5-6 客室アップグレード
「わあ……」
ダンジョン挑戦初日を終えた夜。サバランの冒険者宿。部屋に入るなりティラミスは、感嘆の声を上げた。
「こんないい部屋、私達が使っていいんでしょうか」
見回している。
ここは二階北西の端。条件のあまり良くない部屋だが、一応ちゃんとした客室だ。これまでの地下野菜倉庫跡じゃあない。ちゃんとした寝台や小さなテーブルがあるし、北向きとはいえ窓があり、カーテンだって引かれている。
「いいんだよティラミス。そこそこ探索も進んだしな」
地下第一階層の途中で、マーカーストーンを置いて戻ってきた。初日にしては、まあまあいいほうだろ。
「それにふたりとも、想像以上に戦えていたし」
実際、マカロンもティラミスも勘所がいいっていうのかな。初戦、第二戦と、俺のパーティーの戦闘戦術は整ってきた。直接攻撃の主体がガトーと俺なのは当然として、マカロンは敵の背後に回って敵攻撃と同士討ちの危険を避けながら補佐的に剣を振るっていた。ティラミスのアイテム補助もタイミングが絶妙。
しまいにはガトーが「このパーティーで明日以降もしばらく様子を見よう」と認めてくれたし。子連れ組とは思えないってさ。
「ボクも嬉しいーっ」
俺の胸から飛び出した妖精プティンが、部屋を飛び回った。
「もうあの、腐った臭いの地下室からおさらばだもん。王女様が、ボクたちの部屋を押さえてくれたんだからね」
悪かったな。俺の甲斐性だと地下倉庫が精一杯で。……でもまあ王女のおかげで助かった。あそこは子育てする環境じゃないからな。旅籠亭主のサバランにしても、金さえ払えば俺は客だ。文句が出るはずもない。
「にしてもサバランのハゲ、王女から金貨もらっただろうに、いちばん安い部屋を提供しやがって……。がめついわ」
「でもブッシュさん。サバランさんはいい人ですよ」
ティラミスにたしなめられた。
「今日だって、ちゃんと晩ご飯、一緒に食べてくれたし」
「あれはお前やマカロンに『おじい様』とか呼ばせて悦にいるためだし」
まあ実際、俺達……というかティラミスとマカロンのおじい様プレイに、ガトーの野郎、すっかりメロメロだからな。
「またそんな……」
ティラミスに笑われた。
「でもまあ、俺はサバランが好きだからな。気にはならんよ」
実際、俺が最高に困りまくっていたときに助けてくれた恩人だ。ティラミスやマカロンにも良くしてくれたし。多少がめつくても構わんさ。それだって商売人としての大事なスキルだろうからな。
「ねえパパ。あたし今晩、この寝台に寝てもいいの?」
おずおずと、マカロンが訊いてきた。
「ああ構わんぞ。お前の寝床だ」
「でもこんな……お姫様みたいなお布団……」
いや、見た感じ安っぽい綿詰めマットレスに、うっすいブランケットだけどな。
「いいんだぞマカロン。お前は今日からお姫様だ」
「うわーいっ!」
駆け出すと、ベッドにダイブした。
「うわーっ、ふかふかぁ。それにいい匂いがする。お天道様の香りだよ」
「良かったわね、マカロン」
ティラミスが微笑んだ。
「あら、なにしてるの」
「ふたつも寝台あるのに、離れてるもん。これじゃあ親子三人、いつもみたいに抱き合って眠れないじゃん。あたしくっつける」
たしかにまあ、シングルベッドふたつ。俺の前世風に言えばツインベッドルームだ。うんしょうんしょと、マカロンがふたつの寝台を寄り添わせた。
「これでよし……っと」
「さて、風呂入ってとっとと寝るか。マカロンはもう眠る時間だし」
さすが客室だけあって、内風呂があるからな。宿の屋上に薪の湯沸かしがあるから、栓を捻れば湯が出てくる。あそこまで水運ぶの大変なんだわ。俺、初日からそれやらさせられたし。
「今日はみんなで入ろうよ」
マカロンが俺の手を引いた。
「ほら、この部屋のお風呂、広いし」
いやそんなこと言われてもだな、ティラミスは十五歳。俺の子供も同然とはいえ、体はもう立派な大人だ。同じ風呂ってわけにはいかない。
「そうだなマカロン。……でもお前はママと一緒に入りな」
「えーっ」
ぷうっと、頬を膨らませた。
「ブッシュさんがマカロンと入って下さい。今日、前衛で戦闘して汗かいてるでしょ。……私は後で入ります」
あくまで遠慮深い子だな、ティラミス。十五歳かそこらだってのに、いい子すぎだろ。ママ役をこなしてるうちに、そういう態度が身についちゃったんだろうけどさ。
「でもティラミス」
「いいよ。ブッシュとマカロンが先に入りなよ。ティラミスとは、ボクが一緒に入るから」
なぜかわからんが、プティンが風呂を仕切り始めた。風呂奉行妖精とか笑うわ。
「ならまあいいか。んじゃあ俺がマカロンを風呂に入れるわ」
「わーいっ! パパとお風呂だあ」
マカロンはもう、踊り出さんばかりだ。
●ベッドに入ったブッシュに、妖精プティンはとんでもないエピソードトークをぶっこんでくる……。
次話「ティラミスと妖精のピロートーク」!
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