6-2 第二階層、攻略のかなめ
「ここが第二階層か……」
第一階層から狭く足元の悪い洞窟を下ること五分。突然視界が開けた。
「そういうことだ。見ろ」
ガトーが上を指差す。虚空に赤く、タイマー表示が現れている。
――3:00:00――
「タイマーがカウントされないな」
「第二階層に下りる前に話したじゃん」
胸から飛び出すと、妖精プティンが俺の顔の前に浮かんだ。
「今立っているのは、第二階層入り口。ここから数歩進めば入り口認定から外れるから、カウントが始まるんだ」
「ねえパパ、ここなんだか湿気ってる。……それに臭いよ」
「そうだな、マカロン」
なんだか生臭い。
「ボク、この臭いだと多分、どこかに沼があると思う」
頭上をくるくる飛んで、プティンが周囲を窺っている。そうか。カビとか苔とか腐った魚とか、その手の臭いだもんな、これ。
「沼……。そんなのが地下ダンジョン内にあるのかよ」
「そりゃあね。地下水が洪水みたいに流れてないだけ、ずっとマシだよ」
まあ、確かに。
「……となると、モンスターの少ない方、出口に向かう方……だけじゃなくて、沼渡りのない方も考えないとな」
「もちろんだ、ブッシュ。足の届かない深さならそもそも渡れない。たとえ膝くらいとしても行軍速度は極端に遅くなる。それに一歩踏み出したらそこが底なしだったとかだと、ひとり死ぬ」
「嫌なこと言うなよ、ガトー」
「リスクの話をしてるんだ」
両手を広げてみせた。
「沼の底に水棲モンスターが潜んでいないとも限らんしな」
そりゃまあな。現実世界だって、沼にワニが居るとか普通の話だろうし。
「さて、どう進むか……」
目の前、入り口を出てすぐ、ダンジョンは三つに分岐している。
「最初から分岐とか……」
こいつは面倒だ。この調子で先までいろいろ分岐があるとすると、地図作製が必須。でないと何度来ても迷うことになるだろう。
「どの分岐を選ぶんだ、ブッシュ」
ガトーに見つめられた。
「いくら記憶喪失とはいっても、多少は覚えてるもんじゃないのか。ランスロット卿パーティーは、第二階層までは何度もクリア済みと聞いた。第三階層で大量のモンスターに勝ち切れず逃走してばかりだというしな」
「悪いがさっぱりだ」
「パパ、あたし右がいいと思う」
マカロンに手を握られた。
たしかになー。RPGゲームの初見ダンジョンでは、まず右ルートを取るのが、比較的安定した戦略だ。さすがゲーム小説主人公らしい選択だわ。
……あれ、なぜだったっけな。右利きは右に進みたがるから、そちらに宝箱を配置し、最終的には左ルートで出口にするとかだったっけ。回転寿司のレーンが右から左に流れるのも、右利きが九割だからとかなんとか。
でも今回は、アイテム回収率もクソもない。とにかく出口に直進したい。ならむしろ左か……。
「ブッシュさん、真ん中を選びましょう」
ティラミスに見つめられた。
「なにか根拠があるのか」
真ん中は、ゲームだったら最初には選びにくい。いかにも近そうな中心を通るようなルートが出口に繋がっている構成を、ゲームの創り手は嫌うだろうしな。むしろ難敵の罠とか置きそうだ。
「そっちが近い気がするんです」
「勘かあ……」
「それに、このフロアには沼があるかもですよね」
「ああそうだ」
「閉鎖されたダンジョンで沼があるとしたら、それは壁沿いでしょう。つまり右か左、どちらかのルートに近いのでは。真ん中に地下水が湧いていたら、それはかなり広く左右に流れるでしょうし、沼になる前に地面に吸い込まれます」
しゃがみ込むと、足元の土を掬ってみせた。
「第一階層は岩場でしたけれど、ほら、この階は柔らかな土です」
「たしかにな」
掬った土を、ガトーは嗅いでみている。
「この匂いの土は、水をいくらでも吸う。スカウトであれば、この土の山があれば、なるだけ避ける。雨を吸ってぬかるむと厄介だから」
なるほど。ひとつの判断基準ではある。さすがは野山を駆け巡るスカウト。ダンジョンの地形判断は任せられると王女が太鼓判を押しただけのことはある。
「プティン。お前はどう思う。たしか出口の気配とかがわかるんだろ、妖精って」
「ボクも真ん中でいい気がする。……妖精の勘って、大事にしたほうがいいよ。ボクたちは大地のマナから生命力を得てるし、そのときに『気』って奴も感じるからね」
ティラミスは魔導潜在力が高いようだし、妖精の判断も同じ。なら選んで見るか。
「よし、じゃあ真ん中を進もう。いずれにしろこの先だって分岐は多いはず。地図を作りながら進もう」
「それなら心配するな。俺はスカウト。一度通った道は忘れん」
「ボクも妖精だから、多分覚えていられるよ」
「心強いな。では第一階層と同じく、ガトー先頭の警戒フォーメーションで進もう」
「よし」
ガトーが一歩踏み出した。
「全員ついてこい。俺の足跡をなるだけ踏むんだ。あまり左右に広がると、予期せぬ罠を踏み抜く危険性がある」
「わかった」
ガトーが数歩進むと、頭上のカウンターが、一秒単位で数字を減らし始めた。
――2:59:22――
「なんだよこれ、意外に緊張するな、数字が減ると」
思わず愚痴が口をついたわ。
――2:59:19――
――2:59:03――
「だってそうだろ。まるで急かされ――」
「敵襲だっ!」
ガトーが叫んだ。
「エンカウントするぞ!」
駆け戻ってきた。
今までガトーが立っていた場所のすぐ前、地面がもりもりと盛り上がり、手が突き出てきた。人間らしい手が。ただし骨だけの。……何体も。
「アンデッドだ。スケルトン三……いや五体。それに……くそっ、ゾンビ二体にリッチー一体っ。多いぞ」
「くそっ!」
第二階層に入ったばかりというのに、早速戦闘かよ。しかもリッチーは厄介だ。原作ゲームでは自らをアンデッド化した魔道士で、強力な魔法を連発してくる。おまけに咬まれると呪いを受け、体力が削られていく。アニメでも序盤には出て来ないくらいの難敵だ。
「プティン、炎魔法で火葬にしてやれ。まずリッチーをなんとかするんだ。あいつ、遠くから魔法を唱えてくるぞ」
「わかったよ、ブッシュ」
「ティラミス、お前はポーションだ。ケチってる場合じゃない。遠慮はいらんから、リッチーに次々投げつけろ」
「今やります、ブッシュさん」
「ガトー、俺とお前はいつもどおり前衛タンク役だ。突っ込むなよ。寄ってきたゾンビとスケルトンとだけ戦おう。それでみんなを守るんだ」
「了解だ」
「パパ、あたしもやっつける」
「いい子だなマカロン。お前はママを守れ。スケルトン一体が弓兵だ。矢が飛んできたら、剣で払うんだ」
「任せて、パパ。ママを守ってみせるよ、あたし」
「よし! まずはリッ――」
言い終わる前にリッチーの毒魔法が飛んできて、俺の体を包んだ。
●第二階層に入って早々、強敵とのバトルに巻き込まれたブッシュ。
嫁と子を守りながら、この危機をどう乗り切るのか……。
次話「対アンデッド戦」、明日公開!
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