4-5 サバランじいじ、爆誕!

「それにしても……」


 食後の茶に、サバランは蜂蜜を流し込んだ。カップからは香りのいい湯気が立ち上っている。


「ブッシュ、お前はいい。王女のクエストでリーダーを務めるとか、冒険者としてはトップクラスの大出世だ。成功すれば今後、お前は国で誰ひとり知らぬ者のいない存在になるだろう。だから一か八か、命懸けの冒険に出るってのは、まあわかる」


 匙で掻き回し蜂蜜を行き渡らせてから、口に運ぶ。


「だが嫁子まで連れて行くってのは、ちょっとおかしかないか。お前が守ってやらんとならん、家族だぞ」


 睨まれた。ダンジョンに挑むのは王女側近のスカウトと俺、プティン、あとマカロンとティラミスだと、俺が明かしたからだ。


「マカロンは、ろくに剣も振り回せそうもない年齢だ。それにティラミスだってそもそも、子供を産んで育てるような年齢じゃない。普通は茶屋で、イケメン近衛兵の噂でもしてきゃっきゃしてる年頃だ。……モンスターの出る地下ダンジョンになんか、なんで連れ込むんだ。どういう了見なんだ、お前」

「それは……たしかにそうです」


 痛いところを突かれた。実際、俺だってそう思うからな。


「だからまず、入り口付近を探索してみて、ふたりに無理なようならすぐ引き上げさせます。というのも……実は、マカロンを鍛えないとならなくて」


 本来の勇者だしな。いずれ厳しい魔王退治に出るのは見えてる。ならなるだけ若いうちから鍛えておかないと、それこそ命の危機だ。「父親」としては、なんとしてもマカロンの実力を上げてやりたい。それは俺の本音だ。


「俺ひとりならもちろん、連れてきゃしません。でも今回、魔法を使える妖精と、腕のいいスカウトがいる。マカロンの実力を錬成する、ちょうどいい機会ではあるんです」

「そりゃそうかもしれないけどよ。鍛錬ってんなら王女に頼んで、王宮内で近衛兵から剣術の基礎でも習えばいいじゃないか。王属魔道士やそれこそこの妖精から、魔法だって習えるし。それなら命の危険はないからな。ダンジョンで実戦なんて、いくら入り口近辺の雑魚敵ったって、リスクゼロじゃない。……それに罠だってあるぞ」

「はい……」


 言われると心配になってきた。実にもっともな話だ。


「悪いこた言わねえ。ふたりは俺に預けろ。ちゃんと毎日、うまいものを食わせてやるからよ。家事の教育も兼ねて、看板娘として食堂だけは手伝ってもらう。だが危ないことがないよう、俺が守ると誓う。お前が戻るまで。それに王宮から金をもらった以上、お前達はもう客だ。地下倉庫じゃなく、客室をひとつ使わせてやろう。北西の隅で悪いが」

「あ、ありがとうございます……」


 心がぐらついた。サバランのおっさんは、マカロンとティラミスに、自分の娘の姿を重ねている。実際、あれこれ命令はしてくるが、ふたりにはちゃんと配慮してくれてるし、今後だってそうだろう。


「あたしが行くっていったんだよ、サバランおじいちゃん。それに……」


 ケーキのスプーンを、剣のように振り回してみせた。


「ほら。こうやって、あたしだって戦えるし。明日、装備一式をもらえるんだよ」

「い、今なんて言った?」

「あたしだって戦え――」

「その前」

「あたしが行くっていったんだよ、サバランおじいちゃん。そ――」

「おじいちゃんのとこ、リピート頼む」

「サバランおじいちゃん」

「ああ……」


 目をつぶった。自分のハゲ頭をぽんぽんと叩いて。


「俺にもついに孫ができたか……」


 がばっと、マカロンを抱き締めた。


「マカロンを連れて行くのは禁ずる。俺の孫だ」


 とち狂ったか……。まあマカロンが子供としてかわいすぎるってのは認める。


「大丈夫ですよ、サバランさん」


 やんわりと、ティラミスが口を挟んできた。


「お気持ちは嬉しいですが、マカロンは私とブッシュさんが絶対に守りますから」

「そうだよー。あたしだって全力で守護するし」


 飛び上がったプティンは、ふんわりとマカロンの肩に舞い降りた。


「王女様にくれぐれも言われているからね、このパーティーを護り導いてほしいって。妖精の祖霊に懸けて誓うよ。あたしの命に替えても守護するって」

「そうか……」


 ようやく、目を開けた。ゆっくりマカロンを解放すると、手を取る。


「底知れぬ能力を持つ妖精が誓っているなら、まず大丈夫だろう」


 俺を睨んで。


「でもブッシュ、危険だったらすぐふたりを戻すんだぞ。俺の孫なんだからな」

「は、はい……」

「ティラミス……」


 すがるような瞳で、ティラミスを見つめる。


「お前も呼んでくれんか、その……」

「安心して下さい、サバランおじい様。マカロンは私とブッシュさんが守ります」

「よしっ!」


 立ち上がった。


「明日装備が揃うってことは、そのまま試着してどこかで模擬戦でもやるんだろ。そして明後日、ダンジョン挑戦だ。そうだな」

「ええ、スカウトのガトーはそう言ってました」

「なら明日の晩飯は、特別な品を出してやる。ガトーって野郎も連れてこい。任務必達を祈願して、運気の上がる魔法の食材をみんなで食おう」

「ありがとうございます」


 マジ、助かる。サバラン、最初に会ったときはごうつくばりの商売人だなと思ったけど、思ったよりいい奴だわ。そりゃノエルが「困ったらサバランに頼れ」って推薦しただけあるわ。


「だからもう一度頼む」

「サバランおじい様」

「サバランおじいちゃん」


 空気を読んだふたりが声を揃える。


「くうーっ」


 いい歳したハゲの瞳から、つうっと涙がつたった。


「ふたりには俺が絶対いい婿を見つけてやるからなっ! じいじに任せろ」


 凄い鼻息だ。いやおっさん、マカロンだけならともかく、ティラミスは一応表向きは俺の嫁なんだがそれは……。



●次話は章末特典! いつもどおりノエル視点のランスロット卿パーティー談です

ブッシュと重戦士タルカスを失ったランスロット卿パーティーは、ひよっこ剣士クイニーを雇い入れた。お調子者の新人剣士かと思われていたクイニーはしかし、パーティー報酬以外の、「もうひとつの目的」を隠していた……。

次話「新人剣士クイニー」、明日公開!

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