18:中庸

 咳き込み、吐き気、吐き出し、手足バタバタ、何か掴む、また咳。気道確保。

「うっきゃ!? ひゃあっ!? えぇあ!」

「死神にはさようならしたかね?」

 視覚回復中。

「え、誰?」

「私だ!」

 そこに仁王立ちしているのは全裸の女性。

「え、誰?」

 女性は合掌した。

「ぎゃーてー」

「え、誰?」

 女性は、右の人差し指と中指を立て、何かを持つ左手から空気を啜った。

「ユウコちゃん!?」

「そうだ、私がゆうきりんりんゆうこりん!」

 ダブルバイセップスフロントのポージングを取るのはユウコだが、声質も顔つきも筋肉の仕上がりもヨモが知っている人とは違った。白髪でなければ親戚かも、と思う程度。

「ユウコちゃん!?」

「借りは返すのではない、姉妹命ある限り無限に助け合うのだ!」

 モストマスキュラーのポージングは無限を示す。

「おっぱいとおまた見えてるよ!」

「ハラキリ特攻の元祖、それが私だ! 服くらい弾けて当然、おへそ丸出し!」

 アドミナブルアンドサイのポージングがおへそを強調。

「全部だよ!」

 異界各地、誰かがどこかで彼女を見て来た。爆弾抱えて特攻し、怪獣をジャイアントキル。いつでもその後は全裸で見た者を驚かせる。逸身大尉も剣持玉もその誰かだった。

 光が瞬かず、長く日光に上塗り、爆音、火の玉、黒い破片、飛び散る火の雨。旧瀋陽軍の高射が爆弾を迎撃。戦略爆撃機による高高度爆撃は目標地点に到達しない。

「なんとかするぞ」

「なんとか?」

「わからん!」

「そうなの?」

 ユウコの顔、頭が半分ずれて落ちるより先に地面に焼けた金属片が刺さる。脳がこぼれるより先に灰色の中身が”よじ”戻り、血管、神経、筋繊維、靭帯、骨格、脂肪、皮膚、頭髪が形成される。

「なんとかするぞ」

「そうだね!」


■■■


 旧瀋陽軍は迎撃台を破壊した後にゲートから軽歩兵部隊を展開させて周辺を確保。怪獣と獣と蛮族を尖兵とした地球侵攻は一先ず成功。

 砲撃に耐えて忍んでいた米丸派遣隊。無線による小声で調子を合わせ、瀋陽兵にはほぼ予兆無しにボルトガンの一斉射撃を敢行。魔力を込めたはずの20mm劣化ウランボルトは斥力に削られる燃焼も起こさず反れて減速、カランと鳴って落ちた。獣の賢者の”仕返し”程ではないが異常事態。

 応急的な電信装置の一部に見えた、八木アンテナのような棹を持っている者が注目された。これは地球で知られていない新兵器である。レーザー銃の標的にされても、しゃがんで丸まって”亀”になり、背中が焼けるのを我慢すれば無力化出来ない。

 ボルトより強力な対斥力の武器は一般に投槍と弓矢、何よりも白兵戦。魔力発する人間大の質量を相殺出来ない斥力場は超常のみが持つ。

「1つん覚えじゃ! おらんで大上段、馬鹿でん出来っ! 切っと切らん考ゆっな、ただ打っちゃくれぇ! ぐっちゃぐちゃんなっまでダンビラで潰せ! ポテトサラダじゃ、チェスト行っどぉ!」

『ラァ……!』

 ――耳を聾する絶叫。抜刀隊吶喊。14.5mm劣化ウランボルトの弾幕を受け、斥力場が抜かれて倒れる。

 大陸で多く採用される連発式ボルトガンの有効射程は短いが水際の防御力は特筆。

 先頭の犠牲を顧みず、抜刀隊が瀋陽兵に迫って銃剣で突かれながら押し進んで大上段。兜割り、肩落とし、斬撃を得物で受けて防がれても滅多打ちからの頭潰し。敵も味方も盾にして浸透、軍刀で打ちまくり、腹に抱えたC4爆弾起爆で突破口開平。新兵器の棹持ちを打ち殺し、砲兵に迫って混戦状態を作ってほぼ麻痺状態に陥れた。

 逸見大尉の安全が確保されてから重機関銃掃射が始まる。数を減らした抜刀隊の後頭部、肩、上げる腕と刀身の隙間を縫って魔力を込めた12.7mm弾が斥力を突破し撃ち砕く。骨肉弾けて風穴の形すら保てない。

「ア……」

 ――耳をつんざく奇声絶叫から、絞りつくした声が消えて大股、脚を振り上げ180越えて190度、路面を踏みつける。崩れた基地が更に崩れ、瓦礫の山が平らに広がる。

 逸見大尉以外、戦っていた者達は全て動きを止めた。倒れ、失神、理不尽に怯えて蹲る。泣き喚けるだけでも根性が座っていた。死も恐れず突撃していた気合ですら圧し折った。

「まさか!?」

「何を驚いているのかね、君のMy Imotal Braveだよ」

 これぞ逸身大尉が知る偽ユウコ、不死英雄だ。

「やっと本性出しましたね」

「嘘も本当もありはしないのだよ」

「それで軍閥はどちらに与するので?」

 日本軍対”獣”と旧瀋陽同盟という構造は明確として、滝軍閥の中立は何時どちらに転ぶか不明なままだった。双方の争いを停止させたということは何らかの意図が介在するはずである。

「ゆうこりんランドの愉快なお友達のために!」

「それは答えじゃない!」

 ユウコの右ストレートが逸身大尉の顎に入って倒れた。打たれたことにすら気付けない。

「これが答えだ!」

「何で殴ったの?」

「ふふん、どうだね?」

 ヨモはその言い知れぬ迫力に、とりあえず拍手をしてみた。

 第1陣の麻痺と引き換えに周辺が確保されたと判断した旧瀋陽軍の第2陣がゲートを越え、機能を喪失した難波基地へと入場する。車両部隊に火砲部隊を連れて重武装。

 星将軍も姿を現す。

「良くやってくれた。島の確保も時間の問題だ」

 負傷者、戦闘不能者の収容開始。米丸派遣隊の生存者も拘束し、戦闘可能な味方以外は異界へ送られる。第1陣が行動不能になったので改めて偵察部隊が編制され、島内各地に派遣される。

 ユウコを知っている古参の瀋陽兵が「大姐」と言って上着にズボンまで脱いで渡そうとしたが「不要!」と拒否され、懐かしそうに笑ってから泣き崩れる。

「ホッシー、皆の町を壊すなんてひどいよ」

 ヨモの抗議は幼稚に聞こえる。

「これは戦争だ。住民が避難出来ただけどれだけ幸運か分かるか」

「うーん、でも、でも? うーん」

「君に私の故郷を見せられたら話は早いんだが。うん、カイラス山に行くまでの道中、ユーラシアの惨禍を見せられるか。それを見たら、納得はしないかもしれないが、諦めてくれると思う」

 様々な事情を背負っている星将軍の背後の陰は大きくて暗い。ヨモには分からない。分からないことは分かる。反論が出ない。

「とにかく最後まで付き合ってくれ」

 肩を掴まれて、うんもいやもうーんも出なかった。


■■■


 旧瀋陽軍による渡島大島の把握が進む。獣の賢者の手先である獣と蛮族は一応味方であるが、救助すべき対象ではないのは基本的に放置。助け起こした途端に噛まれてはたまらない。

 星将軍は特殊技能にて、上空に戦略爆撃機編隊が、洋上に空母打撃群がいることを把握。爆撃は停止されているが予断を許さない。

「門の方を見つけた。死んで頂くので力を借りる」

 島の中央山岳部から獣の賢者がやってきた。

「分かりました」

 星将軍が覚悟を決めて出発しようと、車両部隊に榴弾砲を牽引するように指示。

 折が悪いだろうか、ゲートから堤防卿ハリカが出て来た。腹を細くして貴人の授乳服を着て、下の両腕に双子を抱えて胸をはだけ、母乳を飲ませながら。旦那くんは亡父の長剣を2本担ぎ、ざあぶ兵の1人は短槍を持つ。領主が供を2人しか連れず、しかも子連れとはいささか不用心に見えた。

「産まれましたので見せに来ました」

「あーえー!? おめでとう! ちっちゃー! 一生懸命飲んでる!」

 赤子に飛びついたのはヨモ。これから決戦という空気を気にしない。

「抱っこします?」

「するー!」

 ヨモが双子を抱く。先程まで母乳を飲んでいたので乳首を探るように手と口が動く。

「おおー、あ、私出ないよー、ごめんねー」

 折角の気分を折られた星将軍が見に来て、別れの挨拶のようなものでもしようかと思いつつ、双子を撫でようとして、でも手を引っ込めた。やるべきことがあると背を向け、片手を上げて前へ、と振る。獣の賢者と、星将軍に瀋陽兵、榴弾砲を引く車両が進む。

「ヨモは行かないのですか?」

「やっぱ分かんない」

「そうですね。ユウコは?」

「愚問」

「そのスーパーモードっていつまで続きます?」

 くすくすと口に手を当て笑いながらハリカはざあぶ兵から槍を掴んで取って投げた。獣の賢者の胸を、背中から抜いた。

 かの上位種の歴史や生態は余人には分からないが、生まれて初めての重傷であろう。信じられないという様子で、声も出さず胸から出る穂先には手を触れずに添えるようにするだけだった。苦しむ動きもしない、鳴きもしない、非難もしない。立ち止まるだけ。

 まるで戦う格好ではないハリカがその棹付きの背中に迫る、

「体が曲がっていましてよ」

 身体の損壊で姿勢が崩れたところで膝裏を蹴って跪かせ、旦那くんから受け取った長剣2本で挟み切って首を上に跳ばす。

 星将軍、旧瀋陽兵達が異常に気付いた時には、ハリカは背から貫いた槍を抜き、跳んだ首を真下から刺して受け止めた後だった。

「強さが弱みになりましたね」

 額の第3の目、賢者の無敵を無きものとした。死の恐怖を知らない可殺の者など”訳が無い”。

 旦那くんがゲートに向けて鏑矢を放つ。それを合図に星将軍が何か指示を出す前に拡張されたゲートからざあぶ隊が一気に出てくる。ボルトガンに刀槍に弓矢、全て甲冑装備。無傷で疲れていない精鋭が100名近く、獣に乗る騎兵も混じる。旧瀋陽軍第2陣を包囲する。

 力の均衡が崩れて圧倒的になるこの時まで待っていた。最精鋭の親衛隊が投入されるのは戦いの終盤、状況が決するその時その場の決勝点。今、投入された。

「一緒に私達の国を作りましょう。私達であの異界を征服するのです」

 交渉は優位を確保した状態で行われる。

「謀ったか!?」

「勿論です。あなた達姉妹のため、謀でも何でもします。一緒に帰りましょう、地球での戦いは終わりました」

「終わっていない」

「意固地が許される立場ではないでしょう。獣の、はもう、こうではありませんか」

 槍の石突きで地面を打つ。獣の賢者の首が少し揺れる。目を覚ましたり、何か不思議な力を振るったりしない。殺せる神は神ではない。

 第2陣、門の賢者討伐に向けて行軍の隊形を取っており、攻撃にも防御にも不向き。予備の第3陣はゲートの向こうで、偵察に兵力を割いていて不足気味。

「ユウコちゃんどうしよ?」

「思った通りに動けばいい」

「うーん」

 正義、大義の衝突に挟む論理は見つけられない。

「狗の命は短くて乱れし世にのみ生かされる、だからこそ中庸が大事なのです。鎖付きでは短くしか生きられない、首輪まで外せば野垂れ死ぬ、餌付きの放し飼いが理想です。通商出来るまでになったら独立の目途が立ちますが、それまでは時間と人と物が大量に必要です。親のすねは髄までしゃぶり尽くすものです。策を弄して無理にでもそうします。日本国の支援は最大限受け続けるように政治的に誘導するのが正道でしょう」

「死んでいった者達に顔向けが出来ない」

「弔意は命ではなく石を削るだけで十分です。死者を想うのなら死者の考えを思い起こしてください」

 ハリカは長剣を地面に突き刺し、獣の賢者を殺したばかりの腕でヨモに腕を差し伸べ、双子を受け取る。

「この子達にちゃんと食べさせて、服を着せて、勉強させてあげたいと思いませんか? 結ばれた妹達とその未来の子達にも」

「子供を盾にするか!」

「私、ずるいんです。いけませんか?」

 弱さが強みになることもある。今、赤子は膝を折る武器である。

「異界に残った同志は」

「勿論、殺していませんが人質です」

 星将軍、片手を上げる。諸手ならば降伏だが。

 鍋を叩き鳴らす。

「ごはんの用意を皆でしましょー! 今日は食べ放だーい! 食い倒れー! あ、バーベキュー!」

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