5-3 神々の闇

「モッシュってことは、とんでもない数のモンスターがいるんだな」

「ああブッシュ、そのとおりだ」


 超絶危険なフロアの話なのに淡々と、ガトーはまるで他人事のようだ。


「モンスターモッシュねえ……」


 これもゲームである奴だわ。経験値とアイテムを大量に得られる。ただし、幸運にも生き残りさえすれば、だ。


 と言っておいてなんだが、この世界には経験値やアイテムドロップという概念はないようだ。少なくとも、ここまでの戦闘でアイテムドロップはなかったし、経験値だのレベル、ステータスという明示的な数値は出てきていない。いやゲーム時空だけに裏でカウントされてるのかもしれないけどさ。


 表立って出てこないのは、ゲーム時空でなく、ゲーム小説時空だからかもしれない。小説にレベル上げもクソもないからな。


「あれだな。その場合、初手から全体魔法連発で、とにかく敵の数を削りまくるしかないな」

「そういうこと。ボクの魔法力に任せて。えっへん」


 腕を腰に当てて、胸を張った。いやちっこいからあんまり色気は感じないが、そうやって胸を張るとプティン、スタイルいいのわかるな。胸とか大きすぎず小さすぎずだし。


「魔法連発で敵を削り、死に損ないはたたっ斬ればいいか」


 聞いた話だと、倒したモンスターは虹色の煙となって消えてしまうらしい。さすがゲーム世界というか。だから後々腐ってどうのとか、面倒なことを考えなくていい。その点は楽だわな。


「まあな」


 ガトーは唸った。


「……ただし生き残ってるのは、体力が極端にある敵だけ。つまり強敵ばかりだ。トロールとかサイクロプス、ドラゴンとかな」

「嫌なこと言うなよ。ドラゴンのブレス攻撃とか、どうすりゃいいんだ」


 焼け死ぬじゃんよ。


「第二階層の最後でブレス軽減の魔法を撃っておくしかないな。それにプティンは妖精だ。加護の力があるから、パーティー全体の防御力は勝手に上がってる」


 懐から出した木の実を、ガトーが口に放り込んだ。知らんけどこれも体力回復とかに役立つんだろ。ガトーは野山を飛び回るスカウト。野の植物や動物には詳しいはずだ。


「……第四階層は」

「ここが一番問題なんだ」


 プティンが眉を寄せた。


「第四階層のモンスターはね、神様」

「はあ? 守護神が敵だってのか? いや待てよ。そもそも今回、守護神が消えたから再召喚のために最深部を目指してるんだろ。なのに守護神が――」

「慌てないで」


 プティンは、ティラミスの肩に留まった。そのまま俺を見る。


「ここからの話はね、王家でも本当に限られた人しか知らないことなんだ。……ガトーだって知らないよね」

「ああ。初耳だ」


 神が敵と聞いても、ガトーは淡々としている。


「みんなが知ってることも含めて説明するね。えーと……」


 斜め上を見て、しばらく黙った。それから続ける。


「この穴は、この世界ができたときからあるんだよ。なんなら世界より古いのかも。王家始祖は荒野を彷徨っているうちに、この穴を見つけて、中を探索したんだ」

「こんな罠だらけのダンジョンを、たったひとりでか」

「その当時には罠とかモンスターはなかったんだよ。ただの穴だったんだ。罠やモンスターは後から、王家が仕掛けたものなんだ。王家の秘密を知るこの穴を、侵入者から守るために」

「へえ……。それなら俺達が探索する間だけでも、その罠を解除してくれないのかよ」


 罠もモンスターも消してくれれば、ただ潜ってアーティファクトの場所まで行くだけで済むからな。


「それは無理だね。不可逆的な仕掛けとして、太古の昔に施された強力な魔法だから」

「王家のリスク管理どうなってんだよ。普通、非常時に備えてバックドアくらい作っておくだろ」

「そう言うな、ブッシュ。もう二度と使わない予定だったんだ。王家縁起に繋がるアーティファクトを隠すほうが重要だったんだろうし」

「でもなガトー――」

「ともかく!」


 プティンが声を張り上げた。


「第四階層の罠だって、王家が作ったんだよ。もともと、とても強いモンスターを配備していただけなんだ。……ところがあるとき、穴の奥から神様が大勢湧いて出た。守護神じゃなくて、別の神様達が。それは王家の仕掛けじゃないよ」

「プティン。それはいつの時代の話だ」


 ガトーが鋭く尋ねた。


「ガトーは感づいたよね。そう、それが遷都の本当の理由なんだ」


 プティンは説明してくれたよ。最深部から生じた目にも見えない「神々」がこのダンジョンを通り抜け、外――つまり旧王都に噴出した。彼らは害意を持っており、王都は大惨事に見舞われ、王はやむなく遷都を決意した。


「なんだよ。遷都の理由は、疫病で何百人も死んだからって聞いたぞ、俺」


 サバランが教えてくれたからな。王宮内でも城外でもいきなり死人が出て王国は大混乱に陥り、疫病除けのためとして、当時の国王が遷都宣言したとな。


「だってそれこそ病気のせいとかにしておかないと、ヤバいっしょ。王宮の最深部に危険な大穴が開いていて、そのせいで人がいっぱい死んだとなると」

「なるほど。怪我もないのにばたばた倒れて即死したってんなら、病気のせいって強弁できるもんな」


 たしかに、下手したら王家打倒の声すら上がりかねんな。


「その神はどうなったんだよ」

「守護神様の加護を受けた精鋭部隊が、対消滅させたんだって。……でも、その『神』の残存思念が、第四階層に漂ってる。とても危険な神様が」

「元から第四階層にいたモンスターは」

「ここに陣取った神様の残存思念に殺された」


 そりゃそうか。


「んで、そんな桁外れ……というより常識外の存在と、どうやって戦えばいいんだ」


 目に見えない存在が襲いかかってきて、こっちは即死させられるんだろ。防ぎようも、戦いようもない。


「大昔は戦えたよ。守護神様の加護があれば、敵が見えて、なおかつ攻撃も可能だったから」

「その守護神が居ないから、俺達はここに潜るんだろ。なら詰んでるじゃないか」

「そのためにこれがあるよ」


 プティンが両手を天に掲げると、珠が現れた。直径三センチ程度。琥珀のように、黄金に透き通っている。


「それは……」


 ティラミスが目を見開いた。


「これは加護の珠。これさえあれば、姿が見えるし、相手の無敵属性もキャンセルされるんだ」

「へえ……」

「ランスロット卿パーティーも持ってるよ。ブッシュ、知らなかったの」

「記憶喪失だって、言っただろ。それさえあれば、楽勝なのか」

「バカなこと言わないでよ」


 けらけらと、プティンは笑った。


「外に出た神様達は、守護神様の加護を得た古代の討伐隊が倒したんだ。それだって百人がかりで、生き残ったのはひとりもいなかったって。残ったひとりがようやく刺し違えの形で、最後の神様にとどめを刺したらしいよ」

「笑ってる場合かよ」

「なるほど……」


 ガトーはまた木の実を放り込んだ。


「そりゃ最難関階層になるわけだわ。俺達も死ぬかもしれん。相手が神々となるとな」


 他人事のように口にする。


「でも第四階層は、あくまでその神様達の残存思念だからね。本体ほどには強くないはずだし、多分、ボクの魔法やブッシュの剣だってダメージを与えられるよ」

「多分かよ……」

「ブッシュ、嫁子を連れて行くのは第三階層までにしておけ」


 ガトーは俺を見た。


「いやガトー。そこからどうやって地上に帰すんだよ。子供ふたりっきりでモンスター満載の第三階層を抜け、第二階層まで戻れってか?」

「第三階層をきれいに片付けたときに戻せばいい。もし第四階層を試してから帰すなら、第三階層を子供ふたりでは無理だ。そんときゃ俺が『帰還の石』を使わせてやる。第四階層まで行けたなら、俺達にはチャンスがある。そこまで行けたならブッシュ、お前の力は本物だからな。……それに俺だって鬼じゃない」

「あたしはパパと行くよっ」


 マカロンが、俺の膝からぴょんと飛び降りた。


「第四階層だろうと、第百階層だろうと。あたしがパパを守るんだもん」

「おやおや……」


 ガトーは苦笑いだ。


「勇ましいガキだ。……なんだろうな、こいつ。妙に力を感じる。五歳のガキだというのに」


 唸ってやがる。


 いやマカロンは未来の勇者、このゲーム小説の主人公だからな。主人公補正があるのは確かだろう。


 ……とはいっても俺も、第三階層最後でふたりを帰還させるつもりだが。パパとして、ふたりを守ると誓った。第三階層まで進めたってことは、マカロンの勇者訓練だって相当に達成できたってことだ。


 そこから先に進んで危険に晒されるのは、俺だけでいい。万一のときは、マカロンが大人になるまでティラミスに任せるさ。これは王女から授かったクエストだ。いろいろな意味で、ふたりをサポートしてくれるだろうし。


「私もブッシュさんと共に行きます」


 ティラミスがマカロンの手を取った。


「その……神様がいるなら、私がその子達を倒さないと」

「こっちも勇ましいこった」


 思わずといった様子で、ガトーが微笑んだ。


「お前の家族はどうなってるんだ、ブッシュ」

「まあいいじゃないかガトー。先のことはそのとき決めよう」

「まあ……そうだな。それが現実的だ。実際このダンジョンの実情を、俺達はまだ体験していないわけだし」


 立ち上がると、ガトーは体を伸ばした。


「さて、そろそろ行くか。時間がもったいない」

「そうだな」

「ブッシュ、お前に教えておいてやろう」


 懐から、さっきとは別の石ころを取り出した。


「これはマーカーストーンだ。こいつを使えば、進んだところを記憶できる。次回挑戦時からは、そこに転送されて始められるからな」

「マジか」


 なんだろな。ゲーム的に言えばセーブポイントってところだろうか。


「ああ。これも王家のアーティファクトだ。次回、そこまで転送されたら石を拾って、さらに先を目指せばいいんだ。ランスロット卿はこんなの持ってないからな」


 こいつはいいな。だが……。


「待てよ。まだ第五階層を聞いてない」

「そこは始祖の間だよ」


 ティラミスの肩から飛び立つと、プティンは俺の胸に収まった。


「もう罠も敵もないはず。そこに神様召喚のためのアーティファクトが祀られている。そう伝えられてるからね」

「それを俺達が起動すればいいんだな。……それで守護神が強制的に再召喚されると」

「そういうこと」


 バグったパソコンを再起動させるみたいなもんだな、多分。


「よし。探索フォーメーションを取ろう。プティン、暗闇を照らすトーチ魔法は頼むぞ」

「今だって照らしてるし」


 それもそうか。ここ王宮地下で、窓なんかないしな。


「では出発だ。……ガトー、先行してくれ」

「任せろ」


 闇より暗く抜ける穴に、俺達は踏み込んだ。


 守護神のダンジョン、第一階層へと。




●第一階層をチュートリアルとして、マカロン育成を進めるモーブ。かろうじてクリアした戦闘を振り返っていると、ティラミスが意外すぎる告白をする。それは……。

次話「第一階層、動く迷路」、明日公開!

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