4-4 王室発祥の縁起

「ならお前は、マジで王女の命を受けたのか」


 晩飯の席で、サバランは声を潜めた。ここはサバランの――つまり主人の部屋で、食卓を囲んでいるのは俺達だけ。四人分(+妖精小盛り)の料理をテーブルに並べると、給仕は食堂での仕事に戻った。だからひそひそ声になる必要はないんだが、やっぱこと王室絡みの話となると、やばいんだろうな。


「ええ、そうです」


 プティンの馬鹿が口滑らしたからな。俺やティラミスが口滑らしたなら、なんとでも言い逃れできる。でも王国に稀な妖精が漏らしたとなると、もう隠すわけにはいかない。


「はっきりとは目的を言えませんが、放棄された旧都、その崩れかけた王宮地下のダンジョンに潜ってくれとか」

「妖精はお目付け役ってことか、なるほど」

「そうだよー、サバラン」


 テーブルにあぐらを組んで、プティンは肉をもしゃもしゃ食べている。俺がナイフで切ってやった断片を手づかみにし、器用に繊維に沿って千切って口に運んで。


「それにボク、ダンジョンの道案内ができるし。天才っしょ」

「妖精は地脈から情報を得るというからな。地属性のモンスターだし」

「モンスターじゃないもん」


 肉を放り出すと、ふくれっ面になった。


「かわいい妖精だもん。ほら、スタイルだっていいでしょ」


 立ち上がると腰に手を当て、生意気に女子っぽくシナを作ってみせた。


「わかったわかった。ほら、魚も食え。うまいぞ」

「わーいっ」


 あっさりあしらわれてやんの。あっという間に取り扱い方、見破られたな。


「サバランさん、旧都ってのは、どんなところなんでしょうか」

「知ってるだろ」


 千切ったパンを口に放り込むと、片方の眉を上げてみせた。


「王国史、習わなかったのか、お前」

「ほら俺、記憶喪失で」

「ああ……そうだったな」


 俺の目をじっと見つめる。


「サバランさん、パパに教えてあげてよ。……それにあたしも全然知らないし」

「そうか……。マカロンは物心ついたときに、もう路上暮らしだったんだものな」


 微笑みかけた。


「話してやるからマカロン、お前はもっと飯を食え。……たーくさん食べるんだぞ」

「うん」


 頷くと、おぼつかない手付きでナイフとフォークを手に持った。物心ついてから基本、なんでも手掴みで食べてきただろうしな、マカロンは。


「おいしいね、これ。昨日の晩ご飯も凄かったけど、今晩のは格別だよ」

「嬉しいこと、言ってくれるじゃねえか」


 まなじりを下げている。


「その服着てるし、もうティラミスとマカロンは、俺の孫じゃないかって思えてくるわ」

「サバランさんがこう言ってるんだ。ティラミスも遠慮せず、もっと食べろ」

「はい、ブッシュさん」


 凄い勢いで、フォークを口に運び出した。あっという間に自分の分を平らげたんで、俺の分を足してやった。


「悪いです、ブッシュさん」

「いいんだ。俺はマカロンのパパ、ティラミスだって守る義務があるからな」

「なら……遠慮せず」


 ナイフで肉を切ると、マカロンの皿にも分けてやっている。なんというか、自分の分も子供に分けるとか、よく貧乏物語で見聞きするアレだが、親の気持ちわかるわ。子供が喜んでくれると、死ぬほど嬉しいんだよ。自分の飯なんか二の次でいい。


 それにあれだなー、気のせいかティラミス、わずか二日でそこそこ肉が着いてきたな、顔とかに。出会ったときはかなり痩せていたが、今はもう「ダイエットした女子」くらいの感じ。


 しかもかわいいからな。普通に美少女だわ。モテるに決まってる。……まあコブ付きってのが、ちょっとアレだが。


「へへっ」


 サバランがにやにやする。


「ブッシュ、お前もなんだか知らんが、父親っぽくなってきたじゃないか」

「そうすか」

「ああそうだ。俺の若い頃を見ているようだ。そもそもあの当時俺は、辺境の地で魔王の兵と――」

「それはいいから教えてください、旧都のこと」

「ああ……。そういやそうだったな」


 苦笑いして、話し始めた。


「あそこはな、王家発祥の地よ」

「はあ……」


 知らんなあ……。俺、転生者だし。


「王家といっても、原始の頃より王であったわけではない。当然だがな」

「はい」


 そりゃそうだな。


「混沌時代は、力による悲惨な統治が行われていた。あちこちの土地に、豪族が乱立してな。互いに戦い、人々をこき使い、さらにはモンスターとも戦ってな。……まさに混沌よ」


 ひとくち、ぐっと酒を飲むと続ける。


「だが、世界に光が訪れた。恐れ多くもかしこくも、ひとりの優れた男が頭角を現し、やがて一代にしてこの地をまとめ上げ、初代統一王となった」

「それが現王家の始祖ってことですか」

「そうよ。始祖様が拠点にしていたのが、旧都」

「最初はねえ、ただの荒れ地だったんだって。岩ゴツゴツの」


 プティンが口を挟んできた。


「周囲は痩せた土地で、まともに農業もできず、水の確保すら難しいほどの。もちろん森なんかないから、獣を獲るのも難しい」

「なんでそんなとこを都にしたんだよ」

「始祖様はねえ、そこで啓示を受けたんだよ。乱れた世界を救えと」

「神の啓示って奴か」

「そう。それで立ち上がったんだ。その場所を都として」

「そういやそうだったな」


 王女に誘われたときに聞いた覚えがある。王家の始祖は、荒野の地下ダンジョンに潜り、そこで謎のアーティファクトを発見した。そのアーティファクトには「神」と呼ばれる存在を召喚する力があり、呼んだ神と契約して守護神にしたと。


 つまり啓示を与えた守護神が、もともとその地にいた。だからこそ王家は荒れた土地を都としたわけか。


 それに今回俺達が挑むクエストにしても関係してるわけだな。守護神を強制召喚するアイテムが旧都王宮の地下にあるってのは、王家の縁起を知れば納得できる理屈だ。


 それに、口の軽いプティンも、さすがに守護神が消えてどうこうとかは口にしないな、サバランの前では。そりゃ王家の大問題をぺらぺら話すようじゃ、王女のソウルメイトなんかにはなれんからな。


「守護神がいたから、そこを都にした。そこまではわかる。でもそんな荒れ地だったら、大変だろう」

「でもなかった」


 サバランが続ける。


「というのも、信じられないほどの速さで全土を統一したからな。魔王との戦いこそあるが、人間同士の争いはなくなり、人々は平和を歓迎した。産業や別大陸との貿易が盛んになり、危険のなくなった土地で農業漁業も発展した。その効果で王家は潤い、潤沢な資金を王都運営に注ぎ込めたんだってよ」

「なるほど」


 そこまではいい。でもそれなら逆に、大きな疑問がある。そんなに繁栄した都を、どうして王家は捨てたんだ。ここ新都に移る必要はないだろ。


 そう尋ねると、サバランは溜息をついた。


「お前マジで記憶喪失なんだな。疫病が流行したからに決まってるじゃねえか」

「そうなんすか」

「ああ。あるとき王都でいきなり何百人も倒れ、そのまま亡くなった。王宮内でも、城外でも。なにか高熱で苦しんでとかではなく、突然倒れてそのまま死んだ。恐ろしい疫病に人心は乱れ、当時の国王は遷都宣言をせざるを得なくなった」


 吟遊詩人の鉄板ネタだぞこのあたり――と、付け加えた。


「恐ろしい事件だった。……そう言い伝えられていますね」


 これまで静かに食事をしていたティラミスが、遠慮がちに口を開いた。


「守護神って奴、疫病からは守ってくれなかったんか」

「そりゃ、神様だって限界はあるだろ」


 サバランに鼻で笑われた。


「そんなん大丈夫なんだったら、死にたくないって願えば全員、寿命すらなくなるじゃねえか。無理無理」

「あたしがいたら、そのエキビョウっていうの退治したのに」

「そうね、マカロン」


 ティラミスが頭を撫でてやっている。


「マカロンなら、きっとできるわ」

「へへーっ」


 喜んでるな。とはいえ病気は「退治する」とかそういう対象と違うんだが……。でもまあさすがは本編主人公の英雄に育つだけあるわ、マカロン。意気軒昂だ。




●マカロンとティラミスをどえらく気に入ったサバランは、ふたりにとんでもない「お願い」をする。それは……。

次話「サバランじいじ、爆誕」、明日公開(多分夜になります)!

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