2-3 家族を守るため、決闘する

 二日目の夜。朝から晩までこき使われて、俺はもうふらふらだ。それでも仕事は山ほどある。宿屋の食堂で出す晩飯の下ごしらえが終わると、料理長に命令され、食堂の配膳と片付けを手伝うことになった。なんせ今は晩飯ピーク時間帯。食堂は冒険者でごった返してるからな。


 ひとり結婚して辞めたとかで、ホール担当はティラミスとマカロンだけだ。マカロンは五歳だし、ほぼほぼティラミスの痩せた肩に頼り切りなんだから、そりゃ俺が行かんと回らないだろ。


「おいおい、ブッシュじゃねえか」


 空いたテーブルを拭いていると、横から声がかかった。ガタイのいい冒険者だ。


「お前、とうとうランスロット卿のパーティー追い出されたんだってな」


 知るかよ。俺、雇われた経緯も首になった理由も知らんし。それにそもそも、中身の俺社畜からしたらお前も初見だわ、おっさん。


「もとより、卿のパーティーは王の特命で動いてるからな。お前みたいな口だけの坊やが入れたのが奇跡だったんだわ」


 野郎のテーブルが、どっと湧いた。脂っこい汗の浮いた、薄汚れた一団。おそらくダンジョン帰りかなんかだろう。臭い。とっとと風呂入ってこいって怒鳴りつけたいくらい。


「あんたらは、よっぽど稼ぎのいいパーティーなんだろうな」

「そりゃそうさ」


 胸を張ってやがる。


「ダンジョンで屑拾いだろ。儲かるらしいじゃないか」

「なにい……」


 男が目を細めた。おや、頭悪そうなのに、嫌味には気がつくんか。


「負け犬のくせに、このパパタナシュー様にケチつけるのか」


 おそらく、ダンジョン屑拾いドンピシャだな。顔が赤くなったし。


「ブッシュ、お前なんぞ、冒険者で生きていけなくなって、こうして旅籠の下働き。底辺落ちしてる負け犬じゃねえか」

「パパは負け犬じゃないよ!」


 マカロンだ。小さな体で、思いっ切り胸を張って相手を威嚇している。さすがは勇者の「素」ってところか。


「よせ、マカロン」

「負け犬じゃないもん」

「なんだブッシュ、お前の隠し子か」


 鼻白んだ顔となる。


「いやいや。あいつ、女なんていた試しないし」

「女郎屋も行ったことないって話だぞ」

「パパは凄いんだ。あたしとママを守ってくれるし、剣術だって凄いんだからね」

「わははははははっ」

「こいつは愉快だ。ブッシュの剣が凄いんなら、俺なんか剣聖だわ」

「ブッシュの短剣術は、焚き木削りにしか使えないって噂だからな」

「パパを笑うなーっ」


 木のジョッキを引っ掴むと、パパタナシューとかいう野郎に、酒をぶっかけた。


「……」


 瞬時に、食堂が静まり返る。


「このガキ……」


 顔をゆっくり拭いてから、野郎が立ち上がった。


「すみませんでしたー」


 俺は大声を出した。とにかく、取引先が怒ったら、意味不でもなんでも謝っとけばいいのさ。俺はそれで何度も窮地を乗り切ったからな。それにしてもマカロン、意外に気の強いところもあるんだな。さすが将来勇者になって主人公を張るだけあるわ。ちょっと感心した。


「許してくださいーっ」


 深々と頭を下げる。食堂中の視線が野郎に集まるからな、こうすると。あいつが理不尽にこちらをいじめている印象が出る。これも戦略さ。なに、頭なんか下げたって、俺のプライドは一ミリも傷つかない。俺は筋金入りの社畜だからな。前世でドブの底を這い回って生きてきた。いくらでも謝ってやるさ。


 それに、ここを追い出されるわけにはいかんしな。おっさんである俺はともかく、ティラミスとマカロンにとっては今、ここが生命線だ。


「許すわけないだろ。こっちは客だぞ」

「俺に免じてどうかお許しを」


 アホらしいが、下手に出てやる。


「お前に免じて……だと」


 じっと見つめてきた。


「なら、これをやってみるか」


 腰の短剣を、テーブルに転がす。


「は?」


 意味わからんし。


「酒場で喧嘩はご法度だ」


 サバランから、そう聞いてるからな。てか剣持ち出して命のやり取りとか、嫌なこった。


「誰が喧嘩すると言った。これよこれ」


 指を広げて左手をテーブルに付くと、短剣でトントンし始めた。指の間を。親指と人差し指の間、次は人差し指と中指の間、親指と人差指の間に戻って、さらに次は中指と薬指の間へと。


「こうして薬指と小指の間まで行ったら、逆に中指と薬指に戻る。人差し指と中指の間まで戻ったら、一周だ」


 映画で見たことあるわ。大昔の海賊が、そうやって度胸試ししてた。


「で、これを十周、連続だ。同時に始めて、俺より速く終わったら、許してやる。おまけに金貨を一枚やろう。今日俺達が拾ったお宝を、冒険者ギルドに売った金だ」


 見下したように、俺を見て笑ってやがる。野郎の仲間も同じだ。


「おい止めてやれよ。ブッシュが勝てるはずない」

「パパはやるよ。勝てるもん」

「そいつは楽しみだ。お前が負けたら、さっきの無礼の償いをしてもらう。そこの女を一晩よこせ。そいつのママなんだろ」


 ティラミスを指差す。


「おいおいお客さん。勘弁してくれないか」


 さっそく始まったか。痩せてることさえ気にしなければ、ガチ美少女だからな、ティラミス。これまではスラムで薄汚れていたから誰も手を出さなかっただけだろうし。きれいに洗った今のティラミス、このムキムキ野郎より、今はよっぽど清潔だ。


「それはいくらなんでも無茶だろ、えっ」

「無茶でもなんでもだ」

「ふざけんな脳筋。誰がやるか」


 客だと思って下手に出てたが、ここまで滅茶苦茶なら、キレてもいいよな。サバランだってわかってくれるはずだ。


「やらないなら、お前の負けと同じ。不戦敗だ。よって、その女をもらう」

「汚いだろ、それじゃ」

「ママ……」


 マカロンが涙目になった。


「パパ……ごめんなさい」

「大丈夫よ、マカロン」


 しゃがみ込むとティラミスは、マカロンの瞳を正面から見つめた。安心させるように微笑む。


「あなたのパパはね、強い男だもの」


 立ち上がると、俺の手を取る。


「やってみましょう、ブッシュさん」

「でも……」


 いやできるよ、そのくらい。ゆっくりでよければな。……でもこいつ、これを決闘の手段に選んだからには、自信があるはずだ。勝てるとは思えない。


 てかそうだよな。これ「決闘」じゃんよ。俺、異世界二日目なのに、悲惨の極地だろ。初日は追放されて追い剥ぎに遭った。二日目は仮初かりそめの関係とはいえ、嫁を懸けての決闘とか、地獄すぎる。異世界、ハードモード極まれりだろ、これ。


「マカロンが見てます。……お願い」


 ひそひそと、俺の耳に呟く。いやそりゃ、かわいそうな孤児に、父親の強いところを見せてはやりたいけどさ。負けたとこ見せたら、逆効果だろうし。それに……。


「負けたらティラミス、お前どうするんだ」


 このムキムキ野郎に一晩自由にされるんだぞ。そりゃ、十歳かそこらで子供産んでるんだから、いろいろあったのかもしれない。でも、これからも悲惨でいいって話じゃない。曲がりなりにも一家の主として、ふたりを守る義務が、俺にはある。


「大丈夫。ブッシュさんは負けないから」


 強い瞳で見つめられた。ティラミスお前……きれいな瞳だな。澄んでて。それに強い力を感じる。十五歳とは、とても思えない。なんなら前世のだらけ切った俺より、大人を感じる。それに……不思議だ。ティラミスにそう言われると、なんだか負けない気がしてきた。


「やってみるか……試しに」


 俺は腹を決めた。どうせ前世底辺社畜、それにこの世界でも最底辺の追放モブスタートだ。なにがあったって、それよりはマシだろ。なら、暴れるだけ暴れてやるさ、生きている証として。




●決闘に挑んだブッシュ。だが当然、素人の中身社畜がそうそううまく立ち回れるはずもなく、徐々に遅れを取った上に、指を何箇所も傷つけてしまう。そのときブッシュは……。

次話「家族のためなら痛みなどない」、明日公開。お楽しみに!

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