5-A ランスロット卿パーティー、真のリーダー(ノエル視点)

★ノエル視点のアナザーサイドストーリーです★

ノエル:ランスロット卿パーティーのヒーラー。第一話でブッシュを助けてくれた娘。




「よし、ここで五分ばかり休憩だ。腰掛けるのにちょうどいい岩が転がってるからな」


 ランスロット卿は、さっさと腰を下ろしたわ。


「ノエル。茶を配れ」


 私に向け、顎で頷く。


「はい、ランスロット卿」

「やれやれ、疲れたのう……」


 溜息をつくと、魔道士ボーリックが座り込んだ。


「あんた歳だからねえ」


 心底おかしそうに、スカウトのエリンが笑ったわ。


「ノエルさん、俺にもお茶もらえますか」

「待っててクイニー。今配るから」


 ここは旧王都王宮地下「始祖のダンジョン」第二階層。新米剣士クイニー加入後、ダンジョンに挑戦すること三日目。ようやく第一階層を抜け、第二階層を半分以上攻略したところよ。


 ダンジョンは五層構造だけれど、目指すアーティファクトは最深部にある。ダンジョン内での仮泊はモンスターに襲われる危険性が高い。あの臆病なランスロット卿が嫌がるせいで、私達は毎回第一階層から最深部まで挑み続けないとならない。その分、ダンジョン低層部に慣れて訓練になる利点はある。けれど、何日もダンジョンに泊まりながら一挙に最深部を目指す戦略とどちらがいいのかは正直、微妙だわ。


「さて……」


 ランスロット卿が、頭上を見上げたわ。頭上の虚空には、第二階層だけの特殊効果として時間制限タイマーが表示されている。




――1:18:59――




 つまり、あと一時間とちょっとでこの階層を抜けて第三階層まで進まないと、私達はダンジョン入り口に戻されるってこと。第二階層はもう何十回も潜り抜けたからわかるけれど、進み方としてはまあまあね。


 クイニーを入れての戦闘戦術が、ようやくまとまってきた。ブッシュがいたときに比べるとはるかに苦戦しているけれど、この階層くらいならなんとかなる。問題は、強敵モンスターがひしめいている、第三階層以降ね。


「ここから一時間か……」


 ランスロット卿は、私達の前に広がるダンジョンを睨んだわ。ボーリックのトーチ魔法により、真っ暗なダンジョンは二十メートルほど先まで照らされている。


 ぽっかり開いた洞窟は、ちょっと先で二手に分かれている。どちらの道を進んでも、第三階層への下降通路には出られる。何度も試したからわかっているけれど、下降通路までの距離だってたいして違わない。ただ――。


「さて、どちらの道を進むべきか。右か、はたまた左か……」


 道を睨んだまま、ランスロット卿はお茶を飲んだわ。


「ノエル、茶がまずいぞ。ちゃんと朝、教えたとおり淹れたのか。茶葉を入れて八分だ。沸騰させ火から下ろして三分後の湯を注ぐんだ」

「ええ、そうしてます」


 嘘だけど。八分も淹れたら苦くて飲めたものじゃない。この茶葉は、もう少し冷ましたお湯で、短めの時間だけ抽出するのがおいしいのよ。でもランスロット卿、物の味がわからないから、とにかく味が濃ければおいしいって思い込んでるの。


「ふん。私の家でメイド修行でもさせておくべきだったな」

「それより、どちらの道を進むつもりじゃ、ランスロット卿」

「そうだなボーリック……」


 ランスロット卿は、しばらく考えていた。いや多分考えていたんだと思うけれど、とにかく黙っていたわ。それから口を開くと――。


「右だな」


 ランスロット卿は言い切ったわ。


「右ルートのほうが、モンスターが弱い。怪我のリスクは冒したくない。皆のためだ」


 臆病な痛がりだからねー……と、エリンが私の耳に囁いてきたわ。


「いえ、左を行きましょう」


 つい、提案の言葉が私の口をついたわ。


「私の決定に逆らうのか、ノエル」


 じろっと睨まれた。魔導トーチに照らされて、瞳がモンスター並にギラギラしてるわ。


「いえランスロット卿、右が有利だったのは、重戦士タルカスがいたからです」


 自分のカップを床に置くと、私は続けた。


「なぜなら右ルートは物理攻撃の敵が多く、タルカスが身をもってタンク役をやってくれた。だからこそ楽だったんです」

「だからどうした」

「でも今は、重戦士はいない。前衛は剣士とあなただけ。物理攻撃の敵主体だと苦しい。ましてブッシュを追い出したことで、私達の実力ははるかに落ちているし」

「あの底辺野郎など、無関係だ」


 キツい目つきよ。でも嫌われたって構わない。みんなの命が懸かっているんだもの。


「右ルートでも、実力的にはなんとか突破はできると思います。でもおそらく時間切れしてしまう。突破は不可能でしょう」

「たしかにねー」


 賛同したエリンも、睨まれてるわ。私は続けた。


「その点、左ルートは魔道士やアンデッドが多い。今のパーティーならこちらのほうがリスクが少ないし、下の階層まで早く到達します。現在のパーティーであれば、パーティーバランスとして、魔導戦をより重視するしかないし」

「うむ。いい判断じゃ」


 魔道士であるボーリックは、モンスターの繰り出す魔法には詳しいものね。よくわかったはずよ。


「わしも左に賛成しよう」

「リーダーでありランスロット公爵家貴族たる私の決定に、異を唱えるというのか」


 責める口調だわ。


「んなこと言うけど公爵家様々」


 茶化すような口調で、エリンが引き取る。


「んじゃああんた、前衛に立つの、タルカスの代わりに。いつもみたいにあたしの後ろで大声上げるだけだと、前衛の剣士……つまりクイニーが死ぬよ。右ルートには、レッサーケルベロスみたいな、ヤバいモンスターだっているのに」

「俺、死ぬのは嫌っすね」


 自分の死の話題というのに、クイニーはへらへらしているわ。


「それに俺が死んだら、前衛レスのパーティーは、戦略もへったくれもないすよね」


 そのとおりね。


「俺が死んだらいずれ、全滅するんじゃないすか」

「むう……」


 ランスロット卿は黙り込んだ。額がぴくぴく震えているわ。


「よし。私が考えた」


 立ち上がったわ。


「では私の判断で、左に行くことにしよう」

「あんたの判断って……」


 呆れたように、エリンが卿を眺めやった。


「ありがとうございます」


 大声を上げて、私は頭を下げた。エリンにも目配せして。


「ランスロット卿の正しい判断で、私達は今日も安全に進めます」

「うむ……」


 精一杯重々しく、ランスロット卿が頷いてみせる。


「その心掛け、忘れるでないぞ」

「……はあー」


 ボーリックは溜息。苦笑いしているわ。


「では行こう。残り時間を五分も費やした。お前らを休ませるために」

「はいはい」


 エリンも笑ってるわ。


「ほらクイニー、あんたティーセットを集めて仕舞いなよ。ノエルばかりにやらせてないで」

「へい。エリンの姉御」

「ふざけないの」


 まだ片付けているというのに、ランスロット卿は歩き始めた。


「のろのろするな。エリン、先頭に立て。お前はスカウトだろう」

「ねえノエル……」


 追い抜きざま、私に耳打ちしてきた。


「あんた判断力あるわ。あんたがリーダーやんなよ。あの馬鹿がリーダーじゃあ、あたしらいずれ死ぬから」

「うむ、わしもそう思う」


 ボーリックも賛成してきた。


「頃合いを見て、わしがランスロット卿に提案してみよう」

「無理でしょ。あのランスロット卿ですよ」


 プライドモンスターのようなところがあるものね。


「あの貴族様が、リーダーの地位を離すとは思えません」

「俺に任せて下さいよ」

「なあにクイニー。あなたにできるの」

「あのバカをうまいことおだてあげるだけっしょ。任せてほしいっす。ああいう奴は、プライドの高さを逆手に取っておだて上げて調子こかせれば、ころっと転ぶもんなんすよ。そもそも貴族がそんな実務をするのはもったいないから後ろでどんと構えててほしい、全てを仕切るボスとして――とかなんとか、そういう話にするから」

「あんたにできるかしらねえ……」


 エリンは懐疑的だわ。


「だってあの男、人を見下すことくらいしか才能ないし」

「ちょろいっす。こう見えても俺、馬鹿騙して金抜くのは得意技なんで」


 ボーリックは苦笑いだわ。


「……そういう奴だろうと、想像していたわい。まあいいわい。その詐欺師の力、発揮してみせい」

「はい。じいさま! じいさま、おれのじいさまによく似てるわ。そもそもおれのじいさまは第三次魔王大戦で――」

「なにを無駄口きいておる。エリン、さっさと先行せよ。お前はスカウト。斥候と囮を兼ねてもらわんとならん」

「お呼びが掛かったか……」


 エリンは、ぺろっと舌を出した。


「わかりましたランスロット卿。今、行きます」


 走りがけに私の肩を叩いて――。


「頼むよ、本当のリーダー、ノエル。戦闘時もうまいこと指示してよね」


 私は頭上を見上げた。




――1:09:39――





 大丈夫。あと一時間あれば、きっと第二階層を抜けられるわ。





●明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。


次話より新章「第六章 新米パパ、子供の成長に驚愕する」です。

子育てをしながらついに第二階層攻略へと進んだブッシュ。その目に映る新階層とは……。次話、第六章第一話「第二階層攻略のかなめ」、明日公開!

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