3-5 妖精プティン

「パパと離れたくないもん。一緒にだんじょんってところで遊ぶ」

「遊び場じゃないのよ」


 おかしそうに、王女が微笑む。


「こわーいお化けが、いーっぱいでるのじゃぞ」


 恐ろしげに、じいが顔を歪めてみせた。いやそうするとマジ、ゾンビじみてくるからやめとけっての。


「ならあたし、パパと一緒に戦う」

「ええ……」


 じじいドン引き。てか俺も驚いた。いやこの台詞、斜め上だわ。


「ねえ、いいよね、ママ」

「そうねえ……」


 馬車の天井に視線を置き、しばらくティラミスは黙っていた。それから俺の顔を見て。


「そうね。パパと行きなさい」

「やったあ!」

「いやいやいやいや」

「安心して下さい、ブッシュさん。私も同行します。ふたりでマカロンを守りましょう」

「いやいやいやいや」


 守るったって、お前も十五かそこらの子供同然じゃないか。それに俺だって戦闘経験皆無の中身社畜だぞ。いくら優秀なサポートが入るったってさ……。


「まあ……」


 口に手を当て、王女すら絶句している。


「こいつは驚きだ」


 ムキムキがゲラゲラ笑う。


「俺達でさえ命がけの迷宮に、子連れ狼が舞い降りるってのか」

「それはダメだ、ティラミス」


 思わず大声が出た。


「マカロンは俺が潜る間、タルト王女に毎日、おいしいものを食べさせてもらおう」


 ほんなら俺も安心だ。


「いやだよ。あたしは絶対に行く。そしてパパを守る! あたしの大事なパパだもん」

「いや小僧、守られるほうだろう」


 またしてもムキムキがゲラゲラ笑ってたが(それに小僧じゃなくて小娘だし)、俺は内心舌を巻いていた。


 たしかにマカロンは後々勇者に育つ。それがわかったからさ。たった五歳でこんな高潔で度胸のある存在なんて、この世にいないぞ。


「マカロンと私が同行します。もし駄目なら、この話はお断りします」


 ティラミスが、きっぱりと言い切った。胸を張り、堂々たる態度で。……こいつはこいつで凄いな。さすが十歳で子供産んだだけある。肝っ玉座ってるわ。てか、俺抜きで勝手に交渉してるんですがそれは……。というか、お前もついてくる気かい。


「いや、いくらなんでも、年端の行かない子供を同行させるわけにはのう……」


 じいが、俺をちらちら見る。


 いやもちろん俺もそう思うよ。ただなんだろ、今日のふたりの態度を見ていると、もしかしたら連れて行ってもいいのでは……と思えてくる。


 とりあえず入り口のちょっと内側くらいまでは。恐ろしいモンスターを見たら、ふたりはあっさり前言を翻して帰りたがるかもしれないし。それにもしマカロンが勇者の萌芽でも見せるのなら、それはそれでいい。


 曲がりなりにも、俺はマカロンの父親だ。この小説の主人公であるマカロンを、立派な勇者に育ててやる義務があるからな。王家の庇護でそれを実践でき、ふたりの生活費まで稼げるなら、いい機会かもしれない。安全に最大限配慮できるならな。


 なに、ヤバそうなら撤退して、この一件から降りればいいのさ。デスマーチの社畜案件じゃない。バックレても問題のないビジネスなんて、俺の社畜時代には無かったからな。理想の案件まである。


 そうだよな。今の境遇を考えれば、なにもマイナスはない。一度は挑戦したってことで王女に恩も売れるし、その後、王宮の半端仕事くらいでは雇ってもらえるだろ。なら今後の子育てに圧倒的なプラスだ。


 それに王宮なら、近衛兵や魔道士がいる。剣術や魔法、拳法など、マカロンに勇者としての訓練を施してもらえるだろう。


「どうでしょう、ブッシュさん」


 考え込んだまま黙っている俺の手を、ティラミスが握ってきた。


「大丈夫ですよ。すべてうまくいきます」

「おかしいな……」


 疑い深げに、ガトーが瞳を細めた。


「なぜそんな他人行儀なんだ。本当にブッシュの嫁なのか。ブッシュに嫁がいるなんて話、誰もしてなかったぞ。……それに年齢もおかしい。そんなに若いのにブッシュの嫁となり、大きな子供がいるとか。もしや――」

「いろいろあるんだわ」


 俺は大声を出した。


「人の家庭に首を突っ込むな、ガトー。俺はやる。それでいいだろ」


 なんか突っ込まれないよう、早口で続ける。


「あんたらの望みどおりだ。そう、とりあえず一度だけ、家族連れでダンジョンに潜ってみる。それで無理そうなら、ふたりは王女に預ける。どうだ。これならそっちも満足だろ」

「うむ。まあ仕方ないのう。子供を送り出すなど、気が引けるが……」


 眉を寄せたな。


「じゃが引き受ける条件としては、まあまあ妥当なところじゃ」


 不承不承ふしょうぶしょうといった顔つきだ。


「そうですか……」


 王女は、溜息をついた。


「どうやら止められないようですね。それでしたら、わたくしも加勢します。約束どおり、協力しましょう。……プティン、現れなさい」

「ジャジャジャジャーン。呼んだーっ?」


 ぽんっと、小さな女が現れた。アラビアンナイトのような透け服で、エキゾチックな容姿の。


 でもなんだこいつ、体の大きさは三十センチくらい。羽もないのに、ふわふわ浮いてやがる。


「かわいい……」


 ティラミスが微笑んだ。


「妖精さんですね」

「ええ。プティンはわたくしのソウルメイト、生まれた時からの友達です」

「えっへん」


 プリンは胸を張った。


「話は聞いてたよ。ボクがこのおっさんと同行して助ければいいんでしょ」

「まあ。いっつも話が早いわね、プティン」

「そりゃ王女様とは長いつきあいだからねー。王女様の気持ちもわかるよ、ぷぷっ」


 口に手を当て、意味ありげににやにやする。


「そういう話は、また今度ね」


 やんわりと、王女にたしなめられている。


「このプティンを、あなたに託します。妖精は魔法に詳しく、ダンジョンの魔物の気配にも敏感。必ずやブッシュさん、あなたの助けになることでしょう」

「そうか……」


 とりあえず、助けが入るのは助かる。肉弾戦は無理だろうけど、いろいろ役には立ちそうだし。


「ならまあよろしく頼む、プティン」

「へへーっ。なかなかいい男だね。……ちょっと頼りないパパだけど」

「余計なお世話だ」

「ボク、ここに入るね」


 止める間もなく、俺の胸の間に入る。もぞもぞもがいて、くすぐったい。妖精ったって、ちゃんと女の体なんだな。なんだか柔らかい。前世童貞だから断言はできんが、多分これが女の体だ。


「ふう」


 ぽんっと、襟から顔を出した。


「うん、あったかい。それに男の人の匂いがする。いいねー、たくましい香りで。……王女様も嗅いでみる?」

「わたくしは、遠慮しておきましょう。奥方様に申し訳ないし」

「それなら――」


 黙ったまま、俺達のやりとりをずっと見ていたガトーが、口を挟んできた。


「俺も同行しよう。妖精がいれば、子連れパーティーとはいえ、かなりの防御力を得られる。あと必要なのは、攻撃戦力、それに土地や地形を読める仲間だ」

「ふむ……たしかに」


 ムキムキ近衛兵が頷いた。戦闘のプロだけに、通じ合うところがあるんだろう。


「旧都までは魔法で飛べるから子供の足でもなんの問題もない。だがダンジョンは厳しい。地形の読めるスカウトが居なければ、いくら妖精に加護されるとはいえ、危険です」


 この世界での戦闘とかさっぱりわからんが、プロが言うんだ。そういうことなんだろう。


「そうですね。ガトー、あなたに頼みましょう」

「ただ、妖精が身の回りから消える分、王女、あなたの守りが薄くなる。警護に、これまで以上に力を入れて下さい」

「そこは俺に任せろ」


 ムキムキが頷いた。


「王宮に戻ったら、すぐに王女警護態勢を見直す」

「よし。……どうやら話がまとまったようじゃな」


 じいは満足顔だ。


「ブッシュよ、姫のためじゃ。よろしく頼むわい」


 全員の視線が集まった。


「わかったよ。俺の力を尽くし、アーティファクト探索に努めよう」

「頼りにしております、ブッシュ様」


 タルト姫に、またしても手を握られた。




●次話はノエル視点のランスロット卿パーティー談

ふたりもパーティーから抜けたことを知った国王は、ランスロット卿パーティーを呼び出し詰問。「この案件から降りて徴税吏に戻ってはどうか」と提案する。貴族の地位に傷がつくことを恐れたランスロット卿は、驚くべき提案を国王にして、ノエルを驚愕させる……。

次話「国王の懸念」、明日公開!

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