第五章 新米パパ、子供を鍛えるため謎ダンジョン第一階層に挑む
5-1 旧王都転送
「ここが旧王都か……」
眼前に広がる廃墟に、俺は圧倒されていた。この都が放棄されて百年以上経つ。生い茂った草木で街は全て覆われ、足の踏み場もない。草の根が張って石積みを崩すせいだろうが、建造物の多くは形を失い、石と土に還りつつある。
街というより荒れ果てた庭園という雰囲気で、穏やかな春風に花の香りが漂っている。
「ぼろぼろじゃないか」
「でもブッシュ、王宮はまだ形残ってるでしょ」
俺の胸から、妖精プティンが顔を出した。
「古代の建造物とはいえ当時の建築技術の粋を集めて建造されたんだからね。えっへん」
たしかに。
実際、王宮は「建物とはわかる」程度の威容は残している。それでもまあ「崩れかけた廃墟」といった印象だが。王都から望む現王宮に比べると、鄙びた様式。やっぱり古代に建てられたという雰囲気だ。
この王宮地下に、ダンジョンがある。その奥に、守護神を強制召喚できるアーティファクトがあるって話だ。
ダンジョンには強力なモンスターが出るんだと。それもフィールドで出会える類のモンスターだけでなく、このダンジョン限定の奇妙なモンスターまで。
そもそも、なんでそんな危険な場所が王宮内部にあるのかってことよ。それはそのダンジョンで王家始祖がとある「神」に出会い、契約して守護神となってもらったから。その貴重なダンジョンを蛮族から守るためもあり、その上に王宮を建て、周囲を王都としたんだとさ。
に、してもさ……。
「にしても、お前がいばるところじゃないだろ。……それとも、その頃生きてたんか、妖精の寿命が異様に長いとかで」
「いやボク、まだ若いし。そんな年寄りには見えないでしょ」
生意気に口を尖らせる。
「わかったわかった。にしても昔を知らんなら黙ってろ」
「ごめーん」
「しかしあれだなー……。さっきまであのホコリ臭くて暗い館の謎部屋にいたのに、一瞬でここか……」
感心したわ。
現王都と旧王都は離れており、馬車で二週間もかかる。だが現王都城壁外の秘密の館と旧王都の王宮裏は、魔導転送装置で繋がれている。だから館から俺達は瞬時に転送されてきた。
遷都の途中では、旧都も新都も防備が疎かになる。どちらに王族が滞在しているときもいざというときの逃げ道を確保するため、この通路を設けたとのことだった。まあ「非常用通路」って奴だ。
百二十年ほど前に遷都は終わり、現在、新王都の治安に問題はない。だが非常時の王族動線として、この通路はメンテされ続けているんだと。ちょうどいいので、今回のアーティファクト探索で、ランスロット卿も俺達も、こいつを利用してるってわけさ。
「ブッシュ、気分はどうだ」
転送直後から、スカウトのガトーは剣を抜き、周囲の気配を窺っていた。廃墟とは言え、なにか出てこないとは限らないからな。確認がひととおり終わったのか、俺の隣に戻ってきたところだ。
「ああガトー。転送の影響で少しめまいが残っているが、すぐ良くなるだろう」
ひと晩とかフェリーに乗ってから桟橋に上陸すると、地面が揺れているような感じがする。ちょうどあんな感じさ。
「俺はそんな感じだけど、ティラミスとマカロンはどうだ」
「あたしはなんともない。元気元気ーっ」
足元にバッタを見つけると、マカロンは手づかみにした。
「ママ、これ食べられる? 食べてもいい?」
「食べられるけれど、炒めたほうがいいかな。生だと苦いし」
いやこいつら、さすがスラムでホームレスしてただけあるわ。たくましい。
しゃがみ込むと、ティラミスはマカロンと視線の高さを合わせた。
「それに今日はお弁当があるから。王女様がご手配下さった品よ」
……というより、携行糧食な。兵士が戦場に携帯する。傷みにくくて軽量で、カロリーをしっかり取れる奴。まあ、弁当っちゃ弁当だが。
「だからその子は、元の場所に返してあげましょう。マカロンちゃんありがとうって、きっと後で恩返ししてくれるわよ」
「うん。あたしそうする」
長い葉の先に留まらせた。跳ねて逃げることもせず、バッタはじっとしていた。気のせいか、ティラミスにお辞儀をして。ティラミス、テイムスキルあるとかな。
「ブッシュさん」
ティラミスは立ち上がった。
「私も平気です」
見回している。
「守護神由来の土地だって、なんとなくわかります。気配で」
「へえーっ」
面白そうに、プティンがティラミスを見つめた。
「普通の人間は、そんなのわからないよ。たとえ聖職者でもね。ティラミスはよっぽど魔導適正があるのかな」
「そいつは助かるな」
言いながらも、ガトーは左右に視線を飛ばしている。
「なにせ俺達のパーティーは寄せ集め。しかも今日が初日だ。昨日王宮で武器装備と連係を確認したとはいえ、心許ないからな。なあブッシュ」
「そうだな」
一応、いくつかのフォーメーションは決めておいた。
ダンジョン探索時は、ガトーが先頭。なにしろ気配を探るのに優れたジョブ、スカウトだ。それに続き、マカロンとティラミス。その後ろ、
ふたりを間に挟むのは、もちろんそこが一番安全だから。それに俺が最後尾だと視界に全員を入れられるから、リーダーとして判断がしやすい。
妖精プティンは俺の胸から状況を見て、俺にアドバイスする役目だ。
そして戦闘時。俺とガトーが横に並んで前衛をこなし、後衛を守護する。プティンは状況に応じ、俺の胸からティラミスやマカロンの側に移って、魔法やなんやかやで戦う。
マカロンは小さいのに、そこそこ剣を振るえていた。訓練に付き合ってくれた近衛兵が舌を巻いたほど。これまで一度だって剣術や戦闘戦略の教育を受けていないにしては奇跡だって、驚いてたよ。さすがは主人公補正だな。おまけに、ごく初歩の魔法なら使えるようだし。
ティラミスは基本、なにもできないとわかった。ただ魔導能力の「気配」だけは凄いらしい。だからいずれ覚醒するだろうというのが、王宮内部での見立てだった。今、こうして守護神の気配を感じているのも、それだろう。
なのでとりあえずマカロンの保護者役を任せている。普段は俺がこなすんだけど、戦闘時だと俺は敵との戦闘で手一杯だろうしな。
そもそも前世社畜の俺が、まともに戦えるとは思えないし。基本、攻撃的な戦闘はガトーとプティンに任せ、俺はマカロンとティラミスを敵の攻撃から守る「動く盾」くらいの役割になっている。
一応、俺とマカロンは適宜王宮で戦闘の基礎を習う手筈はつけてある。ダンジョン探索と並行して、少しずつな。
「では王宮に入るぞ」
ガトーに促された。
「街路も王宮内部も、基本的にはモンスターは出ないはずだ。……ダンジョンに入るまではな。とはいえ王宮は基本、廃墟。急に壁が崩れたり床に穴が空いていたりはありうる。全員、気を抜くな」
「壁が崩れそうとかそのへんの気配は、ボクがわかると思うよ」
ちっこいくせにプティン、頼もしいわ。
「そいつは助かる。……ブッシュ、お前は嫁と子供に気をつけてやれ」
「わかってるさ」
そう。もちろん、何気に俺が一番問題だ。なんせ中身はただの底辺社畜だからな。モンスター戦どころかネズミ一匹、狩ったことはない。おまけに原作のゲームだってプレイしてないからな。王属魔道士が昨日、俺に三時間つきっきりで、シミュレーションとして幻影と戦わせてくれたから、なんとなく勘所だけはわかった。だけど実戦がどうかは全く自信がない。
まあ俺はリーダーだ。切った張ったより適切な指示ができるかどうかが大事だとガトーは言っていた。当面、その線で頑張るわ。
●旧都王宮遺跡最深部、ついにブッシュは問題のダンジョンまで到達する。ダンジョンを前に、チュートリアルとして、妖精プティンがダンジョンの構造を解説し始める。ダンジョンは、それぞれ特徴の異なる五つの階層で構成され、超絶高難易度を誇っていた……。
次話「旧王都地下、始祖のダンジョン」、明日公開!
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