1-2 お前それ、主人公の名前じゃんよw
「なああんた、ちょっといいか」
「サバラン? 知らんな。他を当たれ」
「あんたはどうだ」
「知らん知らん」
城壁の門に立つ衛兵をなんとかごまかして、王都に入り込んだ。とりあえず、さっき聞いたサバランとかいう奴に会って、今後を相談しないとならない。だが、さすが王都だけあって、どでかい。街をゆく誰に聞いても、サバランを知っている奴はいなかった。
「ちょいとそこの、いなせな兄さん」
脇から声がかかった。あでな感じの若い女。武器防具は装備していなし、露出の高い、派手な服を着ている。雰囲気からして、酒場女かなんかだろう。
「お兄さん、サバランを探してるのかい」
「ああ、知ってるのか」
「もちろん。ウチの店の常連さんだよ」
「マジかよ。そいつに会いたいんだけど」
「今なら店で飲んでると思うわ。……ついてきな」
「助かる」
城門から王宮に通じるメインストリートこそ立派だが、脇道に逸れると入り組んだ迷路のよう。ただでさえ狭く曲がりくねった道ばかりなのに、ここぞとばかり商品を並べ立てる商店のせいで、人ひとりすれ違うのがやっと。五分も歩くと、今どこにいるのかさっぱりわからなくなっていた。
「ほら、ここだよ」
女に案内されたのは、なんとなく裏寂れた路地で、看板すらない居酒屋だった。周囲に店なんかない。路地には目つきの悪い連中が、あちこち三々五々と固まっていた。あんまり歩きたくない場所だ。
「入んな」
心細かったが、ここはもう行くしかない。立ち食い蕎麦屋並に狭い店に入ると、カウンターに立つ太った親父が、俺をじろっと睨んだ。他には誰もいない。
「そいつは」
「サバランを探してるんだって」
「誰?」
眉を寄せた。それから女の顔を見て、頷く。
「……あ、ああ、あのサバランね。サバラン……サバラン、と」
上から下まで、検分するかのごとく俺を見回す。
「ここの常連じゃないか。しっかりしなよ、おまいさん」
「そうだったそうだった。常連だ常連。……今日はまだ来とらんな。飲んで待ってろ」
「ほらお兄さん、座って座って」
「まあ飲め」
なんだこれ、臭い酒だな。腐った芋で作った焼酎かよ。
「なんか食べ物ありますか」
とりあえず食わんと死ぬ。腹減り極地だし。
「これでも食いな」
「カビてるじゃないすか、このパン」
「贅沢だねえ、お兄さん。貴族の出かい」クスクス
「いつ頃来ますかね、サバランさん」
「もうすぐだよ。……そうぐっと」
「おう、いい飲みっぷりじゃねえか。おめえ男だな。……気に入ったぜ、俺は」
「お兄さん、ほらもう一杯」
……
…………
………………
「ここは……」
気が付くと俺は、薄暗い路地裏で倒れていた。頭がガンガン痛む。
「ひでえ酒だな……」
頭を振って、なんとか体を起こした。
「どこだ、ここ」
建物に遮られ、とにかく薄暗い。建物のこちら側には一切、窓がない。あらゆるところにゴミが捨てられている。そして臭い。小便とごみの腐敗臭。息をするだけで吐きそうだ。
「俺、誰だっけ……」
思い出した。そうそう、転生したんだわ。そんで王都に入って飲み屋に行って、見知らぬ世界で不安だったこともあり、勧められるままにガンガン飲んで……。
……って、その後の記憶がない。「大丈夫かい、お兄さん」とか「おっ結構持ってるじゃねえか」「スラムに捨てとけ」とか、ところどころしか覚えていない。もちろんここは、酒場のあった気味悪い路地でもない。あそこよりずっとヤバい雰囲気。最悪オブ最悪な雰囲気だ。
「てことはアレか、おい」
ない。金を入れた巾着が。腰の短剣も。着ていた革防具すら。間抜けな下着姿で、なにかの汁で濡れた地面に放り出されている。唯一、ポケットからカビたパンがひとつ出てきた。
「転生して早々、身ぐるみ剥がれるとか、こんな間抜けおる?」
キャッチバーだわ。サバランを知ってるとかいう嘘を真に受け、あんなカスにカモにされて。いくら転生直後で心細かったといっても、ほいほいついてった俺、バカの極みじゃん。
「くそっ……」
泣けてきた。右も左も分からない異世界で、もらった金だけが生命線だったのに……。金どころか服すらない。パンツ姿の間抜け野郎、それが俺。
……もう俺、このスラムで野垂れ死ぬしかないじゃん。
「お兄ちゃん」
「……」
「お兄ちゃん、なんで泣いてるの」
四歳くらいの子供。男の子だろう。髪はボサボサ、服はボロ、どえらく臭い。このスラムに吹き溜まる、孤児かなんかだろう。ショックで座り込んだまま立ち上がれもしない俺を、じっと見ている。
「ほっといてくれ」
「大丈夫?」
「平気だ。俺は大人だからな。腹減ってるだけで」
そうだ。とりあえずパンだ。あれ食おう。腹減ってると、ろくな考えも浮かばないし。
このパン、青カビ赤カビ、それによくわからん緑や黄色のカビまで生えてるけど、大丈夫なんか?
「これ、食えると思うか」
「カビだけこすって取れば食べられるよ。ママが教えてくれた」
「お前、孤児じゃないんか」
「ママがいる。……住むところはないけど」
「そうか」
死なないんなら、とりあえず食うしかないか。
「うおっ、堅えな、これ。レンガかよ」
食べてもレンガっぽい。ざりざりしているだけで味がない……というか味がしているのはカビ部分だけだ。カビが調味料になるとは思わんかったわ。もちろんカビの味は最悪。うっと鼻について吐きそうになる。
ぐうーっと、ガキの腹が鳴った。
「お腹……減った」
「……」
「……」
「……食え」
「いいの?」
「ああ。全部やる」
ウルウル瞳で見つめられちゃあな。パンも喉を通らんわ。って、元から喉を通るようなレベルの食いもんじゃないけど。
「おいしい」
ガキ、もうにっこにこ。これがうまいとか、普段なに食ってるんだよ。
「今日、初めてのご飯なんだ」
「へえ、そうかい。……ママは」
「今、ご飯探しに行ってる。ゴミ捨て場に」
「腹壊すだろ」
「平気だよ」
胸を張った。
「たまーに、まだ食べられる残飯があるし」
どんな親子だよ。てか、ガキがこんな生活してるんだ。ここ異世界は相当ハードモードだぞ。俺、生きていけるんかな。
「なにしてるの」
「あっ、ママー」
ガキが駆け寄る。
「あれ、パン食べてるの」
「うん。このお兄ちゃんがくれた」
「いいわね、ほら、真っ白のパンで。よかったねえ……」
「えへへへっ」
いやそれ真っ白どころか、赤青黄色の信号機みたいなカビパンだけどな。
「てか、お前、このガキの母親か」
「そうです」
頷いている。……でもなあ、この母親、どう見ても十五歳くらいだぞ。顔立ちも整っているし、かわいい女の子なのは確かだ。だが、とにかく痩せてるし。もちろん、ボサボサのボロボロで臭いという点は、ガキと同じ。
それにしても十歳かそこらで妊娠出産とか、この世界、修羅の国かよ。荒れすぎだろ。
「じゃあこっちは、ママが食べていい」
「いいよー」
いや、手に持ってるの、俺のカビパンがミシュラン星弁当に見えるほどの、おぞましいなにかじゃん。渋谷ハチ公裏のドブネズミだって、こんなん食べたら死ぬぞ。
「じゃあ食べるね」
「並んで食べよっ」
「うん」
道路脇の臭いゴミ袋に座り込んで、ふたりでもしゃもしゃ始めた。
「ありがとうございます」
「いやいいんだ。俺、腹減ってないし」
見栄張る俺。
「なにかお礼をさせて下さい」
いや礼ったってな……。お前らホームレスだろ。
「いらんよ」
「それだと悪いです。なにかあるでしょ」
「そうだなあ……」
考えた。
「そうだ。サバランって奴知らないか。探してるんだ」
「サバランさん? 知ってますよ」
「マジ? 本当に知り合いなのか」
「うん。ときどきご飯くれるおじさん」
ガキが手を上げた。
「おいしいご飯だよ。カビてないし、腐ってないから」
悪かったな、俺の飯はカビてて。
「サバランさんは、冒険者専用の宿屋をやってるんです。だから余ったご飯をときどき……」
なるほど。
「なら礼として、俺をそこまで連れてってくれ。このままじゃ俺、野垂れ死にだ」
「わかりました」
立ち上がると、ゴミ袋で汚れた服を、ポンポンと叩いた。てか、どえらくホコリが立ったんですがそれは……。ゴミ袋のがきれいまであるだろ、その服。
「じゃあ行きましょう」
「おう。頼む」
ホームレスのガキなら、まさかキャッチバーのループはないだろうしな。もう俺、後がないんだから、死なないならなんでもいいわ。ヤケだ。
「そういえば、お兄さんの名前を聞いていませんでした」
「俺の名前か? 綾野……じゃないか」
あれ、この世界での自分の名前、わからんわ。パーティー追放食らったときも、誰も俺を名前ですら呼ばなかったからなあ……。「こいつ」とか「お荷物」「クズ」扱いで。思い出すだけで腹立つわ。
「忘れちゃったよ、ははっ」
「もしかして病気ですか。それであんなスラムに……」
ママに同情された。いや俺なんかより、自分達の心配しろよ。ろくに働けもしないガキのホームレスで、残飯漁ってるんだろ。ママが腹でも壊して数日動けなくなったら、そのままふたりともあの世行きじゃん。
「それよりお前達の名前は」
「私はティラミスです。ティラミス・ギュンター」
ん? なんか聞き覚えが……。
「ちっこいの、お前は」
「マカロンだよ、お兄ちゃん」
「マジかよ、おい……」
頭がくらくらしてきた
マカロン・ギュンターって、死ぬ前に俺が読んでた、例の小説の主人公じゃんよ。その主人公がまだ子供……ってことはここ、物語の始まる十年くらい前の世界ってことか。
●宿屋の主、サバランは、俺の「この世界での名前や立場」を、よく知っていた。これ幸いと色々教えてもらうついでに、俺はとある取引を申し出る。それを見ていたティラミスとマカロンは、ブッシュにとんでもない提案をしてきたが……。
次話「謎パパ、爆誕」。明日朝7時過ぎ公開!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます