3-3 ノエルの悲劇

「ノエルが膨大な借金を背負ったのには、一家を襲った悲劇があるのです」


 悲しそうに瞳を伏せると、王女は話し始めた。


「ただの借金ならいいのです。ノエルはわたくしの幼なじみ。いかようにも用立てはできます。ですが、事情が事情で……」


 話はこうだった。


 ノエルの両親は、代々功績を残してきた近衛兵の家系。剣術士と魔道士の夫婦だった。近衛兵の中でも特別に選抜された真のエリートは、王を二十四時間年中無休で警護するために、王宮で暮らす。ノエルは王女のふたつ歳上。堅苦しい王宮暮らしで辛い日々を送っていた王女の「お姉さん」として、ノエルは王女の遊び相手になり、共に育った。


 だが数年前、とある山中に調査に赴いた際に大きな魔法事故があり、ノエルの両親を始め、多くの住民が死んだ。なにしろ山ひとつ吹っ飛ぶほどの大事故だ。


 その事故はノエル両親の――特に母親の責任とされ、大法院の判決で、一族でただひとり残されたノエルに、多額の借金が言い渡された。


「業務中の事故だろ。なら労災ということになる。むしろノエルは手厚く扱われるべきだわ」

「ロウサイ……。それはなんですか」


 王女は首を傾げた。そりゃ知らんわな。現実世界の労働法なんてな。


「国のために仕事していて死んだんだ。借金を背負わすどころか普通、遺族に年金を下賜かしするべきじゃないか。それが当然だ」

「そこは、わたくしもはがゆいところです。……ですが」


 唇を噛んだ。


「タルト様はあくまで王女じゃ。王権を持っておるわけではない」


 じいが助け舟を出してきた。


まつりごと、しかも大法院の裁定ともなれば、異を唱える権限は、タルト様にはない。あの事故では多数の死者が出た。大法院としては、責任を負わせる存在が、どうしても必要だったのじゃ。民草の恨みをそちらに向けるために」

「その流れもあり、タルト様でさえ、個人的に手助けできない」


 スカウトが口を挟んだ。


「大事故だ。遺族は多い。表向き罪人だというのに、幼なじみは特別か……と、王室が恨みを買うからな」

「まずいことに、事故が起こったのは、今、権勢を欲しいままにしておる有力貴族の所領じゃ。有力貴族は強硬に、関係者処罰の請願を繰り返した」

「その貴族の恨みを買えば、王家と言えども安泰ではいられないのです」

「なにしろ善悪に関しては、その貴族の言うとおりじゃからのう……」


 結果、天涯孤独になったノエルは、借金のカタとしてランスロット卿のパーティーに入れられた。魔道士として、母親譲りの優れた能力を持っていたから。アーティファクトさえ回収できれば、国に対する借金は全て棒引きになる条件で。


「それほどのいさおしを立てたなら、貴族からも遺族連中からも苦情は出ない。……ノエルを救うための、苦肉の策だったのじゃ」

「なるほど……」


 それなりに考え抜かれた処遇だったんだな。それにしてもノエル。そんな借金漬けの身の上だってのに、俺に金くれたんか……。


 こいつは助けてやらんとならんわ。


「つまるところ、ノエルは俺と同じ社畜ってことだな」

「シャチーク……。それはなんですか?」

「働き者ってことさ」


 借金返済のため、ブラック企業で底辺労働させられてる。これが社畜でなくて、なんなんだって話よ。しかもモンスター相手の危険なブラック労働だ。これ蟹工船どころの騒ぎじゃないだろ。


 転生五秒でわけもわからないまま追放され途方に暮れた俺を、ノエルは助けてくれた。金を渡してくれ、サバランに会えと道を示し、微笑んで励ましてくれて……。


 ノエルの笑顔が、脳裏に浮かんだ。こんな辛い身の上だってのに、俺を救ってくれて……。


 くそっ。


 俺の社畜魂に火が着いた。「社畜は相身互い」「袖すり合うも社畜の縁」――ってな。二十歳かそこらのかわいいOLが、助けてくれたんだ。その恩に報いなくてどうする、社畜なら。


「……そういう事情なら、やらんでもない」

「本当ですか」


 王女の表情が、ぱあっと明るくなった。


「俺が成功したあかつきには、ノエルの借金を棒引きにしてほしい。それが条件だ」

「いいでしょう。それなら世間も認めてくれるわ。……ありがとうございます、ブッシュさん」


 思わず……といった体で、姫様が俺の手を握ってきた。


 うおっ! 柔らけえーっ!


 さすが大事に育てられた王女様だけある。肌がもちもちであったかくて柔らかい。アイドルどころの騒ぎじゃない。


「……姫」


 よせばいいのに、じいがやんわりと引き剥がしたが。あと十秒くらい味わわせろよ、じじい。


「だがまだ俺は、引き受けるとも言っていない」

「どうことじゃ。大金でも要求するつもりか」


 じいが目を見開く。


「この……平民上がりめが」

「まず訊きたい。あんたらは、ランスロット卿のパーティーでは無理だと判断して、俺に頼むんだよな」

「ええ。そうです」

「俺は、その無理なパーティーですら追放された能無しだ。なぜ頼む」

「だから言ったろ。あのパーティーはたしかに有能だった。だがそれは、あんたがいたとき限定。それは厳然たる事実だ。どういう理屈なのかはわからん。だがそれでも全てあんたの隠れた能力のためだったと、俺達は仮説を立てている」

「ガトーの言うとおりです。わたくしどもは、あなたに懸けているのよ、ブッシュさん」


 そうか……。まあ筋は通っている。


「次に知りたいののは、アーティファクトだ。そのアーティファクトってのは、一体全体なんなんだ」

「それは……」


 また顔を見合わす。


「なにを探すのかすらわからなくては、任務遂行は難しい。大きさや形、どこにあってどんな効果を持つのかとか。全て教えてほしい。でないとプロジェクトは失敗する可能性が高い」


 続けた。


「よくあるんだよ、こういうの。取引先と、案件を受注したウチの営業、それに俺達現場社畜、つまり関係者全員でそれぞれプロジェクトのスコープが違ってるとか。結局、納期も予算もぐだぐだになった挙げ句、大炎上。案件が超絶失敗に終わるって奴」

「なにを言っておるのじゃ、ブッシュ殿」


 じいは目を白黒。悪いな、つい俺中身の社畜が顔を出したわ。


「わからなくてもいいから、雰囲気で聞いててほしいんだ。早い話、情報が無ければ戦いには勝てないってことさ。この世界の兵法だってそうだろ。孫氏そんし兵法ひょうほうとまではいかなくとも、戦いの要諦ようていくらいは現実でもこの世界でも同じはずだ」

「たしかに。情報の重要性は、兵学校でも教えてくれるな」


 近衛兵が頷いた。


「半分くらいなにを言っているかわからんが、そこだけは合っている」

「話はわかった。しかし……のう」


 じいは渋い顔。


「ブッシュさんに教えてあげなさい、じい。非常事態です。もう時間があまりありません」

「はい。姫様」


 じいは頷いた。


「ブッシュ殿、心して聞きやれ。探しておるのは、王家の守護神、その復活のためのアーティファクトじゃ」

「王家の……守護神。その復活だと?」

「ええそうです」


 王女は、また俺の手を握ってきた。


「代々王家を加護してきた守護神が、数年前、神域から突然姿を消してしまった……。王家は今、危機を迎えているのです。守護神の復活がなければ、いずれ最前線の霊的障壁が消える。魔王軍をかろうじて押し留めている、霊壁が……」

「王女……」

「お願いですブッシュさん。王家を……そして民草をお助け下さい」


 王女の瞳から、涙がひと筋、流れ落ちた。




●次話「王家守護神の消失」、明日公開


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