第六章 新米パパ、子供の成長に驚愕する

6-1 第二階層の攻略手法を、俺は考え出したぜ

「ここから第二階層か……」


 目の前にぽっかり開いた暗い穴を、俺は見下ろした。


「そうだよブッシュ。敵は第一階層より強くなる上に、時間制限があるからね」


 妖精プティンは、いつもどおり俺の胸に収まっている。


「時間制限はどれだけだっけ」

「お前だって知ってるだろブッシュ。何度も潜ってるんだからな、ランスロット卿パーティーで。三時間だ」


 周囲を警戒しながら、ガトーが答える。


「残時間は虚空に表示されるらしい。……って、これも知ってるはずだ」

「前も言ったろ。俺記憶喪失で、ランスロット卿パーティー時代のことも、よく覚えてないんだわ」

「随分都合のいい記憶喪失だな」


 じろっと睨まれた。


「いや俺も困ってるんだわ、実際」

「さて、行くか」

「ちょっと待て。……第一階層を抜けるのにどのくらいかかった」

「三日間だよ、パパ」


 マカロンの視線の位置まで、俺はしゃがみ込んだ。


「偉いぞマカロン。ちゃんと覚えていて」

「へへーっ」


 頭を撫でてやったら、喜んでいる。


「三日間合計で、何時間だろうな」

「それは……ええと……」


 指を折って、なにか考えている。


「んーと、わかんない」


 この第一階層は、俺達初心者パーティーにとって慣熟期間でもあった。だから休憩ととにかく多く入れ、体力を温存してきた。モンスターと戦う度にも休み、戦闘を振り返って改善点をみんなで話し合い、俺は社畜リーダーとしてPDCAサイクルを回した。だからかなり時間が掛かっているはずだ。


「十六時間二十八分です、ブッシュさん」

「おう、ありがとうティラミス」


 ティラミスはマカロンのママ……というかママ役の姉。頭ごなしに答えを言わず、マカロンにちゃんと考える時間を与えている。もちろん思考力と自立心を養うためだろう。十五歳程度なのに、賢い娘だ。


「細かいねー。凄いよティラミス」


 プティンが感心したような声を挙げた。


「妖精のボクだって、十六時間くらいだなあ……くらいしかわからないのに」

「ティラミスはおそらく、魔導適性がどえらく高いんだ」


 懐から出した小さな木の実を、ガトーは口に放り込んだ。


「なあティラミス、お前まだ魔法使えないのか」

「ええガトーさん」


 困ったように、ティラミスは眉を寄せてみせた。


「私に魔法適性があるなんて、これまで自分でもわからなかったですし」

「きっと近いうちに覚醒するよ」


 プティンが太鼓判を押した。


「ボクは妖精。そういう気配はわかるからね。……ねえガトー、その実ちょうだい」

「ほらよ」


 プティンに与えて。


「お前らも食うか」

「いや、止めておこう」

「あたしもそれ、無理」

「だよな。ほら、ティラミス」

「ありがとうございます」


 受け取っている。


 なんでもあれ、スカウトの携行食のようなもので、疲れを取り栄養を補給する効果があるんだと。昨日俺ももらったけど、苦くて食えたもんじゃなかった。マカロンも「うえーっ」って顔を歪めてたよ。ちゃんと食べられたのは、ティラミスとプティンだけだ。


「十六時間ちょいか……。俺達は第一階層を、時間を掛けて攻略してきたわけだ」


 俺はみんなを見回した。


「でも第二階層には時間制限がある。これまでのような戦略は取れない。休憩も最小限にして突き進むしかないだろう」


 迷路としての構造自体は、第一階層よりも簡単だという。そこだけは救いだが、立ち塞がるモンスターは当然、第一階層より強いというからな。厳しい階層なのは間違いない。


「第一階層でその戦略を取っていたとしたら、何時間で抜けられたと思う」

「そうだな……」


 凸凹の床の小石を、ガトーは蹴り飛ばした。


「倍は速く。……だが三倍速くは無理だったろう」

「五時間から八時間くらいってことだよね。そんな感じだと、ボクも思うよ」

「六時間五十分くらいだと思います」

「あたしはわかんない」


 ほぼほぼ全員の意見が同じようだな。


「第二階層もそれだと、抜けられない。時間の掛かる最大の要因は戦闘だ。戦闘時間もそうだが、終わった後の装備点検だの休息、怪我した場合の回復なんかがある」

「わかってる、ブッシュ。戦闘を極力避けたいってことだろ、第二階層では」

「そういうこと。……なにか役立つアイテムとかスキルとかあるか」

「世界には、魔除けの鈴ってアイテムがあるよ。魔道士系のモンスター限定効果だけど、鳴らして歩くとエンカウントしなくなる」

「アンデッド・エバーションってのもある。アンデッド対象で、同じ効果を持つ」


 ガトーは唸った。


「だがどちらも、王国にはない。魔王領地内の特殊なダンジョンでドロップする品だ」

「敵除け魔法とかは」

「ない」


 ガトーは言い切った。


「少なくとも現在まで知られてはいない」

「ならスキルによる補助は無理か……」

「ボク妖精だから、モンスターの気配はよくわかるよ」

「よし。プティン頼りだ。なるだけ気配のしないほうに進もう」


 一瞬だけ、考えた。


「ただ、出口に向かわないなら意味がない。いくらモンスター皆無の方角でも、ぐるぐる回ってるうちに時間切れしたら同じことだ」

「任せて。出口の気配……それにモンスターの気配、両方読み取ってみせるから」

「ねえパパ、途中でマーカーストーン置いたらどうかな」


 マカロンが、俺の手を握ってきた。


「それなら明日、またそこから始められるでしょ。そうやって、少しづつでも出口に近づけばいい」

「なるほど」


 俺は舌を巻いた。たしかに言うとおりだ。五歳児と言えども、さすがは将来の主人公、勇者の「素」だけあるわ。


「偉いぞマカロン、パパを助けてくれて」


 なでなで。


「えへーっ」

「いい提案だが、残念ながら無理だ。……プティン」

「うんガトー。あのねブッシュ、制限時間が来ると、第二階層全体が初期化されるんだ。だからこそ、冒険者の位置も初期化されて入り口に戻るってわけ。もちろんマーカーストーンもね」

「プティンは王家の伝承に詳しいんだ。妖精界から情報を吸い上げることができるから」

「へえ……」


 そりゃ便利だ。アカシックレコードというか。……つまり、生きてるウィキペディアみたいなもんか。


「マーカーストーンを置いても初期化されないのは、タイマーカウントされない第二階層入り口、それに出口の狭いスペースだけ。だから出口に置いて戻ればいいんだよ。翌日はその出口に転送されて、そのまま第三階層に下りるわけ」

「なるほど」


 そりゃ便利だ。ただ第二階層だけは、一気に突き進むしかないってことか。


「よし。まあ試してみよう。もし失敗したらまた第一階層からってことにはなるが。それはそれでもう慣れた。明日第一階層を可能なら出口まで進んでマーカーストーンを置き、明後日また第二階層に挑戦する。何度か試せばモンスターの特徴も掴めるはずだし、いずれ第二階層は抜けられるだろう」

「いい戦略だ、ブッシュ」


 ガトーは首を鳴らした。


「さて行こう。地下は寒い。体が冷え切る前にな」




●第二階層攻略を開始したブッシュパーティー

いきなり分岐があり、悩んだ末に選んだ道で、ブッシュに困難が襲いかかる……。

次話「第二階層、分岐する」、明日公開

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