3-A 国王の懸念(ノエル視点)

★ノエル視点のアナザーサイドストーリーです★

ノエル:ランスロット卿パーティーのヒーラー。第一話でブッシュを助けてくれた娘。




「おう、来たか」


 王宮謁見の間。玉座に収まった国王が、私達ランスロット卿パーティーを見て、手招きした。


「はよう来やれ、ランスロット卿、ボーリック、それにエリンとやら。……あとノエル」


 私を見て、複雑な笑みを浮かべたわ。


「ノエルよ、タルトの幼なじみのお前を危険なパーティーに入れてすまんのう……」

「いえ、これも私の運命にて……」

「そう言ってくれると助かるわい」

「国王におかれましては」


 ランスロット卿が声を張り上げた。


「本日もまた顔の色もおよろしく、下々のためのまつりごとにてお疲れのはずながら、誠にご健勝。このわたくしめも、嬉しい限りにてございます」


 玉座に向かい深々と頭を下げる。


 わかったわかったと、国王は頷いてみせたわ。国王はもう五十代も半ばになられている。王国運営で気が休まるときがないためか髪は白く変色し、皺も多い。見た目はもう六十代のお爺様に見えることがあるわね。


 ここは王宮、謁見の間。国王の権威を感じさせる荘厳で立派な部屋。その中央に玉座がある。背後には近衛兵の精鋭と侍従が十五人ばかり控えているわ。


「本日はまた一段とお若く見えますな。まるで二十代の若者のようではありませんか。タルト姫の兄君にすら見えますぞ」


 笑っちゃう。ものすごいおべんちゃら。そこまで言うっていう奴ね。卿はとにかく、国王のご機嫌取りをしたいのよ。というのも昨日、ランスロット卿は重戦士タルカスと喧嘩別れした。側近からどうやらその話を聞いた国王に、王宮へと呼び出されたからなの。


 私やエリン、ボーリックは呼ばれていないけれど、ランスロット卿に言われて付き従っている。パーティー仲は大丈夫だというところを多分、王に見せておきたいのね。……といってももちろん、ランスロット卿に並ぶことは許されなかったわ。彼の後ろ、それも二メートルも離れたところに立たされたからね。「ここで待て」と卿に命じられて、エリンが苦笑いしていたわ。


「うむ。卿も皆も元気そうで、少し安心したわい」


 玉座の王は、優雅に微笑んでくれたわ。


「なんでも最近、ひとりまたひとりと、ふたりもパーティーから離脱したというからのう……。皆、落ち込んでおるかと思ったが」

「ああいえ……王、ご心配には及びません。あれは離脱ではなく脱落です。ひとりは能無し。足手まといの男でした。それに昨日首にした重戦士は、これも事前に聞いていた名声が名ばかりの無能でして……。わたくしも呆れ返った所存」

「……」


 黙ったまま、エリンとボーリックは顔を見合わせたわ。この調子だと誰がこのパーティー抜けても、後であることないこと言われるのね。間違いないわ。ふたりとも、情けなさそうな顔つきになったもの。


 私だってもう辞めたいけれど、私には両親の遺した借金がある。あの事件については、大法院の裁定に納得できない部分もあるけれど、とりあえず仕方ないわ。過去のことより、前を向かなくちゃ。私はもう天涯孤独。王女様という大事なお友達はいるけれど、頼ってばかりはいられない。王女様にはご公務があるし。


「それに王、もう次のメンバーをリクルートいたしました。これがまた素晴らしい素質の剣士でして」

「ほう。それは頼もしい」


 玉座から、国王が身を乗り出した。


「どのような人物かな」

「はい。はるか東の伝説の剣士並の実力と、ギルドでは聞いております」

「ほう!」


 王は微笑んだけれど、嘘っぱち。昨日、ランチで大揉めになってタルカスが抜け、食後に卿が冒険者ギルドを訪ねたのはたしかよ。でもタルカスが先にギルドで全部暴露して愚痴ったせいか、ランスロット卿の誘いに乗る人はいなかった。


 まずタルカスが予言したとおり、重戦士は卿の顔を見ただけでギルドから出ていった。それに他のジョブの人も、よくてせいぜい、おざなりに話を聞くだけだったって。……私はそう聞いてるわ。ギルド受付の子から。あの娘と私、仲いいのよ。


 それでなんとかお金で釣ったのが、見習い剣士のような若い男の子。「あの子は実力もクソもないわ」って、受付の子は溜息をついてたわ。それにしたって、会ったのはランスロット卿だけで、私達パーティーメンバーとは、まだ顔見せすらない。明日、旧都王宮地下に向かうときに会わせてくれるって、ランスロット卿は言ってたけれど……。


「して、その男――剣士なので男であろうな――は、いかほどの戦歴を持っておるのだ」

「はい国王。ギルドの話では、歴戦の勇者だと」


 あくまで「ギルドの話」にするのはもちろん、使えないってわかったときにギルドの責任にすり替えるためよ。そうに決まってる。


「具体的には」

「それは……聞いておりません。ただただ、とにかく優秀だと」

「なるほど……。それは……楽しみだのう」


 ほっと息を吐くと、国王は玉座に深く身を沈めた。そのまま黙って、ランスロット卿や、背後に控える私達をじっと見つめていたわ。


「ここ玉座で、余は多くのまつりごとをこなしておる」

「まことにご立派。民草も感謝を忘れず、王のためなら全員、命すら投げ出すでしょう」

「様々な案件を見てきたおかげで、皆の顔を見るだけで、いろいろ判断できるようになっておってな」


 意味ありげに、国王はランスロット卿を眺めやった。


「素晴らしきご才能。わたくしも王の下で働け、子々孫々までの幸福にて実に――」

「どうだ、ランスロット卿。此度こたびのクエストから、身を引いてみては」

「これは……」


 ランスロット卿の声がこわばるのが、後ろからでもわかったわ。


「今なんとおっしゃいましたか、王」

「いや、卿や皆の献身は身に沁みるほどありがたい。だがこのクエストには、我が王家の未来が懸かっておる。心配の種は無くしておきたいのだ」

「ご心配には及びません」


 必死だわ。ランスロット卿は、ランスロット公爵家の傍流。奇跡のように入手した「王命クエストチームリーダー」の地位を、手放したくないのね。王の仕事をしくじった無能と、公爵家本流から糾弾されれば、自分の立場が危ういから。


「今回のアーティファクト探索については、タルトが別働隊を組織したと、報告があってのう。今日の朝方のことじゃ」

「タルト様が……」


 タルト王女は、ひとり娘。長く待たれていたお世継ぎが生まれず、王家も国民も諦めかけていたところに生まれた一粒種よ。それだけに国王はことさら大事にされている。


 おおやけまつりごとで、王はどうしても手一杯。なにか新しいことを始めるについても、複雑怪奇なお役所仕事がついて回る。なのでそうしたくびきから逃れた自由な別働隊としての働きを、王女様に割り振っているの。


 専属の参謀チームを率いて、まだ十八歳というのに「裏仕事」で大活躍しているわ、タルト王女。もちろん表の公務もきちんとこなしながら。タルト王女の才覚は、飛び抜けている。将来の王国を背負って立つお方よ。間違いないわ。


「王、それは困ります」


 王前というのに、ランスロット卿は無礼なほどの大声を出したわ。


「ととと当家の名声にも関わるご処断にて」

「気に病むな。無理なら無理でよい。そんなことで卿の名声に陰りなど差さん。ただお主は冒険者に向かなかった。それだけだ。自ら得意な徴税官吏に戻り、王国のために活躍されよ」

「そ、それは……」


 絶句したわ。ランスロット公爵家の傍流に生まれた彼は、貴族ではやりたがる者が飛び抜けていない汚れ仕事、つまり徴税担当に名乗り出て成果を上げ、公爵家内で権勢を伸ばしたのよ。


 ……ただ、悪い噂は多いの。徴税権という圧倒的な権力をかさにきて、暴虐な取り立てを繰り返したりとか。厳しい取り立てを恐れる家とか、どうしても税金を工面できないなどの家が泣きつくと、にんまり微笑むらしいわ。「助けてやらんでもない。王は慈悲深いお方だ」――なんて持ちかけて、賄賂をむしり取るらしいから。


 今回、王命クエストリーダーに抜擢されたのも、徴税で手柄を上げ権勢が上がったからだけじゃなく、相当な賄賂を国王側近に流し込んだからだって、もっぱらの噂だわ。


「タルト様のパーティーなら、もちろん有能な方々が集まっていることでありましょう。それはそれでよし。……ですが、もうひとつ、私共のパーティーも動かしておけば、アーティファクト獲得の可能性も上がりますぞ、王」

「卿にできるのかな?」


 微かに、ほんのわずかわかる程度に、王は首を傾げてみせた。もちろん、相手を侮辱しないためでしょうね。


「もちろんでございます。我々にはまだ手段があります。……とある男を、追加で近々入れる予定にて」

「ほう……。その剣士とやらの他にか」

「ええ。こやつは非常に優れた素質を持つと噂の男」


 国王が微笑んだのを見て、ここぞとばかりぺらぺら吹きまくってるわ。というか、それ誰かしら。私達は少なくとも聞かされていないし。


「しかも底辺。すぐ金で転んで……いえこの私めの高邁な人格に感銘を受け、パーティーに入れてくれと、泣いてわたくしに頼むことでございましょう」

「それはいいことだ。……して、そやつの名前は」

「はい王。ブッシュという男。家名すらない底辺なれど、私が鍛えればかなりの実力になるかと」


 呆れた! それ、ブッシュじゃない。自分が一昨日おとといの朝、クビにした。




●まさかのウルトラC提案で言い逃れを図るランスロット卿を、国王は軽くスルーする。ブッシュが王女の下でパーティーを組織したと知ったランスロット卿は、よせばいいのに逆恨みの炎を燃やす……。

次話「逆恨み」、明日公開!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る