4-3 妖精プティン、口が軽いw

「はあー……」


 サバラン宿屋の地下室に戻ってくると、俺はどっかりと椅子に腰を下ろした。深呼吸するとランプの獣の脂が臭いが、とりあえずそれはどうでもいい。


「疲れた」


 正直な気持ちだわ。王女の側近にいきなり拉致された挙げ句、頼まれ事を受けて、武器防具を揃えるまでした。普通に年末年始の用足しかってくらい目が回ったからなー。


「ぷぷっ。ブッシュったら、目の下にクマができてる」


 俺の肩にとまったまま、プティンが大笑いしている。


「ほっとけ。それよりお前、なんでここまでついてくるんだよ」

「ボクは妖精。当面、ブッシュの使い魔も同然だよ。だから今後は、二十四時間、ずっと一緒だもん」

「妖精って、そんなもんなのか」

「知ってるでしょ、それくらい」


 腕を腰に当てて、口を尖らせた。


「いや俺、実は記憶喪失でさ。この世界の常識、いろいろ忘れてるんだわ」

「へえーっ。悪いものでも食べた? ぷぷっ」

「余計なお世話だわ」


 こいつ、口が悪いな。……いやちょっと違うか。口が悪いというより、思ったことなんでもぺらぺら口にしちゃうタイプという感じ。考えなしというか。こいつだけの話なのか、妖精という種族の特質なのかは知らんけどさ。


「とにかくボクは、王女様が任務を解いてくれるまで、ずーっと一緒」

「はあそうかい」


 まあいいや。ちっこいから邪魔にはならんし、飯だってそれほど食わんだろ。妖精ひとりくらい増えたって、生活費は変わらん。


「にしても、酷いところ住んでるねー」


 小さな地下室を見回している。


「王女様のうまやだって、もっとずっときれいだし」

「屋根があるだけで立派です」


 ティラミスが口を挟んできた。


「ブッシュさんは、私とマカロンを救ってくれた大恩人だもの」

「恩人……?」


 プティンが首を捻った。


「ブッシュって、マカロンのお父さんでしょ。ティラミスはマカロンのママ。つまりブッシュのお嫁さんじゃん」

「マカロンのパパになってくれた、大恩人なんです」

「パパになってくれたって……」


 唸っている。


「うーん……。どうにも複雑な事情があるみたいだね。今日聞くのは止めておくよ」

「そうしてくれ。こういう話は、王女にもガトーにも内緒だ。いいな」

「わかった。……王女様の脅威にならない限り、ボクは秘密を守るよ」

「助かる」


 あてになるかなー……。ついさっき、悪いもんでも食ったかとか、小汚い部屋だとか、遠慮レスでぜーんぶ口にしてたくせに。


「とにかく、ブッシュさんは大事なパパなんです。そうよね、マカロン」

「そうだよね、ママ。えへへへーっ、パパぁ」


 俺の膝に飛び乗ると、抱き着いてきた。


「パパ、好き。……なでなでして」

「はいよ」


 輝くような髪を撫でてやった。最初会ったときは酷い髪型だったが、ちゃんと洗いさえすれば、どえらくきれいな髪だわ。ちゃんと食べるようになって、栄養が行き渡ったのもあるんだろうがさ。ティラミスもそうだが、なんなら王女より神々しいまである。さすがは主人公というかな。


「マカロン、お前あったかいな」

「パパが好きだからだもん」

「そうか」


 いや子供って、体温高いんだな。そんなん知らなかったわ。俺、前世は子供どころか嫁なし過去に彼女なし、もちろんあれやこれやなしの人生だった。だから他人との肌の触れ合いとか、すこーんと抜けてるからな、経験から。


「ボクもなでなでしてよ」


 プティンが首に抱き着いてきた。


「はあ? お前俺の子供じゃないだろ」

「だって……してほしいもん」


 そういやこいつ、妖精とは言え女子だから、男と違って体、柔らかいんだな。生意気に胸まで首に感じるし。……てか俺、前世含め生まれて初めて感じた女子の胸が、こんなちっこい妖精でいいんかって気はするが。


 ……悲しい人生だわ。


「わかったわかった」


 悲惨人生を振り返るのは止めだ。どうでもいい。とりあえず人差し指で頭を撫でてやる。


「へへーっ。ブッシュの指、気持ちいい。王女様と同じくらい」

「そうなのか」

「うん。王女様はね、ボクとずっと一緒。ベッドで起きるところから、朝ご飯、午前の公務をこなして、午後は陳情の相手をして……。王様は忙しすぎて、細かな案件、相手できないからね」

「そこもお前が一緒なんだな」

「そうだよ。ボクもいろいろアドバイスするし。それに晩ご飯を済ませてからは、王女様とお風呂で洗いっこして、それにベッドも――」

「風呂も一緒なのか」

「当たり前じゃん。ボクは王女様と一心同体だし」

「そうかあ……」


 考えたら使い魔ってそういうものかもしれないな。いや王女はソウルメイトと言ってた。使い魔ってのとは、ちょっと違うか。主従関係ではないというかな……。


「なあにブッシュ、王女様の裸が気になる?」


 手を口に当て、くすくす笑ってやがる。


「王女様はね、ああ見えて着痩せするタイプ。胸なんかいい匂いがして、下半身を前から見ると――」

「あーもういい」


 プティンの口を、指で塞いだ。


「そんなこと聞いてない」


 仮家族とは言え一応、俺は嫁子連れ。なんで嫁子の面前で妖精のエロトーク聞かにゃならんのだ。


「気になってるくせに」


 もがもがと俺の指から顔を出すと、訳知り顔になる。


「それに王女様も、ブッシュのこと、気に入ってるみたいよ」

「マジか」

「マジ、マジ。はあー、今後が楽しみ」


 大喜びしてやがる。……にしてもガチで口の軽い妖精だな。俺とマカロンたちとの関係、本当に漏らさないだろうな。ちょっと不安だわ。


「おいブッシュ」


 扉が開いて、サバランが顔を出した。


「お前、明日からパーティーを組むんだろ。野菜やなんやかやを王宮の下働きが届けに来て、教えてくれたぞ。ついでに明日からのお前らの宿賃も置いて」

「ええまあ……」

「ふん……。おっ!」


 俺の肩のプティンに目を留めた。


「こいつは驚いた。妖精じゃないか。たとえ王都といえども、人里にはめったに姿を現さないってのに」

「ちょっと……訳ありで」


 いろいろ口止めはされてるからな。


「そうか……」


 膝の上のマカロン、脇に立ってテーブルを拭いているティラミス、それから俺と、順に視線を移す。


「ブッシュ、お前の暮らし、どえらい速度で変貌中だな。俺の知ってるブッシュが、たった数日で激変じゃないか」

「すみません」


 いや謝るところじゃないけど、つい。


「まあいいわ。とにかくみんな揃って俺の部屋に来い。晩飯を食おう」

「でも、食堂で下ごしらえしないと……」

「それはいい。他の奴にやらせる。王宮から金をもらった以上、お前はもう宿の客だ。晩飯はごちそうしてやる。まかない飯じゃないぞ。ちゃんとした料理だ」

「わーいっ」


 飛び立ったプティンが、俺の頭の周囲をぐるぐると飛び回った。


「ごっはんー、あったかいごっはんー。楽しみだなー。王女様といると、王宮で毒見済みの、冷ったいご飯ばっかりだし」

「王女だと?」


 サバランの口が、あんぐりと開いた。


 いやプティンお前、さっそく秘密ダダ漏れじゃんよ。どうすんだよ。これからもその調子とか、カンベンしてほしいんだけど……。




●サバランとの晩飯。無知な転生者ブッシュは、この世界と王室の歴史を、サバランから聞き出す。意外なことにそれは……。

次話「王室始まりの縁起」、明日公開!

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