2-2 家族の朝飯を確保する

 目覚めると、温かかった。マカロンが俺に抱き着いていたからだ。おまけにマカロンを包むようにして、ティラミスも俺の胴に腕を回してすうすう言っている。


 川の字で寝たはずだが、今はサンドイッチといったところ。ふたりの体温を感じるんだから、そら温かいわけだわ。


 今、何時だ。


 なんせ、ここは地下室だし窓がない。薄い掛け物を通してもなんとなく底冷えしているから、もしかして夜明けかもという気配だが。まあ真っ暗なだけ、よく眠れるのは利点だ。……漬物臭くて湿気てるけどさ。


 朝かどうか確認しに行きたいが、そのためにはふたりの手を引き剥がして起きなくてはならん。俺をパパと慕う子供に、年端も行かない母親だ。スラムのごみ溜めで寝ていたに違いないふたりが、藁とはいえ一応寝台で眠れてるんだ。起こしたくはない。


 うーむ……。


 ティラミスの手をそっと掴むと、マカロンの上に。次にマカロンの腕を……って、無理だなこれ。夏のセミかよってほど、しっかり樹(俺)にしがみついてやがる。


 このガリガリで甘えん坊のガキが、小説主人公の勇者に育つってのか。


 そもそも俺、原作小説のこと、なんも知らんしなあ……。全ての元になったゲームは未プレイ。ゲーム原作のアニメだけは消化したが、アニメにはマカロンは出て来ない。もちろんゲームでもそうだろう。なんせ同じ世界線ではあるものの、主人公からなにから違うスピンオフ小説だからな。


 しかも俺、肝心の小説すら読んでない始末だ。というか読み始めたばかりで死んだから、マカロンが将来どんな冒険をするかとかどういう能力持ってるのかとか、全然知らない。せめて死ぬ前に読み切るだけの時間があれば良かったのに……。


「ふふっ」


 暗闇で声がした。


「起きたんか、ティラミス」

「すみませんブッシュさん。なんだかおかしくて」


 まあそりゃそうか。ティラミスから見れば、俺はおっさん。なのに気づかれずに子供の腕を外そうと、もぞもぞしてるんだからな。


「マカロンは一度寝るとなかなか目を覚まさないの。だから大丈夫ですよ」

「そうか。……朝かどうか、知りたくてな」

「夜が明けた頃ですよ。五時十二分」

「マジか。よくわかるな、時計無いんだろ」

「その……勘です」


 当たってたら、たいしたもんだわ。


「サバランさんは、六時から仕込みを手伝えって言ってました。だからまだ寝ていられますよ」

「そうか……でも一応、おっさんの顔見てくるわ。できれば仕込みの前に朝飯欲しいし」


 俺はともかく、育ち盛りのふたりにはな。早く太らせて免疫力を付けてやらないと、病気も心配だし。


「じゃあ行ってくるよ」

「はい」


 マカロンの手を、そっとどけてくれる気配があった。


「おっ、マジ朝じゃん」


 真っ暗だったが、廊下の先だけは微かに明るい。一階の窓から朝日が射しているからだろう。


「おはようございます」

「おう、早いな」


 サバランのおっさんは、帳場でなにか、宿帳の整理をしているところだった。顔を上げて俺を見ると、メガネを外した。


「よく眠れたか」

「おかげさまで」

「あれだなー。ふたりとも、娘の服が似合ってたな。なんだか孫みたいで、ちょっとじわっと来たわ」


 遠い目をする。


「ならどうでしょ、ふたりに寝巻きなど頂けないでしょうか」

「おう、いいぞ。どうせ置いてあるだけだし」

「俺の寝巻きと普段着も下さいよ。これ一枚だと困るし」

「図に乗るな」


 じろっと睨まれた。


「お前は孫って柄じゃない。どう見ても下働きがいいとこだ。ランスロット卿のパーティーに拾われたこと自体、奇跡って噂されたの、もう忘れたのか」

「はあ……」


 なんだ俺――というか俺の「ガワ」、どえらく無能だったんだな、やっぱり。前世で底辺社畜で、せっかく転生してもどん底モブとか俺、悲惨すぎでないかい。


「……とはいえ、その下着姿でうろうろされては、困るっちゃ困る。あとでボロやるから、それを着とけ。替えはないから、ちゃんと仕事終わりに洗って干すんだぞ、毎日。不潔は許さん」

「はいです。その……俺の寝巻きは」

「そのうちな。お前がちゃんと働くとわかったら、考えといてやる」


 どけちハゲ。いいじゃんよ古着でいいんだから。……とは思ったが、もちろん口には出さない。俺の寝巻きより、今は家族のほうが大事だ。


「お願いがあります。俺はいい。でもティラミスとマカロンには、朝飯を今下さい」


 とにかく飯だけはきちんと食わせないと。痩せてると抵抗力もないだろうから、病気にでもなったらおしまいだぞ。この世界に高度に発達した医学とかないだろうしな。


「お前はいいのか」

「はい。俺は料理の下ごしらえのとき、野菜くずと肉の脂身でも炒めて食います」

「馬鹿野郎。脂身は夜のランプ用に取っとくんだ。野菜くずと魚のアラでなんか作れ」

「了解しました」

「よし、殊勝な心がけだ。それに免じて、ふたりにはパンとハムをやろう。パンはちょっとカビてて堅いが、ハムはいい品だ。置いてある場所は――」

「厨房の食材棚ですね。さっそく頂きます」

「なんだ、昨日の晩だけで、もう飯の場所覚えたのか。ちゃかりした野郎だぜ」


 苦笑いされたが知るか。とりあえずふたりに食わせないと。……もちろんこっそり、俺もひとかけくらいは頂くがな。これも生きる知恵だ。このくらいのチート、現実でも異世界でも許されるだろ。




●家族のため、懸命に働くブッシュに、顔見知りの冒険者が難癖を付けてくる。ティラミスとマカロンを守り養うため、ブッシュは自分より上位のクソ野郎に戦いを挑むが……。

次話「家族を守るために決闘する」、明日公開。お楽しみにー!

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