5-7 ティラミス&妖精のピロートーク

「ダンジョン初日で、疲れませんでしたか、ブッシュさん」


 あっという間に眠りについたマカロンを挟んで、寝台でティラミスが語りかけてきた。深夜。ランプの火を落としたから、部屋はもう真っ暗だ。わずかに漏れる月明かりで、ティラミスの瞳の位置がわかる。


「いや、なんてことはないわ」


 割と本音だ。あの初戦から結局、虎が数匹によくわからんでっかい虫、それに人型の小型モンスターもいくつか倒した。人型とか斬ると罪悪感がなあ……とか考えていたが、始まってしまえばそれどころじゃなかったし。


 なんせ敵は、俺の大事なマカロンやティラミスに剣を振るい、謎の薬品をぶっかけてくる。俺の中でなんかのタガが外れて、怒りがふつふつと湧いてきた。そうなるともう、人型がどうのとか大きな虎が怖いとか、どうでもよくなった。


「ブッシュさん、頼もしかったです」

「そうかな」

「ええ。マカロンをかばいながら、自分が多少怪我しても怯んだりせず相手に挑んだし」

「なんかムカついたからなー」

「それに私も……守って……くれて」


 恥ずかしそうに笑うのが、かろうじてわかった。


「なんだか……幸せでした」

「そいつは良かった。お前もマカロンも、俺が守ってやるからな」

「はい……その……パパ……」


 うっ……。


 ティラミスからパパと呼ばれて、俺の中からなにかが溢れた。なにか、多分「愛」と呼べるはずのものが。


「よしよし、お前も早く眠れ。ほら」


 手を回し、ティラミスの体を、ぐっと抱き寄せてやる。マカロンをふたりで包むようにして。とにかく愛おしい。


「ほら、こうするとあったかいだろ」

「ええ……」

「明日も早いぞ」

「わかってます」


 すうすう寝息を立てるマカロン越しに、ティラミスが俺の胸に手を回してきた。


「お休みなさい……パパ」

「お休み」


 それから五分も経たないうちに、ティラミスもすやすや言い始めた。


「ねえねえブッシュ。そろそろボクの話を聞いてよ」


 背中に抱き着いていたプティンが、俺の首を這い上がってきた。なんだこいつ、親子の会話が終わるまで、順番待ちしてたのか。妙なところで義理堅い妖精だな。


「なんだよ」

「ボクさっき、ティラミスとお風呂入ったでしょ」

「だからなんだよ」

「ティラミス、きれいだよ。顔はかわいいし、スタイルも意外なほど良くって。……まあちょっと痩せてるから、胸はタルト王女様のほうが大きいけど」

「はあそうすか」


 どうでもいいわ。


「タルト王女様はね、胸の先がこのくらいで……」


 俺の首に、指で円を描いてみせた。


「ティラミスは、こんな感じ」


 また円を描く。


「ティラミスのが、ちょっと小さいんだな」


 いかん。思わず乗っちゃったわ。てか気になるじゃんよ。サイズまるわかりに教えてくれたら。


「でねでね、そこの色はね、姫様は初夏の白桃くらい」


 そりゃ随分色が薄いんだな。


「ティラミスはね、もっと薄くて……」


 えっマジかよ。白桃より薄かったら、もうそれ真っ白に近いじゃん。てっきり「ティラミスはもう少し濃くて――」って話の流れになるんだと思ってたわ。


「お風呂で温まったらそこがほんの少しだけ色づいてきて、これがまたソソるというか。それでボクが湯船で触ってみたらすごく柔らかかったんだけど、先が敏感に――」

「もう黙れ。お前本当に女か」


 どう聞いてもこれ、修学旅行男子のエロトークじゃん。なにが悲しゅうて深夜に妖精のエロ話、聞かにゃならんのだ。


「ぷっ。焦っちゃってさ」


 プティンは噴き出した。


「興奮した? ねえねえブッシュ、興奮した?」

「するか。ティラミスはマカロンのママだぞ。そして俺はマカロンのパパだ。ならそんなので今更興奮するわけがないだろ」

「それなんだけどさ……」


 俺の首に、プティンが腕を回してきた。柔らかな胸を、首に感じる。


「なんだかブッシュとティラミス。子作りした夫婦とは思えないんだよねー、初々しすぎるというかさ」


 そりゃまあな。実際子作りどころかそういう関係ですらないし。おまけに俺は、今生前世通してアレ経験ゼロだ。そんな男が初々しいのは、当たり前じゃんよ。


「なんだか言えない秘密があるみたいだね、やっぱり」

「んなーこたない。……だが、余計なことは誰にも言うなよ」

「言わない言わない。ボク、口が固いから」


 嘘つけ。こいつが口滑らせたせいで、今回のクエストが王女案件であること、あっさりサバランにバレたし。


「でもあれだねー。これだけ初々しい関係ってことはさあ……」


 俺の耳元で囁く。


「これはもしかして、姫様にもチャンスある? ねえねえブッシュ、チャンスある?」

「やかましいわ。マカロンやティラミスがお前の大騒ぎで起きたら、折檻するからな」

「うわーこわーい」棒

「わかったらもう黙って寝ろ」

「王女様ってね、本当は冒険大好きなんだよ」

「そうなのか」

「うん。立場があるから、毎日王宮でまつりごとしてるけどさ。本当はねえ、世界を飛び回っていろんな経験をしたがってる。恋と冒険。それに世界の謎を解くとか」

「へえ……」


 そりゃむしろアドベンチャーゲームの主役だな。インディジョーンズとかララ・クラフトとか。ここはマカロン主人公のRPGゲーム小説世界だけど、王女が主役になる世界線が、もしかしたらあったのかもな。


「だから我慢できずに時々、変装して街に出てるんだよ。夜とかに」

「危ないじゃないか」

「大丈夫。お付きがいるし、ボクも隠れて同行してるから」

「精一杯の冒険って奴か」

「そうそう」


 考えたらかわいそうだわ。まあ俺みたいに街をほっつき歩いてるうちにキャッチバーに引っかかって身ぐるみ剥がされるのと、どっちがかわいそうかは知らんが。


「それでねえ、冒険者酒場の片隅で、みんなの与太話に聞き耳を立ててるんだ。すっごくわくわくして」

「まあ王女たって、十六歳だもんな。考えたらそりゃ、遊びたいだろうよ」

「だからねえ姫様、ブッシュから冒険の話聞くの、楽しみにしてるみたい」

「話すくらいなら、いつでもしてやんよ。王宮の飯は栄養あるから、ティラミスやマカロンに食わせてやりたいし」

「ホント頼むよブッシュ。姫様、かわいそうだからさ。王宮に囚われの身も同然だよ」


 俺の首に手を回し、耳元に囁いてきた。


「王女様に優しくしてくれたらボクねえ……王女様の体の秘密、もっと教えてあげるよ」

「体の秘密ぅ?」

「うん。ボク毎日、姫様と寝台で抱き合って眠ってたでしょ。姫様がぐっすり寝入った後で、いろんな実験してるし」

「じ、実験だと」

「うん、こうやって脚を広げてえ……」

「もうよせ。お前マジ女かよ。そもそもソウルメイトがそんなこと――」

「うっそー」


 プティンはケラケラ笑い出した。


「そんなことするわけないっしょ、ボクが。ブッシュったらマジになっちゃって、ウケるー。ねえねえ、ボクの話で興奮した? 姫様のこと、好きになった?」

「やかましわ。もう寝ろ」


 耳から引き剥がした。なんのASMRだよこれ。誰がこんなコンテンツに課金するかっての。


「ちぇーっケチ。ボク、もっと話していたいのに……」


 ぶつくさ言いながらも、俺の前に回ってきた。いつもの胸の位置に収まると、マカロンと一緒の感じで、仲良く俺に抱き着いてくる。


「んじゃあお休み、ブッシュ」

「お休みプティン」

「それで姫様の、寝床でのいい匂いのことなんだけどさあ……。今度はホントの話だよ。これがまた天国みたいで――」


 この野郎、言ったそばから……。全然寝ないじゃん、こいつ。


 いや妖精ってのがこんなに賑やかだとは思わなかったわ。


 延々と続く無駄話を聞き流しながら、俺は心で溜息をついたよ。これ、当分眠れないじゃん。


 あれかねー。王族は重い義務があるし、軽口だってそうそうは口にできない。どう受け取られるかわからないからな。それだけにソウルメイトの妖精と、こんな感じに毎日きゃっきゃうふふするのかもな。特に王女は心に、冒険への渇望を抱いてるそうだし……。その意味で、妖精プティンは、王女のこと、誰よりもよく知ってそうではある。


 なんにつけ、なんとか寝るわ。でないと明日に差し支えるからな。




●次話、ノエル視点エキストラエピソード「ランスロット卿パーティー、真のリーダー」、明日元旦公開!

皆様良いお年をお迎え下さい。

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