3-2 ランスロット卿パーティーの凋落

「するってえとなにか、王家絡みのアーティファクトを、俺に探してくれって話か」

「ええ、そうです」


 なんやら豪華な馬車に連れ込まれ、王女から提案を受けたところだ。


「うーむ……」


 俺は見回した。大型の馬車で、中はリムジンよりはるかに広い。タルト王女にガトーとかいうスカウト、おつきのじいに、例のムキムキの、護衛と思われる戦士。全員、俺の返事を待っている。


「それランスロット卿が探してる奴だって、言ったよな。王女さんよ」

「はい」

「ならランスロットのおっさんに任せとけばよくね。あの高慢で意地悪そうな貴族野郎によ。あのアホなら、出世狙いでへこへこ必死で探し回るだろう」

「それは……」


 姫が絶句した。


「ブッシュ殿……」


 じいは苦々しい顔。皺だらけの顔が、ますますシワシワになったし。おもしれー。


「ランスロット卿に追放されて、恨んでおるのはわかる。……だが相手は有力貴族。この馬車には口の堅い忠義者しかおらんが、あまりに口が過ぎると噂になって、卿になにをされるかわからんぞ。蛇のようにしつこい性格で恐れられておるでな。……それに姫に対し、その無礼な口の利きよう」

「いいだろ。ちゃんと話してるじゃんよ、なあ姫様」

「またっ! この無礼者めが」

「いいのです、じい。気さくで良い方ではないですか。表立ってはおべんちゃらばかりで本音を口にしないタイプとは違います。そうした方々が陰でなにを言いふらしているか、ガトーから聞いていますから。獅子身中の虫です」

「姫も口が過ぎますぞ」


 じいにたしなめられてやんの。だがまあ、王女も色々、思うところがあるんだろ。それはわかるわ。俺は社畜だからな。そんな経験死ぬほどしてきたし。


 部下の手柄を横取りして出世した挙げ句、失敗も部下に押し付けて言い逃れ、部下の反撃を防ぐために地方に左遷させたクズ野郎とかよ。


「たしかにこいつは大馬鹿もんだな」


 ガトーは苦笑いだ。


「だが、ランスロット卿の生真面目枠でアーティファクト探索が滞っているのも確か。ここはひとつ、大馬鹿枠として参加させる手かと……」


 失敗してもこいつが死ぬだけで王家にはなんの被害もないし……と、続ける。いやそうだろうけどよ、もう少し砂糖まぶせ。


 ガトーはさらに続けた。


「それに俺の得た情報だと、ランスロット卿パーティーはここ二日ほど、極端に能力が落ちたとか」

「へえそうかい。……性格悪いから、部下もやる気なくしたんだろ」


 あの野郎には、けんもほろろに追放されたからな。それが一昨日の昼だ。あれからたった二日で落ちぶれたんなら、ざまぁ見ろってんだわ。死ね。


「またそんな……」


 王女は困り顔。だが知るか。


「俺はなブッシュ、お前の力を失ったからだと考えている」

「俺の?」


 ガトーに見つめられた。


「そうさ。お前が抜けたタイミングだからな」

「そうかなあ……」


 どうにも実感がない。いや中身社畜の俺はよく知らんが、周囲がブッシュを見る目、どいつもこいつも無能扱いだったけどな。ランスロット卿の連中も、宿で俺に絡んできた冒険者どもも。……唯一違うのは、俺はムードメイカーだと言っていたノエルだけだ。


「お前にはなにか隠された力があると俺は踏んでいる」

「ガトーはな、姫様直属のスカウト。各地で様々な情報を探っておるのじゃ」


 頼もしげに、じいがガトーを見る。


 はあそうか。スカウトだけにニンジャ職と同じで、スパイ活動も得意技だからな。


「ランスロット卿の異変を知った俺は、直前に抜けたお前に着目した。昨日の昼、俺はノエルに接触したんだ。食堂街でな」


 はあ、さすがはスカウト。ニンジャばりの素早い行動じゃん。姫様の参謀になるだけあるわ。


「ガトーが聞き出したことによると、ブッシュさんが抜けたせいでパーティーが弱体化したと、ノエルも考えているようです」

「お前は多分サバランの旅籠にいるとノエルに聞いた俺は、あの食堂で張っていたんだ。まあ仮にも冒険者が芋洗いだの食器下げだのやらされてるとは思わなかったが……」

「ほっとけ。俺の人生だ」

「そうしたら、さっそく決闘騒ぎだ。……お前、ナイフ勝負で相手を圧倒したじゃないか。俺が集めたブッシュの情報と違いすぎる」

「火事場のクソ力だろう」


 無口なムキムキ戦士が、ここだけは口を挟んできた。


「俺達近衛兵は王族警護が仕事だからあまり前戦には出ないが、魔王軍と戦う兵学校同期から、そんな話をよく聞く。生きる死ぬの戦場でこそ開く能力があるとな」

「いや、俺の勘だと、もっと特異な能力だ。なんせブッシュは途中までただの素人だったからな。とても短剣使いとは思えない、包丁すらろくに操れもしないような。……それが、わが兵トップの短剣使いでも不可能なほどの凄い技を見せた。いきなり」


 なあブッシュ……と続ける。


「お前、なにか隠しているだろう」

「いや……」


 そういや、隠してることがあるっちゃある。それは俺が転生者であることだ。転生に伴ってなにかの能力を得たのだろうか……。いや、違う気がする。それならそれで、自覚できているはずだし。


 なにか憑依転生に伴い、特殊なことが起こったのかもな。そもそも転生したこと自体、よくよく考えてみれば奇跡だし。


「別になにも隠してはいない」


 とりあえず秘密にした。こいつらの……というかこの世界のあり方が、まだよくわからない。転生者だと明かした途端、実験動物扱いになって拷問も同然の実験をされないとも限らないからな。あるいは宗教上の異端者扱いになって火炙り処刑とか。


「そうか……」


 前のめりになって、俺の目をじっと見つめてきた。奥の奥を探るかのように。


「……ならまあ今は、そういうことにしておいてやろう」


 ふわふわの座席に深く座り直すと、ほっと息を吐く。


「王女、こいつはやはり大馬鹿枠です」

「それよりよ、姫様。力が落ちた件に関し、ランスロット卿はなんて言ってるんだ」

「少し体調が悪いだけだと……」


 王女は心配顔だ。


「ですがノエルの見立ては違います。あなたの力を失ったためだろうと、昨日話してくれました、ガトーに」


 悲しげに、顔を歪めてみせた。


「いろいろあって、わたくしは直接会えません。なのでガトーに探らせたのですが……」

「姫様、あんたノエルを知ってるのか」

「ええ。幼なじみですから」

「へえ……」


 意外だわ。子供の頃から王女の側近なら、家柄はトップクラスのはず。なんでそんな箱入り娘が、たかが貴族にこき使われてるんだ。


「なら教えてくれ。ノエルは借金のためにランスロット卿のパーティーを抜けられないと聞いた。それは事実なのか」

「それは……」


 王女とじいが目を見合わせた。馬車が沈黙に包まれると、外の樹々でさざめくムクドリかなんかの啼き声が聞こえてくる。


「いいでしょう……。王家の頼み事をするのです。あなたには包み隠さず話します。……実は、恐ろしい事情があるのです」


 ほっと息を吐くと、王女は話し始めた。ノエルを襲った、悲惨な事件のことを。



●次話「ノエルの悲劇」。ノエル……

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