5-2 旧王都地下「始祖のダンジョン」五層構造

「ここがダンジョン入り口だ」


 スカウトのガトーが俺達を振り返った。


 王宮地下二階の最深部、かつては厳重に秘匿されていたに違いない場所に、ダンジョンの穴が開いていた。


「入る前に休憩しよう」

「中に入ったらのんびりできないからだな」

「そうだブッシュ」


 ガトーは笑みを浮かべた。


「ここまでと違い、中はモンスターや罠など、敵意で満ちている。休めるときに休んでおきたい」

「よし」


 ガトーはスカウトだから地形を読むのは得意だ。加えて妖精プティンはダンジョンの道案内がある程度できる。大雑把に「どっちが出口側か」程度らしいが。地脈からマナを感知できるというからな。このふたりの能力を生かして、なるだけ効率的にダンジョンを攻略するつもりだ。


「休むか。……マカロン、おいで」

「わーい」


 マカロンを膝に抱いてやると、ちょうどいい倒柱に腰を下ろした。


「私、お茶を出します」

「頼むティラミス。俺の荷物入れに入ってる」

「わかってますよ、ブッシュさん」


 革袋の茶を小さなカップに注ぐと、てきぱきと全員に配った


「疲労が取れてエンチャントされる宝茶だ。高価な品だ。こぼすなよ」


 それだけ口にすると、ガトーはくいっと茶を飲んだ。


「みんなも飲みなよ」


 俺の胸に収まったまま、妖精プティンが腕を振り回した。


「お前はいらんのか」

「ボクは妖精だもん。飲みたいときしか飲まないよ。……ブッシュったら、受けるー」


 くすくす笑ってやがる。まあいいか。


 俺は茶を飲んだ。


 うおっ。なんだこれ、うめーっ。香りが良く口当たりもまろやか。それになにより、飲んだ瞬間、体がかっと熱くなる。


 さすがは魔法の茶だわ。


「ほら、マカロンも飲みな」

「うんパパ」


 カップの茶を口に含ませてやった。


「にしても……」


 ぽっかり開いた真っ暗な穴を、俺は見つめた。


「さすがになんだか、嫌な気配が染み出してるな、ここ」


 実際そうだ。霊感なんかさらさらない俺でも感じる。なんというか、禍々まがまがしい気配が、奥から漂ってくるからな。


「なに言ってやがる」


 ガトーは苦笑いだ。


「ブッシュお前、ランスロット卿パーティーで何度もここに潜ってるじゃないか」

「まあ……それはそうなんだが……」


 いや中身俺社畜としては初体験だからよ。こんな気味悪いとこ入ってモンスターと戦うとか、冗談としか思えない。


「ど、どんな感じなんだ、中」

「お前なあ……」

「ちょっと記憶喪失がな」

「なんだ。こんなとこまで忘れてるのか。そりゃ大変だな」

「いいよ。ボクが説明するねっ。ボクはタルト姫様のソウルメイト。王家の秘密はよく知ってるからさ」


 俺の胸から飛び出すと、プティンはふわふわと空に浮かんだ。


「王家の内部では、ここは『始祖のダンジョン』と呼ばれてるんだ」

「王家の始祖が、ここで守護神を得たからだろ」

「そうそう。ここは五層ダンジョンになっててね、それぞれ別の特性を持ってるんだ」


 なるほど。さすがゲーム世界だけあるな。それっぽい設定だわ。


「第一階層、つまり入ってすぐの階層は、動く迷路になってるんだよ」

「わあ、楽しそうー」


 マカロンが歓声を上げた。


「勝手に体が動いてくれるなんて、魔導馬車みたい」

「遊びじゃないのよ、マカロン」


 たしなめながらも、思わずといった様子で、ティラミスが微笑んだ。


「ダンジョンは一歩一歩、方向を確かめながら地図を作って進むのが基本だけれど、勝手に床が動いたりするから、いろいろわからなくなるの」

「そうそう」


 プティンは頷いた。


「ティラミス、よくわかるね」

「まあ動く迷路と聞けば、だいたい想像つくだろうしな」


 口を挟むと「くいっ」ともうひと口、ガトーが茶を流し込んだ。


「それでね、第二階層はそれほど難しい迷路じゃないんだ」

「なんだよ。第一階層より楽とか、そんなんあるんか」


 そりゃ現実にはそういう場合もあるだろうけどさ。ここはゲーム世界だろ。ゲームのお約束としては、深層に行けば行くほど難易度が上がるはずだ。


「だからさブッシュ、第二階層には時間制限があるんだ」

「へえ……」

「第二階層に踏み込んだ瞬間から時間がカウントされて、制限時間内に第三階層まで進めないと、ここ、つまり入り口まで戻されちゃう」

「時間制限は」

「三時間」

「なるほど……」


 それが短いのか余裕なのかすらわからん。


「でもあれだな。こっちが疲弊し切っててもう先に進めないとかだったら、あえてその場に留まって、時間切れでダンジョン脱出を図るのも手だな」

「そうそう。ブッシュ、見た目と違って、頭回るね」


 余計なお世話だわ。


「実際、帰還時には毎回その手を使うんだよ。深い階層から第二階層まで戻ってきたら、そこで三時間休んでいれば、勝手に入り口まで戻れるからね」

「ただしそれは、こちらにたいした怪我人がいない場合限定だ」


 ガトーが口を挟んできた。


「重傷者がいて、回復魔法でも追いつかないようなら、三時間も待っていては命の危険がある」

「そんときゃどうするんだよ。強行突破するんか」


 重傷者を抱えながら戦闘しつつ戻るとか、それはそれで危険だろう。


「そうするしかない」


 なにを当たり前のことを――といった顔つきだ。


「最悪の事態になったら、『帰還の石』がある」


 ゴルフボールほどの重そうな石っころを、ガトーは懐から取り出してみせた。


「こいつは消費アイテムだ。これを使えば、ダンジョンのどんな深層からも瞬時に入り口に戻れる」

「なんだ。そんな便利なアイテムあるのか」


 ゲームでもよくあるな、このパターン。


「そいつは助かる」

「ただしこれはなブッシュ、かなり貴重だ。王家にすら何個もないからな。ひとり死ぬかも程度のリスクで使う気はない。全滅の危機くらいじゃないとな」


 おっかないことを言う。


「……まあいいや」


 考えると頭痛くなるからな。


「で、第三階層は」

「そこは大部屋なんだよ。がらーんとしていて、入り口の反対側に、もう先の階層への出口が見えてるんだ」


 このくらいの大部屋だよーと言いながら、プティンは両腕を広げてみせた。いやそれならミクロ大部屋じゃんよ。実際のサイズはさっぱりわからんわな。


「迷路すらない大部屋なら、楽勝だな」

「でもないよ。ここ、モンスターがそこら中にいるから。モンスターを避けて進むのが無理なくらい。ここはかなりヤバいんだ」

「第三階層は、モンスターモッシュフロアと呼ばれている」

「モンスター……モッシュだと?」

「ああそうだ」


 モッシュって、ヘビメタライブとかで観客が渦を巻くようにもみくちゃになる、例のあれのことだろ。てことは第三階層は……。




●第三階層、そして第四階層、第五階層と、難易度を増すダンジョンの情報に、ブッシュはとある決心をする。そしてパーティーはついにダンジョンに踏み込む。

次話「神々の闇」、明日公開!

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