5-5 マカロン、本当の両親
「私、本当はマカロンのママじゃない」
ティラミスは、重い口を開いた。
「……続けて」
不思議ではない。むしろこれだけ若いのに五歳児のママってほうが不自然だ。それは出会った最初からの疑問だった。
「マカロンは私の……妹」
顔を起こすと、俺の目をまっすぐ見つめてきた。
「タルト王女様が教えて下さいましたよね、数年前の大事故のこと」
「ああ、ノエルの両親が亡くなった、例の魔法事故な」
山ひとつ吹っ飛んだとかいう。
「マカロンの両親も同じです。あの場にいて、命を落とした。そのときマカロンはまだ赤ちゃんで」
「マジかよ」
「私には身寄りがない。でも乳飲み子のマカロンを育てないとならない。マカロンにはママが必要だったんです。姉ではなく」
「そうか……」
そりゃあな。天涯孤独の子供ふたりが厳しい世界で生き抜くんだ。「ママ」がいたからこそ、マカロンの心は正気を保てたってことなんだろう。そうでなければ、どうなっていたかわからん。
ティラミスにしてからが、「自分はマカロンのママだ」と気持ちを奮い立たせることで、なんとか生きてこれたんだろうし。残飯や虫を食べながらでも。
いずれにしろ、ティラミスが十歳かそこらで暴力的に孕ませられたとかじゃなくて、心底良かった。そんなのかわいそうすぎる。
胸の中で、俺はほっと安堵の息をついた。
「でも私、人間の暮らし方はなんにもわからなくて……」
「そりゃ仕方ないわ。そんときお前、十歳とかだろ」
おままごとしてるような歳で、おままごとどころかガチ育児、しかもゼロ歳児相手だからな。そりゃどえらい大変だったはずだわ。
「なんとか育てようとしたんですけれど、色々あって、結局スラムで過ごす毎日に……。マカロンは元気に育ってくれたものの、それでもどんどん痩せちゃって。私……」
つうっと、ティラミスの瞳から、きれいな涙が流れた。
「よしよし、お前は頑張った」
思わず、ティラミスの体を強く抱いてやった。たくさん食べるようになって少しは肉がついてきたとはいうものの、まだ痩せている。こんな細い体で、乳飲み子を抱えて育ててきたなんて……。当時わずか十歳かそこらの子供だったのに。
「お前は世界最高の『ママ』だ。これからは俺がお前とマカロンの面倒を見てやる。だから心配すんな」
「ブッシュさん……」
ティラミスの頬が赤くなってきた。
「でも……ブッシュさんという方に出会えた。親切にも私とマカロンを家族だと言ってくれて。ブッシュさんのそばにいると私……なんだか力が湧いてくる。自分でも信じられないくらい。これならいずれ……」
そのまま黙った。俺に抱かれたまま。
「いずれ、なんだよ」
「いえ……。なんでもありません」
「安心しろ。俺はパパだ。お前もマカロンも、立派に育ててやるからな」
「あ……ありがとうございます」
俺の胸に、顔を埋めてきた。革の防具に、ティラミスの涙の跡が付いた。
「私……ブッシュさんにお願いしてよかった。本当に……奇跡」
「辛いことがあったら、なんでも俺に頼れ。お前はママになろうとして、自分の子供らしさを抑え込んだ。だから心が辛いはずだ。いいか、辛さも苦しみも抱え込むな。全部俺に話せ。このパパに。俺が代わりに全部背負ってやる。……わかったか」
かりそめのパパとはいえ俺、父親の気持ちって奴がわかってきた気がするわ。ティラミスとマカロンを守るためなら俺、なんだってできる。なんなら俺の命なんか、どうだっていい。いや俺が死んだらふたりが露頭に迷うから絶対に死なないように頑張るが。
「はい……はい。ありがとう……ありがとうございます、ブッシュさん。私にはもったいないお言葉です……」
「わあ!」
マカロンの声。腕を腰に当てて、笑っている。
「なあにパパとママ、いつの間にか仲良くしてて。……これ、いちゃついてるっていう奴だよね」
「な、なんでもないのよ」
俺の胸に隠れるようにしてそっと涙を拭うと、ティラミスはマカロンに微笑んでみせた。幼いなりのママの顔で。
「ママはちょっと、パパと大事な話をしてたのよ」
「へえー」
にこにこしている。
「ママとパパが仲いいと、あたしも嬉しいよ。……でもガトーさんが、そろそろ行こうって言ってる」
「そうか――って」
ガトーの奴、抱き合った俺とティラミスを見て、顔中口にしてニヤニヤ笑ってやがる。ガトーの頭の上に座り込んだ妖精プティンは、目を見開いてこっちを凝視してるし。口を両手で覆ったまま。
「これは……」
プティンがようやく声を出した。
「タルト王女様に報告しないと! 敵がうじゃうじゃいる地下ダンジョンで、ブッシュはティラミスと乳繰り合ってましたって」
いや勘違いすんなし。俺とティラミスはそういう仲じゃない。あくまで俺がパパ役なだけで。ましてティラミスがマカロンの母親ではないとわかった今ではなおのこと、俺はふたりの父親みたいなもんだわ。
「報告は禁止だ」
俺達が遊んでたと思われたくない。実際、遊んでたわけでも、いちゃついてたわけでもない。言ってみれば俺パパの子育て家族会議だわ。ほっといてくれ。それに――。
「それに乳繰り合うとか、お前随分古臭い言葉使うなあ……。こないだ『自分はまだ若い』って言ってたけど、実は二百歳とかだろ。妖精にしては若いとか、そんな話で」
「ひどーい」
ぷくーっと、ふぐのように頬を膨らませた。
「ボク、まだ十六歳だよ。王女様と同時に生まれたから。だから王女様の幼なじみのノエルより、ふたつ下」
よし。王女の年齢がわかったわ。このプティンの口の軽さも、役に立つことがあるんだな。
「雑談はもういいか?」
ガトーが、呆れたような声を出した。
「そろそろ進もう。今日は初日。目標は、モンスターの弱いこの階層で、パーティーの戦闘連携を確立することだ。……今日はなんだか体が軽くて調子がいい。バイオリズムがいい位置にある間に、訓練を詰んでおきたい」
「ボクもそうだよ。いつもより魔法の威力が強いんだ」
プティンが口を挟んできた。
「これやっぱり、ブッシュの存在がパーティー能力をエンチャントしてるんじゃないの。……姫様やガトーが仮定していたように。何と言うか、オートエンチャンターというかさ」
「かもしれんな。だがまだ今日は初日。断定するにはまだ早い。たまたま今日だけ調子が良かったってオチだってあるしな」
「いずれにしろ、今日はなるだけ先に進んでおきたい」
「そのとおりだ、ブッシュ」
「俺達は時間契約の社畜じゃない。雇用条件としては目標達成型社畜だ。短期雇用のプロジェクトチームと言い換えてもいい。要するに九時五時と最低労働時間が決められてるわけじゃない。疲れが溜まったままで戦闘のリスクを冒すのは、馬鹿だけだ。疲れたと思ったら、そこで今日の探索を止めよう。その場に『マーカーストーン』を置いてダンジョン入り口まで戻り、そのまま現王都に魔導転送で帰還する」
「おう。さすがはリーダー。賢明な判断だ」
微笑んでから、顔をしかめた。
「だがシャチークとかクジゴジとか、お前は時々よくわからん言葉を口走るな。前々から不思議だった」
「気にすんなガトー。俺がこれから、社畜の意地を見せてやるからよ。この謎のダンジョンで」
「わかった。なんだか知らんが、期待してるぜブッシュ」
ガトーは、握手の手を差し出してきた。
●第一階層でマカロン育成に励むブッシュ。疲れ切ってサバランの冒険者旅籠に戻ると、王女の計らいで地下の野菜倉庫跡からまともな客室へと、居室がアップグレードされていた。ティラミスとマカロンという大事な家族と共に、ブッシュは束の間の安らぎを得るが……。
次話「アップグレード」、明日公開。
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