第二章 新米パパ、家族を養う

2-1 添い寝

「いきなりパパと言われてもな……」


 五歳のガキに抱き着かれ、俺は戸惑っていた。そもそも俺、パパって歳でもない。というか、この宿屋に押しかけて初めて鏡見たけど、普通に若返ってたわ。たしかにい俺の顔っちゃ俺の顔のままだったけど、見た目は二十歳そこそこ。転生前は出世レスの三十代底辺社畜だったからな。一回り以上、若くなってた。


 二十歳なら、パパはまだ早いだろ。いやティラミスが十代の母なところ見ると、この世界では二十歳パパが普通なのかもしれないけどさ。


「ダメなの……」


 涙目で見上げられた。


 痩せた野良猫のようなガキではあるが、抱き着かれると、思いもしなかった不思議な感情がむくむくと湧いてきた。守ってやりたいという。


 もしかしてこれ、父性感情か。そんなん無縁だと思ってはいたが、ちゃんと俺の遺伝子にも子供を思う感情が設計され、組み込まれていたのか……。


「いや、ダメとは……」

「ならいいんだねっ。わーいっ!」

「マカロン、あんまり無理を言ってはダメよ。ブッシュさんの気持ち次第だし」


 たしなめているが、ティラミス自体、俺を頼る気持ちが隠し切れてない。遠慮がちにちらちら見てくる瞳が潤んでいる。


 断ったらどうなる。俺がこのふたりを無情に叩き出したら……。


 あの腐ったスラムに戻るしかない。あそこであと数年でも生き続けられるか疑問だ。それにティラミスは、今なら普通に清潔でかわいい。ちょっと痩せているだけで。スラムをふらふらしていたら悪党にさらわれてどんな目に遭うか、目に浮かぶようだ。もしそうなれば、母親を失ったマカロンだって、すぐに死んでしまうだろう。まだ五歳かそこらだし。


 くそっ。


 くらくらしてきて、思わず頭を振った。夢なら早く覚めてほしい。


「やっぱり……ダメですよね。そうですよね」


 ティラミスの瞳が、じわっと潤んだ。今にも泣き出しそうだ。


「あーいや、そういう意味じゃない」


 そういや、俺に親切にしてくれたヒーラー、ノエルは予言していた。俺の前に素晴らしい運命が訪れると。これが、もしかしたらそうなのかな。てか、そう思い込むか……。


「……わかった」

「えっ……」


 ティラミスが目を見開く。


「俺がパパになってやる」

「うそっ!」


 言っちゃったよー俺。しかもはっきりと。俺、馬鹿じゃん……。


「嘘なんかじゃないさ。俺は今から、マカロンのパパだ」


 もうやけくそ。どうとでもなれだ。


「じゃあパパ、さっそくお願いしてもいい?」

「なんだマカロン」ヤケ

「一緒に寝ようよ。……憧れてたんだぁ。パパができたら、一緒に寝てもらおうって」

「おう、任せろ」


 あれだなー。開き直ると人間、全部どうでも良くなるんだな。意外に頑丈にできてるわ、人のメンタルって。


「へへーっ」


 いわゆる川の字って奴。俺とティラミスに挟まれて、マカロンは上機嫌だ。ベッド代わりの麦わらが、俺達の寝台。もうランプも消してある。


「これでいいんだな、マカロン」

「うん……。手を握ってて」

「ほらよ」

「ママも握って」

「早く寝るのよ」

「やだよ。すぐ寝たらもったいないもん。……だって家族三人、やっと揃ったんだよ。他の人みたいに」

「ふふっ……。すみませんブッシュさん」

「いいんだよ」


 やっぱり寂しかったんだな、マカロン。いくら優しい母親がいるとしても、家もなし父親もなしの身の上だったんだ。そりゃ当然だろう。


「ほら、安心して眠れ、マカロン」

「うん、パパ」


 目をきらきらさせていたが、そこは子供。マカロンはあっという間にすうすう言い始めた。


「すみませんブッシュさん」


 暗闇の中、ぽつんと声が聞こえた。


「助けてもらった上に、無理ばかり言って」

「そうぺこぺこ謝るな。俺の気まぐれ、俺が決めたことだ。ティラミスが申し訳なく思う必要はない。いいんだ。……てかそもそも、助けられたのは俺のほうだ。ふたりと出会わなかったら俺、多分野垂れ死んでたわ」


 マジそう思ってるからな。転生からの即追放、即追い剥ぎだからさ。あのまま即辻斬りとかで終わっても不思議じゃない。ゲーム開始早々の、超絶バッドエンドだわ。こんなクソアドベンチャーゲームある? ……って奴。


「ごめんな着たきり服のままで。そのうちサバランのハゲをうまいこと丸め込んで、寝巻きもらうからさ。娘の昔の服、まだあるだろうし。なんなら客の忘れ物とか」


 ここは冒険者宿。子供服の忘れ物があるかは微妙だ。だが小柄な魔道士なら、ティラミスはなんとか着られるだろう。


「私、お裁縫ができます。だから布さえあれば、大丈夫です」

「へえ……」

「お母さんに習ったんですよ」

「どんな家だったんだ」

「素敵な……」

「ティラミスの両親はなにやってるんだ、今」

「天国で暮らしてます」

「そうか……」


 ドジった。ガキふたりでホームレスだったんだから、不幸な事件があったに決まってる。俺、馬鹿かよ……。


 ティラミスの両親、つまりマカロンの祖父母は、死んだ。なにか事故とか病気とかで。だが、それならティラミスの連れ合い、つまりマカロンの「本当のパパ」は、どうしてふたりを助けなかった。


 これについても聞きたかったが、十歳かそこらで妊娠したんだ。こちらもどうせ悲惨な話に違いない。おそらくだがマカロンは、幸せな結婚で授かった子供じゃないだろう。両親が死んで露頭に迷ったティラミスを詐欺師がうまいこと騙して暴力的に孕ませたとか、どうせそんなところだ。


 両親の死もあって、ティラミスの心はずたずたに違いない。まだ十五歳かそこらだぞ。……だからこっちを聞き出すのは、いずれ頃合いを見てだな。


「もう寝ろ」

「はい、ブッシュさん」


 しばらく、沈黙が支配した。


「その……まだ起きてますか」

「おう」

「あの……私も幸せです。両親を亡くしてから、今夜がいちばん幸せ」

「わかったから寝ろ。明日からサバランのおっさんにこき使われるんだ。体力持たんぞ」

「そうですね」


 くすくすと、暗闇に笑い声が聞こえた。


「サバランさん、そんなに悪い人とは思えませんけれど」

「まあな」


 そりゃあな。商売人ではあるが、孤児のティラミスやマカロンに飯をめぐんでくれてたんだ。情がないわけじゃあない。分類すれば「いい奴」に入るだろう。だからこそ、追放された俺に対し、ノエルは「サバランを頼れ」と言ってくれたんだろうしさ。


「おやすみなさい、ブッシュさん」

「おやすみ、ティラミス」


 こうして、異世界転生初日がようやく終わった。一時はどうなることかと思ったが、なんとか寝床を確保できてよかった。ティラミスとマカロンという、謎家族までできたし……。


 ほっと息を吐くと目をつぶり、俺も眠る態勢に入った。疲れ切っていただけに、睡魔があっという間に襲ってくる。俺は、気持ちのいい眠りに入っていった。


 ……だがこのときの俺は、翌日またとんでもない事態になるとは、夢にも思っていなかったんだ。




●なりゆきで新米パパとなった翌日、ブッシュは家族のために朝飯をなんとか手に入れようとするが……。

次話「サバラン宿の朝」、お楽しみに!

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