2-A ランスロット卿パーティー、最悪のランチ(ノエル視点)

★ノエル視点のアナザーサイドストーリーです★

ノエル:ランスロット卿パーティーのヒーラー。第一話でブッシュを助けてくれた娘。




「くそっ!」


 忌々しげに、重戦士タルカスがパンを食堂テーブルに叩きつけた。大きな音がしたから私、思わず体を縮めちゃった……。


「おいおい。そういきり立つな」


 メイジのボーリックが、呆れたように手を広げてみせたわ。


「ノエルが驚くぞ」


 私を見て笑っているわ。


「いえ、私は平気です」

「それはなにより。じゃがいずれにしろ、ランチの味が落ちるわい」

「ふん……」


 不満げに、タルカスがボーリックを睨む。


 ブッシュが抜けて二日目。ランスロット卿のパーティーは、今日も調子最悪。いつもなら瞬殺の雑魚に手間取り怪我人続出する始末だもの。誰の目にも異変は明らかだからみんな、ぴりぴりしてるわ。


 結局昼前に探索を諦め、旧都遺跡からボーリックの空間魔法で王都に戻ってきた。今、全員で昼食にしているところよ。今日はこれで解散し明日一日を休日にして休養を取り、明後日から探索に復帰すると、ランスロット卿に告げられたの。


「ノエルはいいよな。後ろのほうでちまちま回復だけしてればいいんだからよ」


 タルカスに見つめられた。


「ごめんなさい」


 とりあえず謝っておくわ。回復魔法を失敗したわけでもないし、戦闘での怪我は、別に私が悪いわけじゃない。でも前衛職が辛いことは、よくわかるしね。パーティーメンバーのメンタル面ケアだって回復魔道士の大きな役目だと、私は思ってる。


「最前線の俺だけじゃないかよ、痛い思いをするのは」

「仕方ないでしょ、あんた重戦士なんだから」


 スカウトのエリンは、野菜のスープをせっせと口に運んでいる。彼女は野菜が好きなのよ。もともとスカウトは野山を駆け巡るジョブ。密命を帯びた長期遠征とかだと、いちいち獣を狩る時間がなかったりする。すぐ採れる木の実や果実、草木といった植物食は、身に付いたスキルも同然だから。


「嫌ならジョブチェンジしたら、メイジとかに。……まあ脳筋のあんたに、メイジなんか務まるわきゃないけど。あははっ」

「ちっ」


 まだぶつぶつ言っているわ。


「リーダーはリーダーで、気取った飯なんか食いやがってよ。仲間と一緒のテーブルで、飯も食えないってか。クソ貴族野郎が」

「あら……」


 エリンが含み笑いする。


「聞こえちゃうわよ、タルカス」

「知るか」


 このテーブルで食べているのは、私、エリン、ボーリック、タルカスの四人だけ。パーティーリーダーのランスロット卿は、横の上質なテーブルを、ひとりで独占。優雅な手付きでコース料理を堪能してるの。あそこは貴族席。私達庶民は座ることすら許されないから……。


「また怒鳴られるぞ、タルカス。お主は昨日今日と、卿にどやされてばかりではないか」

「ほっとけ。お前こそちゃんと詠唱しろ。耄碌もうろくしてスペル忘れたんじゃないか、じじい」

「なんじゃと……」

「実際そうだろ。今日だってお前の魔法、威力半減だったじゃねえかよ」

「たまたまじゃろう。どんなモンスターにも、種族の固有値を大きく外れる個体はおる。強い方向に上振れしたモンスターに遭遇することなど、過去にもあったことじゃ」

「偶然だと……」


 睨んだ。


「昨日も言ってたけどお前、出遭うモンスター、全てが上振れとか、あり得るのかよ。しかも二日も続けて」

「そこは……」


 悔しそうに、ボーリックは溜息をついた。


「……たしかに」

「まあまあ。タルカスのステーキ、おいしそうじゃん。それ食べて機嫌直したら」

「そもそもエリン、お前だってダンジョンで方向間違えたろ」

「たしかにそうじゃのう」

「それは……」


 木のスプーンを置くと、エリンは唸った。


「地下ダンジョンなんて、見た目変わらないからね。くねくね道を辿り、何度も右だの左、時には斜め右手前とか曲がってみなよ。忘れるって。……しかも間に戦闘が入ったりもするからね」

「居眠りでもしておったのじゃろう」

「違うわよ、じいさん。あんたこそ足腰弱ってるから、やたらと転ぶし」

「もう一度言ってみよ……。なんならここで術式を起動してやろうか……」

「せいぜい、舌噛まないようにね」


 ぷいっと、エリンは横を向いてしまった。


「ちっ……」


 テーブルに沈黙が降りた。この調子で、この二日、やたらと口争いとか喧嘩が多い。パーティーのギスギス、極まれりだわ。ランスロット卿にしてからが、仲間に気遣ってねぎらうどころか、一緒になって怒鳴り合ってるし。雰囲気最悪。


「思うんですけれど……」


 蜂蜜パンのサンドイッチを置くと、私は切り出した。


「この苦境、やはりブッシュを追い出したからでは」

「それはもう、昨日検討したじゃろ。あやつは無能。いようがいまいが変わらん」

「行軍速度が落ちない分、いないほうがマシまである」

「休憩の間もつまらない親父ギャグ飛ばすから、あたしも割と閉口してたし」

「でも……、ブッシュが居なくなった瞬間から、私達のパーティーは弱くなった。それも劇的に。それは皆さんも感じているでしょう」

「まあ……」


 いやいやといった様子で、ボーリックが頷いた。


「外形的な事実としては、たしかにそうじゃ」

「でも理屈が通らないじゃない」

「エリン、世の中には複雑に絡み合う因果関係というものがあるのじゃ。実際わしのようなメイジは、空間に漂う魔素、つまりマナからそうした因果関係のようなものを紡ぎ出し、術式として効果を得ておるわけで……」

「でもボーリック。あんたもさっき、ブッシュなんか関係ないって言ってたよね」


 エリンが睨む。


「言ってることが矛盾してるし」

「だから、そういう『可能性』はあると言っておるのじゃ。……ただ、蓋然性がない」

「可能性とかガイゼンなんちゃらとか、うるせえなあ。もう首になった奴のことなんか、今更どうでもいいだろ」


 タルカスがまた、皿を叩いた。


「それですけれど……」


 私は、パーティーを見回した。もう全員、食事は終えた。茶だの酒だので余韻を味わっているタイミングだから、切り出し時だわ。


「皆さん、ブッシュの影響もありうるとは、内心感じていますよね」

「……蓋然性はない」

「関係ない」

「居なくなってせいせいした」


 王命パーティーに参加するくらいだからみんな腕が立って、プライドも高いの。強がっているわ。けど表情を読む限り、私の説にもある程度、理解は示してくれているみたい。だって私達は初心者じゃあない。あちこちの戦場で、各人それなりに修羅場を潜って今、ここにいる。感情として納得はできなくても、戦略としてどうかはまた別。――そのことはわかっているはずだもの。


「なら、苦戦の原因とかブッシュが無能とかは、いったん考えるのを止めましょう」

「……止めてどうするのじゃ」


 疑い深げな瞳だ。


「簡単ですよ。ブッシュをまた、仲間に入れるんです」


 私の提案に、昼食のテーブルは重い沈黙に包まれた。ここが正念場ね。私、ブッシュのためにも頑張るわ。



●ノエルの提案は仲間にインパクトを与えたが、思わぬ波紋を巻き起こしてしまう。

次話、明日公開。

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