラミス」

「嫌ですっ」


 駆け込んできたティラミスが、俺とゾンビにポーションを連投した。多少投擲がずれても構わないからな、これだと。俺を癒やすか、ゾンビにダメージを与えられる。


「大丈夫だ、ブッシュ。お前は死なん」


 スケルトン兵からティラミスを守りながら、ガトーも進んできた。


「アンデッドの矢には返しがないからなっ!」


 いやそれでも痛いのは変わらんわ。


「ブッシュさんっ」


 ぶつかるように抱き着いてくると、ティラミスが背中から矢を引き抜いた。


「血が出てる」


 そのまま包むように抱いてくれる。俺を守るように抱く腕に、血が滲んできた。俺の血が。


「パパをよくもーっ」


 弓兵を倒し切ったマカロンは、スケルトン兵に襲いかかった。俺とティラミスがやられないよう、間に立ち塞がって。


「えいっえいっ!」


 掛け声と共に、脚の骨を斬る。器用に相手の剣を避けながら。


 なんせ相手は骸骨。腹なんか刺しても意味ないからな。まず脚を破壊して倒し、敵の攻撃力を消してから首を落としてとどめを刺すのは、いい戦略だ。


「ティラミス……お前……」


 抱かれた背中が、急に熱くなってきた。湯たんぽでも当てたかのように。と、あれだけ強かった痛みが、すうっと引く。いや痛みが収まるというより、痺れて感じなくなるような感覚だ。だがとにかく、もう痛くはない。


 なんだこれ……。回復魔法か? ティラミスがとうとう魔導覚醒してってわけか、もしかして。


 俺は立ち上がった。


「助かったぞ、ティラミス」

「ブッシュさん……。良かった」


 ティラミスの瞳から、涙がぽろぽろこぼれ落ちた。魔導ローブを仕立て直した戦闘用シャツ、その胸に俺の血がべったり付着し、大きな染みになっている。かなり出血があった証拠だ。でも今の俺は普通に動けている。おそらくだが、ティラミスの回復効果により、傷が塞がったんだろう。


「ガイコツ野郎っ!」


 剣を振るい、ガトーが周囲の敵から俺とティラミスを守っている。宙に浮いたプティンは敵に炎魔法を飛ばし、前線で剣を振るうガトーとマカロンを補佐している。


「ここからだ」


 剣を構え直した俺は、眼前のゾンビを睨んだ。


「よくも俺の家族を狙ったな。てめえにはもう一度死んでもらう。再ゾンビ化はできねえぞっ!」


 剣を掲げ大声を上げながら、俺は突っ込んだ。

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