4-B 新人剣士クイニーの正体(ノエル視点)
★ノエル視点のアナザーサイドストーリーです★
ノエル:ランスロット卿パーティーのヒーラー。第一話でブッシュを助けてくれた娘。
「ふう……」
「よし、ここで休憩だ」
ダンジョン地下第一層。地下第二層への穴が見えたところで、ランスロット卿はどっかと腰を下ろした。
「ノエル、茶を頼む」
「は、はい」
このダンジョンは全五層。浅いのに最難関ダンジョンと呼ばれているのには、理由があるの。というのも、それぞれの階層に特徴があるから。
ここ第一層は、ところどころワープの罠や動く床がある程度で、構造自体はそこまで難しくはない。でも第二層は、クリアまでの時間制限があるのよ。時間切れするとダンジョン入り口まで戻されて、第一層から再挑戦になる。休むならここしかないからね。
「ランスロット卿。ノエルは今、エリンの治療中じゃ」
「ちっ、スカウトのくせにのろまだな」
嫌味を言われてエリンが、ランスロット卿を睨む。
「ならクイニー、新人であるお前が淹れろ」
「俺っすか。いいっすよ」
新人剣士クイニーは、剣を鞘に収めた。
「俺の茶はうまいと評判でね。なにしろおっかあが――」
「黙って淹れよ」
ボーリックに一喝されたわ。
「やかましくて、気が休まらんわい。ブッシュでさえ、休憩時は和ませてくれたというのに」
「でも、今日の戦闘はまあまあね。……ありがと、ノエル」
治療の終わったエリンが、ほっと息を吐いた。
「そうですね」
実際、ブッシュが抜けた初日ほどには、雑魚戦で苦戦はしなかった。でもそれ、私達が強さを取り戻したわけじゃない。初日は「いつものつもり」、つまり普段の強いパーティーの勘所で戦闘した。でも今日はもうそれを止め、初心者パーティーくらいの感覚で戦いを組み立てている。
つまり防御回復重視よ。雑魚と見るやいきなり襲いかかるのは止めた。初手で防御魔法と漸次回復魔法を撃ち、近づかずに敵の接近を待つ。その間はエリンの矢とボーリックの攻撃魔法である程度相手の数や体力を削るってこと。
つまり雑魚相手なのにボス戦の戦略ね。プライドの高いランスロット卿がここまで恥を忍んだ戦略を取ったのが、すごく意外。ブッシュに先を越されるのが、よっぽど嫌なんだわ。
「ノエルさん……」
お茶のカップを持って、クイニーが私の隣に移ってきた。
「ノエルさんが借金のカタで働いてるって、本当ですか」
「そうよ」
嘘ついても仕方ないしね。
「あの大事故でしょ。人がいっぱい死んだ。……よりにもよって、あのヴェルデ公爵家の所領で、親が魔導事故を起こしたって奴」
「まあね……」
ずけずけ踏み込まれて、なんだか傷つく。その名前、聞きたくもない。両親が死んでどうしたらいいかわからず、ただただ泣くだけの私に、冷たい処罰を願った男だもの。
「たとえ親の事故だとしても、子供には責任なんてない。ひどい話っすよね」
「そうね」
「そんなんで罰せられるなら、大酒飲みで問題ばかり起こす父親を持った俺なんか、とうの昔に死罪っすよ」
大声で笑った。……この子、気が利かないだけで、悪気はないようね。
「大法院はそう考えなかったみたい」
「そりゃ、ヴェルデ公爵が癇癪を起こしてたから。大法院にも随分これ――」
右手で「金」マークを作ってみせた。
「流してたって話だし。ランスロット卿と同じくらいに」
「そうなの?」
「噂っすよ」
とぼけてはみせたけれど、実は私も聞いている、タルト王女様から。王女様、おっとりしているようでいて、情報はしっかり集めてらっしゃるからね。自分の代になったら、この埋め合わせはするから――って、慰めてくれたわ。
「それに事故のとき、ランスロット卿がその場に居たんじゃないかって噂っすよ」
「えっ……」
思わず絶句しちゃったわ。だってそんな話、聞いたことがない。
「誰から聞いたの、それ」
「ええ。ついこの間、王都を追放になった詐欺師がいるんすよ。口利き屋というか、あちこちの怪しい案件に口挟んで割り前をもらうような奴。グラシエって奴なんすけど、こいつとちょっとした知り合いで。というのも訳ありの消費アイテムを仕入れて小銭稼いだことがあるんすけど、そのときこいつが――」
「要点だけちょうだい」
「んじゃあ省くけど、グラシエから聞いたんす。なんでも事故のちょっと前に、あの山に人夫だの手配したのは自分だと。ランスロット卿が、金をたんまり払ったらしいっす」
「嘘に決まってる。噂の元が詐欺師じゃない」
「まあ……そうなんすけど。追放が決まった恨み節で、酒場で俺に愚痴った話で。ランスロット卿は守ってくれなかったとかなんとか」
「そう……」
考えた。ランスロット卿は徴税官として賄賂をかき集めて成り上がった男。もうお金なんかどうでもいいはず。欲しいのは地位なだけで。だからこそ今回この任務にこだわっているわけだし。そんな男が、王命の調査に口を挟むかしら。それに……。
「それに、その場に居たのなら、どうして生き残っていて、今ここで威張り腐ってるわけ? 大きな山がひとつ吹き飛んだほどの大爆発だったのに……」
生きていられるはず、ないわよね。
「だからノエルさんに確かめたかったんすよ。なんといっても当事者の娘だし。なにか知ってるかとね。もしランスロット公爵家のあの馬鹿が絡んでるんなら、金をむしり取るチャンスだし……おっと」
ぺろっと舌を出した。
「ちょっと口が滑りました」
この子……。冒険者というより裏稼業なのね。今回このパーティーに潜り込んだのも、どうやらランスロット卿の弱みでも握りたいからみたいだし。
「どっちにしろそれ、嘘ね。多分、都落ちする自分を大きく見せたかったんでしょ、詐欺師だもの」
「やっぱそうっすよね。はあ……」
溜息ついてるわ。
「それより、次の階層頼むわよ。時間制限があるんだからね」
「でもみんな、第二層は何度も抜けてるって聞いてます。道は知ってるんだ。楽勝っしょ」
「戦闘が順調ならばね。……つまりクイニー、前衛であるあなた次第よ」
「はあー、メンド」
「……」
この子、頼りにならなそうね。だってそういう目的なら別に、このミッションに執着する意味はないもの。ランスロット卿から賄賂のおこぼれでも抜ければいいんでしょ。そのための情報が手に入らないとわかったら、とっとと逃げ去りそうだわ。
まさかとは思うけれど、ダンジョン探索の途中で消えないでしょうね。……そうなれば、パーティーのみんなが危険に晒される。前衛の居ない状態で、高深度のダンジョンから戻れるわけがないもの。ランスロット卿は、前衛としては全く頼りにならないし……。
嫌な予感を振り払おうと、私はお茶を一気に流し込んだ。
●明日公開の次話から新章「第五章 新米パパ、子供を鍛えるため謎ダンジョン第一階層に挑む」開始!
いよいよダンジョン攻略に挑む子連れブッシュは、第一階層をチュートリアル代わりにマカロン育成に励むが……。
第一話「旧王都転送」、お楽しみにー。
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