5-4 第一階層「動く迷路」

「ふう……」


 汗を拭うと、俺は座り込んだ。


「休憩にしよう」

「まだ第一階層に入ったばかりじゃないか」


 呆れたように、ガトーに見つめられた。


「いいんだよ。こっちは子連れだ。ゆっくりやろうや」

「……まあいいが」


 恐怖で足がガクガクする。腰が抜けそうだ。少し休まないと、平気な顔で歩けやしない。なんせ今、生まれて初めてモンスターと戦ったんだからな。


「私、お茶を出しますね」


 甲斐甲斐しく、ティラミスが全員に茶を配った。


「はあ……」


 香り高い茶を口に含むと、ようやく少し落ち着いてきた。


 あれだよ。ダンジョン一階のモンスターなんだから、スライムとか鬼モグラとかだと思うじゃないか。なのにいきなり、でっかい虎と狼の合いの子みたいな猛獣タイプが出てきたからな。牙も鉤爪もヤバそうな奴。そら怖いわ。


「今のはウルフェンタイガー。攻撃力と敏捷性に優れるけど、脳筋タイプで攻撃は単調なんだ。だから慣れればすぐ倒せるようになるよ」


 俺の胸から、妖精プティンが教えてくれた。


「そうか。なら楽勝だな」


 妻子の手前、一応強がってみせる。マカロンやティラミスを不安にさせたくないからな。


「ボクにもお茶、ちょうだい。たまには飲みたくなるし」

「ほらよ」


 俺のカップを差し出すと、器用に頭を突っ込んで飲んでいる。


「にしてもあれだなー。最後は虹になるとしても、戦ってる最中はガチ戦闘なんだな」


 斬ったときの手応えとか血とかさ。ゲーム世界のくせに、思ってたよりリアルだわ。まあ現実なんだから当然かもしれないけどよ。


「今更なに言ってんの。ブッシュって冒険者だったんでしょ、ギルド所属の」


 笑われた。


「ま、まあな」


 いや中身俺社畜は、鼠だって殺したことないからな。虎タイプならまだマシだが、これが人型モンスター、たとえば敵魔道士だったりしたら、戦うったって人殺しみたいな気分になるだろうし、勝っても後味は悪そうだ。俺、そんなのに慣れるかな……。


「この世界のモンスターは、戦闘習熟のための訓練相手みたいなもんだよ。倒しても死体にはならないでしょ。虹になるだけで。命を取ってるわけじゃない。命の素、つまりマナに還るんだ。モンスターの体から開放されたマナはこの世界のどこかに集まって、そこでまたモンスターになるんだよ」

「へえ……」

「だから殺してるわけでもないんだ。万物は循環する。それは運命なんだ。だから罪悪感なんていらないよ。格闘技やスポーツのつもりで、気楽にやったほうがいいかもね」


 なるほど。輪廻転生とはちょっと違うけど、「万物循環」ってのが、この世界の哲学なのかもしれんな。とはいえ……。


「……でもよ。こっちはやられたら死ぬだけだろ。再生するわけじゃない」

「だねー」

「ならやっぱり気楽になんかできるかっての」

「そりゃそうだよね。だから頑張ってね、『パパ』」


 ぷーくすくすと、プティンが笑った。


「勝手に言ってろ」


 さっさと茶を終わらせると立ち上がり、ガトーは周囲を警戒している。プティンのトーチ魔法に照らされているのは、せいぜい周囲十メートルといったところ。その先の通路は暗く闇に抜けている。いきなりモンスターが飛び出してくる可能性だってある。


「にしてもあれだなー」


 カップに頭を突っ込むプティンを眺めながら、つい独り言が出た。


 マカロンもティラミスも、度胸が座ってるわ。モンスターが出ると、取り決め通り先頭に俺とガトーが立った。俺達が剣を振り回して虎野郎を牽制し、俺の胸からプティンが雷魔法を起動して攻撃。スタンガンを撃たれたようなもんで、痺れて硬直したウルフェンタイガーを、俺とガトーが切り刻んだ。


 そこまでは予定どおりだったが、そのとき、マカロンが最前線に駆け込んできて、剣を振るったからな。俺やガトーの攻撃動線をちゃんと避け、同士討ちの危険性を避ける知恵まで見せて。ティラミスはティラミスで適宜、ちょうどいいタイミングでエンチャントポーションを投げてよこしたし。


 初戦の相手が一匹で、いい訓練になってよかった。このチームワークなら、たとえウルフェンタイガーとか抜かす虎モンスターが同時に数体出ても、対応できるだろう。ビビった俺が小便漏らして座り込みさえしなければだが……。


「パパーっ」


 マカロンが飛びついてきた。


「パパ、かっこよかった。あたしのパパは、世界一だねっ」

「ありがとうな、マカロン」


 思わず笑っちゃったよ。あのへっぴり腰が世界一に見えるなら、マカロンのパパ愛は本物だ。


 頭を撫でてやると、嬉しそうに頬をすりつけてきた。


「パパ、大好き」

「俺も好きだぞ、マカロンやティラミスのこと」

「えへーっ。……幸せ」


 撫でられるまま、うっとりと瞳を閉じている。


 いや度胸が座ってるわ、やっぱり。休憩中とはいえ、昼下がりの平和な公園とかじゃなくて、敵意に満ちた真っ暗なダンジョン内部だからな、ここ。普通にバケモンが出てきそうな嫌な気配に満ちてるし。


 プティンは妖精で、パーティー全体に防護加護効果がある。だから腕を爪がかすめたときも、皮膚は裂けなかった。マジ助かるわ。


 まあガチ命中すれば加護効果を超えるから斬られちゃうんだろうけどさ。ちょっとしたダメージなら無効化してくれるってのは助かるし、たとえダメージを受けても幾分か軽減されるなら、充分有用だ。


「にしてもあれだな、動く通路って、見た目にほとんどわからないんだな」


 気が付くと、同じ場所をループしてるんだわ。スカウトスキルの高いガトーが道々壁にスカウト独自のマークを刻み込んでいなかったら、わからないまま何周も同じ場所を回らさせられたと思うわ。ヘンゼルとグレーテルのパンくずみたいなもんだ。助かったわ。


 俺達には「帰還の石」があるから、最悪それを使えばいい。でもそういう装備がないパーティーだと、下手したら出口に戻れず全滅する。まだ第一階層というのに、そのくらい危険だわ。


「ここは王家の秘密を隠蔽するダンジョン。それだけにしっかり設計されているのです、ブッシュさん」


 茶のカップを抱えたまま、ティラミスが俺の隣に移ってきた。ちょこんと腰を下ろす。


「まあそうだよな」

「さっきはマカロンを守ってくれて、ありがとうございます」

「パパだからな。当然だ」

「ブッシュさんにパパになってもらって、良かった……」


 笑いかけると、そっと俺の腕を取ってきた。機嫌が良さそうだ。……なら例のアレ、聞き出すチャンスかもしれん。


「……プティン、ちょっと席を外してくれ」

「いいよ、ブッシュ」


 ふわふわと、プティンは飛び立った。


「ならボク、ガトーと一緒に、周囲をチェックしてくるね。……移動の罠があるかどうかとか」

「マカロン、お前もプティンについていきな」

「うん、パパ。ボク、モンスターが出たら戦ってパパを守るから」


 五歳なのに勇ましいこった。さすがは将来の主人公、勇者枠だけある。


 ふたりの後ろ姿が充分離れたのを確認すると、俺はティラミスの手を取った。


「ブッシュさん……」


 嫌がったりはされてない。それに心を強くして、俺は切り出した。


「なあティラミス。マカロンの本当の父親って、どんな奴なんだ」


 俺は斬り込んだ。


「それは……」


 言い淀んだ。顔を見上げ、俺の意図を探ろうとするかのように瞳を細めた。


「その……。い、いい……人でした」

「いくつの誰だ……」

「えーと……あの……」


 もじもじして困った様子。だがこれは、いつかは明らかにしておかないとならない点だ。ふたりっきりになった今こそ、答えてもらわんとな。


「別にそれでお前達をどうこうする気はない。たとえ何がわかっても、ティラミスとマカロンは俺の家族だ。だからこそ、家族のことは知っておきたい。……話してくれ」

「その……」


 下を向いてしまった。だがそれでも、すがるように俺の腕を胸に抱いてくる。


 俯いたまま、ティラミスはしばらく黙り込んでいた。それから決意したかのごとく顔を上げ、俺の目をまっすぐにみた。


「ブッシュさん」

「おう」

「私、本当はマカロンのママじゃない」


 ティラミスが、重い口を開いた。驚くべき真実を、俺に告げるために……。




●次話「マカロン、本当の両親」。ティラミスが語る真実とは……。

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