3-4 王家守護神の消失

「あの頃、この王国には恐ろしいことが続けざまに起こったのじゃ」


 じいは唸った。


「まず、山岳地帯で起こった、くだんの大爆発」

「ノエルの両親が亡くなった魔法事故だな」

「そうじゃ。王立科学院と魔法院の調査報告書によると、地下に火山エネルギーが溜まりに溜まっており、ノエル母親の魔導ミスにより、火山ガスが爆発的に地上に噴出したとか」

「またタイミングの悪いことに、それと前後して、王国きっての科学者が一家揃って失踪したんです。そのため原因究明の調査もぐだぐだで終わってしまって……」


 王女は、溜息をついている。そりゃあな、頭も胃も痛むだろうさ。ただでさえ幼なじみのお姉さんの悲劇だってのに。


「これだけ王家に問題が出たのは、古代の遷都前以来のことだ。守護神の霊的守護が薄れたのではと、神社かむやしろで巫女がかむ下ろしをしたところ、いくら呼びかけても守護神は現れなかった」

「消えちまったんだとよ、守護神が」


 ガトーが唸った。


「俺には信じられない話だ。王家と王国の守護神だからな」

「守護神が消え王国を守る霊的加護が薄れたので、これらの事件が起こったのではと、わしら――つまり姫直属の参謀チームでは考えているのじゃ」


 はあ、なるほど。


「守護神が消えたことは、王宮内でもごく限られた人間しか知らん。一般国民はもちろん、誰も教えてもらっておらん」


 そりゃそうだな。人心動揺したら、治安や国家の危機を招きかねない。


「それまで守護神様は、巫女を通じて神託を下され、王家を霊的に加護してきたのです。守護神様の消失は、王家始まって以来の危機だと言えましょう」

「じゃがわしらの考え方は、王宮内では理解されんでのう……」

「魔王軍との戦いは、何百年も続いている。過去には人類が敗北寸前まで追い込まれたことすらある。だがここ数十年に限っては、戦いは王国からはるか遠く離れた地で行われている。おかげで民草には、戦時中という緊張感がすっかり抜けている。王宮も平和ボケし、この異変を深刻に考えているのは、俺達だけだ」


 まあよくあることかな。そういう企業もあるよな。業績がいいからって、旧態依然のやり方に固執した挙げ句、異業種からの新鮮な参入受けてがたがたになるとか。


「守護神の消失についても、一時的なものでいずれ元に戻るのではと、父上も母上もご期待されております。父上は一応、用心のためにランスロット卿にパーティーを組ませアーティファクトを探させてはいますが……」


 王女は、ほっと息を吐いた。


「王宮の王属参謀や、王立科学院、王立魔法院の方々の判断は、父上よりもっとずっと楽観的なものです」

「科学院も魔法院も、とんでもない奴らじゃ。一年も時間をかけ、ああでもないこうでもないと、民草の税を費やし高価な美食を食い散らしながら議論しおって。挙句の果ての結論が、『すぐ元に戻る』じゃからのう……。自分達が得することしか、考えておらんのじゃ」


 口々に言い募る。それだけ危機感を持っているということだろう。


 あれだなー、これも社畜あるあるだわ。現場は大騒ぎなのに、現場に配属されたことすらない経営企画室とかが、社長に受ける「きれいな戦略」立てて悦に入ってるの。


 王立科学院とか王立魔法院の連中って、もしかして外資系コンサル出身の転生者とかじゃねえの。あいつら凄い奴は才能の塊だが、自分の業績だけきれいにまとめ上げるカスのが、はるかに多いからなあ……。


「なんとしても守護神を復活させねばならん。お主も知ってのとおり、過去の異変の折に放棄された旧都がある」

「そうだな」


 とは答えたものの、知らんわ。まあ有名な歴史遺跡なんだろうけどさ。中身の俺社畜は、小説冒頭しか読んでないし。アニメは全話観たけど、このゲームノベル世界とは世界観が同じだけで、キャラもストーリーも全然別物だし。


「王家発祥の地じゃ」


 日本で言えば、奈良平城京跡ってところか。それかまだ見つかっていない卑弥呼の館あたりとか……。


「そこの王宮地下に、王家しか知らんダンジョンがある。旧い……おそらくこの世界開闢せかいかいびゃくのときにできたダンジョンが。その奥深く、アーティファクトが眠っておるのじゃ」

「そのアーティファクトはな……」


 スカウトのガトーが続けた。


「王家の伝承によれば、守護神を強制的に召喚する力がある。……そもそもそうして呼んだ神と契約し、守護神になってもらったらしいし」

「へえ……」


 ガチ神話じゃん。王家の縁起えんぎって奴か。


「どうでしょう。引き受けていただけますか……」


 王女の言葉と共に、馬車中の視線が俺に集まった。


「ランスロット卿パーティーって、強いんだろ」

「ええ。名だたる重戦士と魔道士が加わっていますから。……それにもちろん、ノエルも」

「スカウトとお主は、パーティーバランスのための数合わせ枠だったらしいがのう……。だから卿が王に仲間を紹介したときも、ふたりは抜きじゃ」

「まあ重戦士は喧嘩別れしたらしいがな、昨日」


 ガトーがつるっと口にする。


「マジかよ」


 よく知らんが、追放の場にいた、あのプレートメイルのムキムキ野郎だろ。どでかい剣を背中にしょってたし。


「今は重戦士の代わりに、剣士が入っているそうだ」


 さすが姫様の懐刀ふところがたな、ガトー。情報にさといわ。


「あいつら王の命で動いてるんだろ。そんな連中が苦戦してるんだ。いずれにしろ、俺ひとりじゃあ無理だ」

「わかっています。サポートメンバーをつけますので」

「ランスロット卿パーティーに負けない線で頼む」

「候補はいます。わたくしを常に守ってくれる、最強の存在です」

「よし」


 まずはそこは譲れないからな。死にたくないし。


「それなら、俺は――」

「パパーっ!」


 突然扉が開くと、馬車にマカロンが乱入してきた。飛びつくように、俺に抱き着く。


「こらこら、ダメじゃないかマカロン。客室の掃除はどうした」

「もう終わったー」

「どうしてここがわかった」

「ママが――」


 見ると、扉の外でティラミスがにこにこ手を振っていた。


「見張りは何をしてるっ!」


 寡黙なムキムキ野郎が、さすがに怒鳴り声を上げた。そりゃあな。こいつは近衛兵。部下の大失態だ。


「これが子供だから許されるが、暴漢なら姫の命に関わる失態だぞ」

「すみません」


 馬車の外、ティラミスの脇に立つ近衛兵は、困惑した表情だ。こいつ、スカウトのガトーに命令されて俺の買い物、代行してくれた奴だな。ここに立ってるってことは、お使いは全部無事に済ませたってことだろう。


「そうは思ったのですが、ブッシュの子供という説明を聞いているうちに、通さないといけないのではと、なぜかふつふつと思えてきて……」

「愚か者っ」

「俺、どうしたんでしょう」


 首を捻ってるな。


「知るか、うつけ者」


 怒りは収まらない様子。そりゃあな。王族警護が任務の部下がこれじゃあ、頼りなさすぎだわ。


「いいではないですか。害はない」


 王女は微笑んだ。


「かわいらしい暴漢ですこと」


 俺の膝に乗ってはしゃぐマカロンの頭を、撫でてくれた。


「ブッシュさん……」


 ティラミスも入ってきた。当たり前のように、俺の隣にちょこんと座る。


「これはタルト王女様、お久しゅうございます。ご機嫌麗しく、なによりでございます」


 王女の手を取ると前屈みになり、瞳を閉じて額に軽く押し当てた。


「まあ、素敵な淑女ですわね。ふふっ」


 王女は、ティラミスに手を与えたままにしている。


「王城のバルコニーから手を振る新年の儀で、遠くから王女の姿でも見たのでございましょう。あれは王都住民の大きな楽しみですし」


 じいが解説する。


「あたしのママだよ」

「あらそれは……」


 俺とティラミスの顔を、王女は交互に見た。驚いたような表情で。


「と、歳の差婚も……さ、最近は多いとか」


 なんとかフォローしようとして、絶句してるわ。俺、若紫を拉致した光源氏じゃないけどな。


「よくここがわかったな、ティラミス」

「なんとなく。……それよりブッシュさん、なんのお話をしていたの」

「ああティラミス、実はな――」

「いかん!」


 じいが叫んだ。


「王家の秘密じゃぞ。厳秘じゃ」

「ふたりは俺の家族。俺も同然だ。話せないなら、俺はあんたらの話には乗れん」

「そうか……」


 じいは王女を見た。王女が頷く。で、じいは俺に頷いた。謎の沈黙伝言ゲーム。


「実はな、マカロン。王様が困ってるんだとさ。それで俺に助けてくれないかって話なんだわ」

「助けるって」

「守護神を強制召喚できるアーティファクトが、滅びた旧都王宮のダンジョン奥深くに眠ってる。それを探してくれってよ」

「しょうかんって、なに」

「その歳だと、まだわからんか……。とにかく宝探しだよ」

「すごーい!」


 瞳が輝いた。


「いいなー……。楽しそう」


 膝の上で体を捻り、俺を見上げる。うおっ。おねだり空気すごいわ。


「どうするの、ブッシュさん」

「そうだなティラミス。俺は手伝おうかなと思ってる」

「本当ですか!」


 王女の顔が、ぱあっと明るくなった。


「ノエルも救いたいしな。……ノエルの借金棒引きだけじゃなく、報酬もあるんだろうな」

「もちろんじゃ、ブッシュ殿」

「なら助かる。俺には子育ての資金が必要だ」

「安心して下さい、ブッシュさん。あなたがダンジョンに潜る間、あなたのご家族ふたりは、わたくしが王宮で大切に保護します。王女の保護なら、安心でしょ」

「いやだよっ!」


 マカロンが叫んだ


「パパと離れたくないもん。一緒にだんじょんってところで遊ぶ」




●次話、新キャラ登場!

「妖精プティン」、明日公開

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