3-B ランスロット卿の逆恨み(ノエル視点)
★ノエル視点のアナザーサイドストーリーです★
ノエル:ランスロット卿パーティーのヒーラー。第一話でブッシュを助けてくれた娘。
「そやつの名前は」
「はい王。ブッシュという男。家名すらない底辺なれど、私が鍛えればかなりの実力になるかと」
呆れた! それ、ブッシュじゃない。自分が一昨日の朝、クビにした。
エリンとボーリックも、さすがに目を見開いて、口をぽかんと開けてるわ。
「……」
でもあれか、たしかにランスロット卿、王にはブッシュのことは、これまで一言も話してなかったわ。数合わせの荷物運び人としてでも、そんな底辺を自分のような貴族のパーティーに入れたと、多分知られたくないから。だからここでカードとして切る手はある。さすが徴税官として悪逆の限りを尽くしただけある。悪知恵だけは働くのね。
それにしても、結局ブッシュに泣きつくのかあ……。なら昨日、私達の提案に乗ってブッシュを再加入させれば良かったのに。あのときはプライドが邪魔したから、死んでも嫌だったのね。特に私達「下々からの提案」だったし。
けど自分でも薄々、ブッシュの力を感じていたに違いないわ。でなければ、ここで名前なんか出さないわよね。
「王、ここにいるノエルが、全て手配します。手配できなければ、ノエルの責任かと」
一瞬だけ、私を振り返る。ランスロット卿は、私が常々ブッシュに同情的だったのを知っている。私のそういう態度を嫌がってはいたけれど。それにブッシュが別れ際、私から生活費を受け取ったのも見ていた。……だから私をコマにするのね。ブッシュが断りづらいってわかってるから。
ランスロット卿自身でブッシュに頭を下げるのは、なにしろ嫌に決まってる。貴族が底辺になんて、彼の性格だと、死ぬほどの恥辱と感じるはずだし。それに私を使いに出せば、ブッシュ再勧誘に失敗したら、「ノエルが無能だった」と、私のせいにできるし。ブッシュは無能じゃない。頭は切れる。私が使いで「戻ってくれ」って頼んだら、断ったときの私の立場を考えてくれるに違いない。ブッシュはなおのこと断りにくいわよね。
本当に、悪知恵だけはたいしたもんだわ、ランスロット卿。ブッシュが戻ったら、「うむ心を入れ替えて働くなら雇ってやろう。私は神のように優しいからな」とかまで言いそうだわね。
「それに王、わたくしには貴重なアーティファクト、『神殺しの剣』があります。
「ブッシュ……ブッシュ……」
ランスロット卿精一杯のアピールを無視して、国王は眉を寄せた。
「ブッシュか……。はて……どこぞで耳にしたような」
首を捻ると、王は天井を見つめた。そのまましばらく黙っている。
「そうか!」
手を叩いた。
「タルトが組んだ別働隊。そのパーティーのリーダーが、たしかブッシュと言っておった」
「えっ? あいつが王女の!? しかもリーダーですと! そ、そんなはずは……」
さすがに絶句したわね。いえ私も飛び上がるほど驚いたけれど。ブッシュが追放されたことは、ガトーとかいうスカウトに話した。王女様の参謀としてもっぱら辺境で情報集めしていると言っていたけれど、あれ本当だったのね。
「優れた男の存在は、きちんと調査済みであるのだな。さすがはランスロット卿だわい」
王は頷いている。
「だが今回は、ちと遅かったようだ。ブッシュとやらは、すでに王女の下で動いておるからな。……どうする、やはり止めるか」
「いえ……。家名すらない最下層平民になど、栄誉あるランスロット家のわたくしが、負けるはずなどありません。そもそも……あいつから頼んでくれば入れてやってもいいくらいの、おまけの助っ人でありせば……」
呆れた。言ってること、さっきと全然違うじゃない。さっきは「非常に優れた素質を持つと噂の男」とか、ブッシュのこと持ち上げておいて。
「このわたくしめにお任せあれっ!」
大声を張り上げた。
「ほう、頼もしいのう……。ほっほっ」
楽しそうに、国王は笑ったわ。それから真剣な瞳になって。
「だがランスロット卿、卿のことを悪く言う声は、日に日に高まっておる」
「こ、これはしたり。どのような声にてありましょうや」
「王家の権限をかさに着て、怪しい案件に首を突っ込んでおるとか、残虐な行為を繰り返すとか」
「そのようなことはありません。王、それはランスロット公爵家に対する誹謗中傷になりますぞ。いかに王と言えども、根拠なき誹謗――」
「いや、ランスロット本家から聞こえてきたでのう。はて……不思議なことだ」
とぼけるように、王は首を傾げてみせた。
「どうにも、パーティー分裂からこっち、卿の言い分には、少しおかしなところが見え隠れする。我が子タルトが見切って動いたのも、無理からぬことじゃ」
「か、必ずや、国王陛下のお役に立ってみせます。このアーティファクト探索においても!」
「ふむ……。まあ、どちらのパーティーにも頑張ってもらうことにしようぞ。この王家の危機ならばこそ、手立ては多いほうがよい」
●
「くそっ!」
王宮を辞したランスロット卿の目は、血走っていた。
「卿、国王のご配慮をありがたく受け入れ、名誉ある撤退をしても良かったのでは……」
遠慮がちに、ボーリックが口にした。
「実際、そろそろ言い訳も苦しくなっておるし」
「馬鹿を言うな、ボーリック。こうなったからには、意地でもブッシュのチームに勝つ」
「でもねえ……。あたしら、タルカスも失ったし。剣士の新人ちゃん、タンク役としては頼りないでしょ。重戦士じゃなくてただの剣士だし」
「その分、小回りは利くだろ、エリン。重戦士よりアジリティーは高いはずだし」
「そりゃまあ……そうだけど。……でもあたしも、命あっての物種だし、そろそろ休暇欲しい頃だし……」
ちらとランスロット卿の顔色を窺って。
「剣士は重戦士より動ける。それが入るなら、あたし抜けてもいいよね。ダンジョン案内役は、剣士ならできるでしょ」
「それは許さん」
大声を上げた。
「お前達三人の俸給は、倍額にしてやる。明日からはな。これも寛大なるランスロット家の施しだ。……底辺には優しくしてやらねばならんからな」
「やだ、本当!?」
侮辱されたのはスルーして、エリンの声が裏返った。ランスロット卿の侮蔑にいちいち怒ってたら、それこそ半日も持たずに抜けることになるしね。
「嘘はつかん。首にしたブッシュに負けたら、赤っ恥。貴族としての
「へへっ……。ならもう少し頑張ろうかな。……ボーリックはどうする」
「その条件ならわしも、もうひと働きはしてみせよう」
「ノエルは……って、あんたは聞くまでもないか。莫大な借金抱えてるんだものね」
「え、ええ……」
いずれにしろ、私達とブッシュは同じダンジョンに潜ることになる。なら、それはそれでいいわ。内部で助け合うことだってできるんだし。
「それにしても、あの野郎……」
ギリギリと、ランスロット卿が歯を噛み締めた。
「貴族、それも公爵家たる私の邪魔を、どこまでも……」
目が血走ってる。
……やだ、逆恨みしてる。自分が首にしたくせに、なに言ってるのよ、ねえ……。
私は、こっそり溜息をついた。
それにしてもブッシュ、よかったわね。ちゃんと見てる人はいるのよ、神様のお導きだわ。……それに王女様なら、人間を正しく見る目がある。だから頑張ってね……。
見上げると、太陽が世界を温かく照らしているわ。見守るように。親のように。神のように。
●明日公開の次話から新章「第4章 新米パパ、ダンジョン装備で子育てする」開始、子連れブッシュがダンジョンへと向かいます!
お楽しみにー
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