第七小節 武藤りきた
僕はクビにはならなかった。
沼上署での謝罪の際、警官が「どうする?店で今後も勤務したいか?」
と聞いてきたので、
「いや、上司ぶん殴っといて続けられるわけないでしょう!」
と言ったが、社長から部長に電話で「許してやれ」というような口添えなどもあったらしく、勤務は続けられる事になった。
繰り返しになるが、その喫茶店ではコーヒー豆を売っている。
本社で焙煎されたコーヒー豆は毎週月曜日に車で店舗に配送されてくる。
殴打事件の翌週の月曜日。いつものように豆の配送の車が来た。
僕は店内でウェイターの仕事をしていたのだが、外から声が聞こえる。
「荻堂さんってどの人?!」
本社から来た配送の人が僕を探しているようだった。
僕は外に出たが、また説教でもされるかと思い、恐る恐る名乗り出た。
「はい…。荻堂です…。」
するとその本社の社員はスッと右手を差し出し、言った。
「本社を代表して、有難う。」
僕は驚いたが、すぐに状況を理解できた。
そして握手をした。
部長は本社でもパワハラ三昧をしていたのだろう。本社中の社員達にも嫌われていたようだった。全ての社員達が「部長を殴りたい」と思っていたらしい。
でも皆、家族を養っているからそんな事はできない。
僕は何も失うものがなかったからそんな事をやってしまえたのだ。
正直なところ嬉しかった。
確かに僕がやったことは反社会的で、場合によっては刑事罰を受ける犯罪だ。やってはいけない事だ。
でもその反社会的行動によって密かに喜んでくれる人が複数人いたのだ。
「やって良かった」とは思わない。
でも…………………………………………………。
その日帰ると僕は、あの事件以来触ることのできなくなってしまっていたP-Funk-The mothership connectionのDVDを改めて手にとった。
僕はドラムを叩くための右手で、…美しい音楽を奏でるための右手で、…人を殴ってしまった。
右手が汚れてしまったように感じていた。だから僕はもうドラムを叩く資格はないのではないかとすら感じ始めていた。
だが、僕はもう一度DVDをプレイヤーにセットしようと思った。
Parliament Funkadelic - The Mothership Connection (Live in Houston, TX, 1976)
https://www.youtube.com/watch?v=r5aHD5ruSZ0
"One nation under a groove"
この言葉が僕の脳裏に浮かぶ。
僕はロックンローラーではなくなってしまったかもしれない。
僕はnationの一員ではなくなってしまったかもしれない。
でもそれでもやはりこのDVDは、僕にとって人生最高のライブビデオだった。
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