モブ転生して妻子を養う「パパ活したら楽しい」説 ――ゲーム転生直後に追放され、異世界でも最底辺に転落した俺。勇者に成長する孤児を拾うと、美少女ママが付いてきた。よしきた俺は子供と家族のために生きるぜ!
2-5 家族を養う金をなんとしても手に入れてやる
2-5 家族を養う金をなんとしても手に入れてやる
いかん……俺、負けそうだ……。
指を三か所も傷つけ、テーブルには俺の血溜まりが広がってきた。俺の左手は、血の海に浮かぶもみじのようだ……。
「パパッ!」
「大丈夫だ、マカロン」
言ってはみたが、どうともならない。絶望が心に広がった。と――
「――って、うおっ!?」
突然、俺の手が加速した。
――たたたたたたたっ。
動画の倍速消化並の速度。しかも指にナイフを刺さずに済んでいる。マジこれ、早送りで現実を見ているかのようだ。
「おっ!」
「ブッシュが……」
「すげえ……。こんなん見たことねえ」
「やばいぞパパタナシュー、加速しろっ」
「ブッシュお前、ガチ短剣使いだったのか……」
「そのスキル、なんでこれまで隠してきた」
「そうだそうだ。それがあるなら無能とか陰口叩かれなかったのに」
いや知るか。俺社畜の力じゃない。多分だが、俺の「ガワ」になったブッシュって野郎が、チートスキルかなにか持ってたんだろうさ。なんでそれを使わず無能扱いされてたのかは、俺は知らんが。
それか、自分でもよくわからんが中身の俺社畜が、なにかに覚醒でもしたとか。……よくわからんがとにかく、あっという間に追いついた。
「くそっブッシュめっ!」
相手も加速した。九周を回ったのが、ほぼ同時。パパタナシューのほうが、わずかに早い。そのとき――。
「いてっ!」
野郎のナイフが、人差し指をかすったようだ。
「よしっ!」
「行けっブッシュ、チャンスだ」
「ブッシュッ! ブッシュッ!」
「パパ!」
「ブッシュさん……」
テーブルを取り囲んで皆が大声を上げる中、受傷でもたついたパパタナシューを抜き去り、俺のナイフが、親指と人差し指の間に戻った。
「ゴールっ!」
審判が叫んだ。
「勝利者、ブッシュっ!」
「うおーっ!」
「マジかよ!」
店内はもう、大騒ぎだ。
「無能のブッシュ、あだ名返上だな」
「口だけブッシュで有名だったのに」
「ナイフが良かっただけだろう」
誰か知らんが、余計なお世話だ。
「パパーっ!」
マカロンが抱き着いてくる。血まみれのテーブルから、俺は手を離した。
「文句ねえな、パパタナシュー」
「お、おう……」
切れた人差し指を握ったまま、顔を歪めている。
「俺の負けだ、ブッシュ」
じっと見つめてくる。
「これまで馬鹿にして悪かった。あんたには、でっけえタマが付いてやがる。……おい、金貨を出してやれ」
「あ、ああ……」
パパタナシューの仲間が巾着から金貨を取り出すと、俺の前に置いた。直径五センチくらいか。思ったより大きい。俺の血溜まりの真ん中だから、赤に金色の、奇妙な日の丸のようだ。
「パパタナシュー、お前さんはさすがだな。約束を守るなんて、さすがは冒険者だ」
一応、持ち上げておいた。逆恨みされて夜襲とかはカンベンだからな。勝者ほど、敗者に気を配らないと。
「パパタナシュー、あんたが公正に戦ってくれた礼だ。あんたのパーティーからギャラリーまで、ここで飲んでる全員に、俺が酒を一杯奢るぜ」
おおーっと、歓声が上がった。誰彼ともなく、肩を叩かれる。
「ブッシュ、おめえ男としてレベル上げたな」
「追放されて、なにか覚醒したんか」
「今のお前なら、雇ってくれるパーティーだってあるぞ!」
そうかよ。現金な野郎どもだわ、全く。
「マカロン、金貨持って厨房で注文しろ。……ちゃんとお釣りはもらうんだぞ」
「うん、パパ!」
金貨に付いた血を服で拭うと、厨房へと走る。
この世界の通貨価値は、まださっぱりわからん。だが金貨なら、相当に高額なはず。たとえば転生前の世界で言えば、一万円相当ってこたないだろ。それに百万は行かないな。そこまで高額だと、パパタナシューがあっさり賭けのチップにするはずがない。
おそらく十万とか、そのあたりの感覚だろう。こいつはパーティー全員の「今日の稼ぎ」だと言っていた。数人が命がけで一日働いての報酬と考えれば、まあ妥当だ。
なら酒なんか何杯奢っても、俺は大儲け。家族を養う原資にできる。マカロンとティラミスに、外出用の服を買ってやりたいしな。ちょっとした菓子くらい食わせてやったら、マカロン、大喜びだろう。ティラミスだってママとは言えど、俺の世界なら女子高生になったかどうかくらい。この世界にケーキがあるのか知らんが、食べさせてやったら喜ぶに違いない。
「ブッシュさん……」
勝負の行方を黙って見つめていたティラミスが、スカートの裾を引き裂いた。かわいいひざが丸見えになったが、かまわず手の血を拭いてくれる。
「手当てします」
細く裂いた布を、俺の指に巻いてくる。器用に。
「すみません……」
包帯代わりの布に、涙がぽつりと落ちた。
「マカロンのために……こんな……」
手当ての済んだ手を、胸に抱く。
「気にすんな。俺はマカロンのパパだ。家族を守るのは当然じゃないか」
「はい……はい」
ティラミスの瞳から、透明な涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
「泣くなティラミス。痛くもなんともないぞ、俺は」
精一杯、強がってみせた。まあ実際は、どえらく痛むんだけどな。
「パパー。お酒、料理長さんが持ってきてくれるって」
マカロンが戻ってくると、大歓声が巻き起こった。
「いやーいいものを見せてもらったわ」
「今晩は酒がうまいな」
「そりゃおめえ、ただ酒だからだろ」
「そうとも言う」
もう大騒ぎ。ティラミスとマカロンを抱いたまま俺は、酒場の喧騒に身を晒していた。家族を守ったという満足感に包まれて。
……だが俺は気づかなかった。食堂の隅、薄汚れたスカウト装束の男がひとり、喧騒に参加せず、酒を手にいきさつをすべて見ていたことを。それが翌日、とんでもない事件を引き起こすことも。
●パパタナシューとの決闘に勝った夜、ブッシュはくつろぎの時を迎える。怪我で体を洗えないブッシュに、マカロンは一緒に入って洗ってあげると大喜び。だが……。
次話「マカロンの秘密」明日公開。お楽しみに!
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