2-6 マカロンの秘密
「今日は大変だったねー、パパ」
仕事を終え、質素なまかない飯を済ませて部屋に戻ると、マカロンはベッド代わりの麦わらに身を投げた。
「あたしも疲れちゃった」
「そうか……そうだよな」
「もう寝ていいかな」
「だめよ、マカロン。お風呂がまだでしょ」
「お風呂なんて、入ったことなかったじゃん。めんどいよ」
口を尖らせている。
「それは、お家が無かったからよ。こうしてお家があるんだから、毎日入らないとダメなの。昔はあなたも、毎日入っていたでしょ」
「そんなの、覚えてないし」
赤ん坊の頃の話だろうか。最初に会ったときの汚れ方からして、少なくとも一年以上はホームレスをしてたはずだ。なんなら物心ついたのは、もうホームレス時代だったってことすらあり得る。実際こうして、風呂の記憶がないくらいだからな。
「じゃあふたり、入ってこいよ。俺は寝床を整えとくからさ」
「ダメ。ブッシュさん、手を怪我してる。体なんて洗えない。……マカロン、あなたがパパを洗ってあげなさい」
「はーいっ」
嬉しそうに手を挙げた。
「考えたら、パパとお風呂に入るの、生まれて初めて。楽しみだなーっ」
「私はここで用足しします。ちょっと……やることがあるし」
「おう」
「マカロン眠そうだし、先に入れてあげて下さい」
「わかった」
なぜか忙しそうなティラミスに、部屋を追い出された。ガキの風呂の入れ方とかよくわからん。髪を洗ってやってから、体を洗ってやればいいだろ。たしかに俺も左手は使えないから、こいつに洗ってもらえばいいし。先に洗えば、あとは勝手に真似して洗ってくれるはずさ。
「ほら、パパ。こっちこっち」
一緒の風呂がよほど嬉しいんだろう。手を引いて、従業員風呂のある一階隅へと向かう。もう全員済ませていて、俺達が最後。なんたって最底辺の下働きだからな。一番風呂なんて、使わせてもらえないのさ。
昨日入ってわかったんだが、この宿の風呂、割と日本的。いやつまり、脱衣場と洗い場、風呂桶がある。街中は欧州風の
「パパ、脱がせてあげようか」
俺の世話するのが嬉しくて仕方ないといった声だ。
「いや平気、自分でできるから……ってお前」
思わず絶句した。だってよ、とっとと裸になったマカロンにアレ、付いてなかったからさ。
「マカロン……お前、女だったのか」
「そうだよ。言わなかったっけ」
けろっとしてる。
「あたし女だし。……なにか変?」
「いや別に」
男と間違えてたとか正直に言うのは、はばかられた。五歳かそこらとはいえ、傷つくかもしれないからな。
「ほら、入ろ、早く」
「お、おう……」
下半身を隠すか一瞬悩んだが、その前に手を引かれた。もういいわ。別に見られても。考えたら相手は五歳、しかも親子だ。気にする必要もない。
「パパ、手を使えないでしょ。体洗ってあげるね」
「頼む」
俺が洗ってやるより先に、勝手に始めたか。まあいいわ。小さな手に石鹸を泡立てると、背中から腹から洗ってくれる。多分、ティラミスのやり方見て真似してるんだろう。
「パパの体って、あたしやママと違うね」
「そこは自分で洗う」
「どうして」
って、断る前に洗われたわ。まあいいか、親子の入浴だと思えば。
「ほら、お前の番だ」
「うん。きれいにしてね」
「ああ」
右手だけで、背中と髪、腹から上と足を洗ってやる。
「あとは自分で洗え」
「うん」
そういや今気づいたが、マカロンは自分に主語を使わなかった。だから男女がわからなかったとも言える。外見だってまだ五歳だし。でもたしかに今日は「あたし」って言ってた、あのナイフ対決のとき。あのとき女だと気づくべきだったのかもしれないが、こっちもテンパってたからなあ……。
「ほら、湯船に漬かるぞ」
「うん。……わあ、あったかーい」
俺に背をもたせかかってきた。
「気持ちいいねー、パパ」
「そうだな」
「後ろからぎゅって、抱っこして」
「甘えん坊だなあ、マカロンは」
「だって、パパができたら抱っこしてもらうの、夢だったんだもん」
「そうか……」
なんだか胸がぐっとくる。かわいそうに……。強がっていても、やっぱり寂しかったんだな。残酷な世界で、母親とたったふたりのホームレス暮らしが。街を行き交う幸せそうな家族を見てきたはずだし。
「いくらでも抱いてやる。俺がお前を幸せにしてやるからな」
「わーいっ」
右手で抱いてやると、嬉しそうに笑った。
「ママも一緒に入ればいいのに」
「なんか忙しそうだったからな」
「そうかな」
「ああ」
それにあっちはマカロンと違い、体としてはもう大人だ。いくらなんでも一緒の風呂とはいかない。
それにしても……。
心の中で、俺は溜息をついた。
マカロンって、女勇者に育つんか。知らんかった……。
なんせ小説、冒頭部分しか読んでないからな。あそこではマカロンの容姿やなんやかやは描写されてなかったし。
そういや、表紙はどうだったかな。マカロンの全身イラストだった気がするが、なんせスマホにダウンロードした瞬間、読み始めたし、よく覚えていない。露出激しい女子防具とかだったら気づいたはずだが、なんか知らんが妙にサイバーパンクっぽい、奇妙な服だったからなあ……。ファンタジー世界なのに、これありかよってくらいに。胸が膨らんでいたかすら、思い出せない。
「もういいかな、パパ。熱くなってきた」
「そうだな……」
ガキの頃の遠い記憶を、俺は思い返した。
「あと十、ゆっくり数えろ。そうしたら上がろう」
「うん」
なんか、こうやって親に言われてた気がする。あのときは早く出てテレビ見たいの一択だったが、今こうやって自分が親の立場になってみると、あれ、子供が湯冷めして風邪でもひかないようにっていう、親心だったんだな。かりそめとはいえ俺も親になった。その気持ち、痛いほどわかるわ。
「いーち、にーい、さーん……」
マカロンの声を聞いていると急に、幸福感が胸の底から湧いてきた。
マカロンとふたり、すっかり温まって地下室に戻ると、ティラミスが寝る準備を全部してくれていた。もちろんその後、風呂に入ったティラミスとマカロン、三人で前日のように川の字で眠ったさ。
すうすうと、ふたりの寝息を聞きながら、真っ暗な闇に抜ける天井を、俺はぼんやり眺めていた。
「俺、娘ができたのか……」
勇者だと知っていたから、マカロンは男で強く育つと、なんとなく思い込んでいた。でも女の子だとすると、やはりちゃんと守ってやらないとならない。それにティラミスもそうだ。ママではあるものの、引いて考えれば中身俺社畜の子供でも不思議ではない歳だ。
言ってみれば、俺にふたりの娘ができたに等しい。前世独身孤独激務底辺社畜の俺にだ。この繋がりは大事にしたい。
きちんと、ふたりを立派に育ててやらないと……。
暗闇の中、俺は改めて決意した。
●次話はノエル視点のアナザーサイドストーリー。
ノエル:ランスロット卿パーティーのヒーラー。第一話でブッシュを助けてくれた娘。
四人パーティーとなったランスロット卿一行は、ブッシュ追放以降、毎日雑魚に苦戦。ついには仲違いからパーティー分裂の危機を迎える。そのときノエルが、あるとてつもない提案をする……。
次話「ランスロット卿パーティー、最悪のランチ」、明日公開!
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