16:*星に砲

 斥力場を持ち、統制された、賢者率いる怪獣含む獣と蛮族の群れが地球を目指して侵攻してくる。緊急事態である。

 その名も獣の賢者と呼ばれる者から使者が遣わされた。適当な外交官がいないということで、新興の滝軍閥が仲介に入るというのも珍しい事態。類似の前例は海外でわずかにある。

 使者自身は形式ばった態度を取らず、いっそ間抜けに見えた。

「はい、えっと、獣のの? の人からのお手紙です!」

 その強さと立場から罰することが難しい、外交特権を持っているかのような日下部四萌が異界からゲートを通じて侵入してくる敵を迎え撃つ、迎撃台で米丸派遣隊の生き残りを指揮している逸身大尉に手渡した。

「宛名が無いぞ。指定はあるのか」

「偉い人」

「色々いる」

「1番偉い人?」

「統合幕僚長、内閣総理大臣、天皇陛下。国連軍総司令と事務総長も1番と言えるぞ」

「ええー? 分かんない。大尉さんが読んだらいいんじゃないの? あ、お家帰ってるね!」

 無許可で通ろうとするヨモを抑えに少女兵が前に出て「どすこい!」と軽々と下手投げで転がされる。そして垂直の防壁面を蹴って跳んで外へ出てしまった。

「義仲、追跡班組んで見逃すな。戦闘、破壊行動に出ない限り手出しするな。地元だからおかしなことはしないと思うが」

「了解です」


■■■


 世界の命運をも左右するかもしれない手紙を受け取った逸身大尉は、難波基地司令に提出。事態を重く見た司令は国防省に連絡。その結果、急遽航空機でやってきたのは首相補佐官。現状、何時敵が大挙して侵攻してくるか分からず、核弾頭の標的にされるか分からない最前線に来られる、代わりが比較的多い人物が総理の便利屋。テレビで時々見かける人物で、死んで良し使って良し。

 ”地球人視点で、現場で何があったか報告を上げた人物の貴重な意見も参考にしたい”ということで、逸身大尉は司令室の会合に呼ばれる。司令、補佐官と3人で催すところ、呼ばずとも会合時刻に当然のようにやって来たのは門の賢者。地球的なわびさびは通じない。

 肝心の手紙は、この情報だけで世界各国から大幅な優位を取れるものだった。カイラス山極大ゲートと人類が呼ぶものがゲート管理装置であり、その対になる異界の同装置を破壊すれば全ゲートが閉じて世界に平和がもたらされるというものである。そして現在、その管理装置を破壊しても復旧出来る能力と意志を持つ者こそが、ここにいる門の賢者当人である、とあった。

 門の賢者は甘言を弄した。本人にそのような下心があるかは分からない。

「仮にこのままゲートが閉じたとして、共通の敵を失った未来、比較的被害の少ないこの日本は垂涎の的ではないでしょうか。あなた達の文化では復興を名目に他国から資金や資材、人材を要求することを概ね是としていますね。壊滅的打撃を受けた国家ほどがめつく要求しても良く、提供しなければならないという風潮もあるようです。人当たり良く要求すれば更に断り辛いようです。この列島の北西対岸部は酷く荒廃しており、無限に思える要求に苛まれることでしょう。記録によれば既に相当な出費を重ねてきましたね。そちらの思考を真似ると同情というものが出来ます」

 門の賢者は補佐官に紙束を差し出す。宇宙人がパソコン画面を睨んで、キーボードを打ち、印刷機からウィーンガシャっと鳴る音を聞いてまとめた一品。

「資料はこちらです。ゲートを開いた状態を維持する利点についてですが、膨大な資源を獲得出来る点が1つ。化石燃料機関を重視するあなた達には魅力的でしょう。害虫が問題ですが私の科学的な見立てでは十分に技術的に解決可能です」

 資料には多少違和感を覚える程度の日本語にてその技術的解決法が簡潔に、図入りで書かれていた。良く分からないのはゲート間パイプラインについて。魔力とは科学で計り難いので正しい内容でも証明が出来ない。

「私が門の、と異名を同種から受けておりますがこれは得意分野を賞賛されたものになります。ここのゲートについては、以前から魔力を有さない生物の進入を可能とした調整を行いましたね。現在は更に範囲内の核攻撃を防ぐ能力も追加しました。私達の世界の者達と戦う時には不便でしょうが、来たるべき人類同士の戦いに有用とご理解頂けると思います。古くから苦渋を舐めさせられ続けてきたあなた達ならより理解頂けると思います」

「原子力発電所の再開は可能でしょうか」

「今すぐにでも可能です。加えて言うなら、長白山ないし白頭山のゲートのその機能だけの停止も即座に可能です。その件は資料の53ページを参照してください」

「53……はい。これは頂いても」

「勿論です。コピーも構いません。著作権を主張しません」

 冗談とも本気ともつかない門の賢者の言葉に笑いもおきない。

「……司令、直ぐにでも攻撃があっておかしくない状況で間違いありませんか?」

「その通りです」

 補佐官が尋ね、司令は逸見大尉の報告した内容の通り答える。

「見解をお聞かせ下さい」

「どちらの賢者の側に日本国はつくのか可能な限りの即答を求めていて、武力行使を辞さない。既に異界では実行済みで損害が発生しています」

「案件は重大の極みです。補佐官の権限では即答は出来かねます」

 補佐官の言に門の賢者が注意。

「有力者会議を挟むということですか。私は待てますが、獣の方はこの場での即断以上は待ちません。権限を与えてくれるなら直接説明して待って頂きましょうか」

「それは……」

 対立関係にある渦中の当人を仲介役として派遣など話がつくわけがないと地球人は反射的に思い、宇宙人は違うのだろうかと納得しそうになる。

「補佐官の権限では即答は出来かねます」

「組織行動は面白いですね」

 門の賢者は7対の指先を合わせて曲げ伸ばす。表情も分かり辛いが愉快そうであった。

「私達の論理を1つ教えます。私達は嘘を吐いたり、意図して騙すという低俗な行動を取りません。思慮が足りず、哲学が違い、相手の勘違いでそうなることはままあることですが。正々堂々と高次元を追究することに価値が有ります。その上で衝突があれば争い、負ければそれは間違った方法だったと判明するのです」

「議論されればよろしいのでは?」

「私達には必要がありません。今はより多くの人々から支持され、総力を集められるかという段階に今なっております。もう1押しするなら、私は日本国以外に技術協力はしないと約束出来ます。政権交代や方針転換などで状況が変わった場合の約束も細かく決めて構いません」

「支持を集めるとは、我々はあなた達にとって遊べば壊れるゲームの駒なのですか?」

 色の白い補佐官、顔が赤らむと分かりやすい。

「あなたが卑屈な視点を持てばその通りです。身も蓋も無いという言い回しがありますね。言い返してみましょうか。ただ細胞分裂を繰り返すだけのためにどうしてこのような文明が必要なのですか?」

 冗談にならず門の賢者の言葉は笑いにまらない。

「ユーモアは私達には難しいようですね」


■■■


 司令室での会合終了。

 逸身大尉は「煙草を吸いたいのですが」という補佐官を喫煙所へ案内し、一緒に火を点けた。お忙しい方はこの一服をしたらすぐに東京へフライトである。吸わない彼の秘書は表で鞄を腹に抱えてしゃがみ、忙しく携帯電話で連絡中。義仲曹長は自販機で乳酸菌飲料購入。

「いつか答えを教えて下さい。あ、新聞出ます?」

「長い戦時と民主主義ですからね」

「正解って何でしょう」

「考えて議論して準備して進めることです」

 補佐官のこの返事には迷いが無く、煙草の火を消してから「現場には負担ばかりで申し訳ない」と頭を下げた。

「いえ、失礼しました」

 逸身大尉も煙草の火を消して頭を下げ返す。

 振動爆音連続。義仲曹長は握り潰しての一気飲み、秘書は扉を開けて「行きましょう!」と言う。

「迎撃台か?」

 逸身大尉は無線のマイクを使った。

[ゲート越しの……]

 無線音声の限界点に達する雑音で声は切れる。

「全隊ゲートで戦闘開始、砲撃後に突っ込んでくる、まず隠れろ。行ってきます」

「頼みます」

 逸見大尉は補佐官に別れの挨拶をしながら走る。

 サイレンが鳴る。遠くから響く島民向け有線放送と重なる。

[全島離脱令発令。全島離脱令発令。敵対勢力によるゲート侵攻を確認。住民はただちに指定の避難港へ向かえ。住民はただちに指定の避難港へ向かえ。繰り返す……]

 渡島大島小ゲート、全方位に向けて弾速を保った砲弾を射出。異界からの侵略者を迎撃する各種兵器が並んだ蟻地獄型の閉じ込める迎撃台、その防壁へ高速命中、着弾炸裂、コンクリート、鉄筋、合金版を崩し、防護扉を破壊し砲眼に飛び込み重火器破壊、弾薬庫引火、誘爆連鎖で後方まで破壊で火柱。噴火。化学剤漏出警報。基地の常人隊員、怒鳴り声が聞こえる。

「瀋陽軍の星玲紅少将だ。魔ぢから砲弾に乗せてくるぞ。大砲との撃ち合いに勝ち目はない、散開して引け、防衛線は迎撃台の外へ下げろ。砲撃中止後の突撃に備えて持て。まずは死ぬな」

 金恵少佐は戦死、沈黙したままの迎撃台指揮官、現在前線指揮官は逸身大尉になろうか。確認は不明だが戦闘要領を伝えた。

「日下部四萌、島民避難を支援中」

 義仲曹長が追跡班からの連絡を告げる。飛んだ砲弾が頭上を通過する空裂音、基地車両倉庫の屋根突き抜け内から扉弾く爆発、人と車の破片が混じる。巻き上がった破片の落下が始まり、死傷者急増。負傷で動けなければ毒ガスを吸って更に重体。少女兵は斥力により健在。

 ヨモの足踏み魔力波の合わせ技を受けていたら完全敗北だった。その絶好の機会だったのにしないということは完全な敵というわけではないらしい。少しの慰め。

 現状、金恵支隊全滅、米丸派遣隊損耗、難波基地隊は常人戦力であり砲撃の影響無くても獣の賢者軍には無力。小ゲートの真下を大穴にして墓穴にする地雷システムは核爆弾を使用しており現在起爆不能。渡島大島隊こと滝軍閥とは小ゲートが抑えられていて連絡すら不可能で取引も出来ない。

 基地司令が発する指示は人的被害を最小限にするための退避行動が主眼。補佐官が乗る航空機の離陸確認、各港への避難船派遣、車両と弾薬庫への時限爆弾設置などなど。

[少女隊は可能な限り敵の侵攻を遅滞せよ]

「了解」

 逸身大尉には遅れてこの命令が下った。追認である。

 迎撃台到着、基部の砲撃加害外へ伏せて隠れた。めくら撃ちなのか、ゲート越しに観測して撃っているのかは不明。迎撃台の能力は喪失、周辺通常基地設備への攻撃は積極的ではない。念入りにゲート周辺を破壊。突撃のための地ならしに思えた。

 建造物破壊の榴弾射撃が終わり、ゲート周囲を掃討する榴散弾射撃が始まる。少女兵の斥力場なら、複数連続着弾しなければ弾ける程度。複雑な砲弾にでも魔力を込められる才能は、流石は旧瀋陽軍の煌めく小さな星であった。鬼に金棒、虎に翼、星に砲。

 砲撃停止。

「総員、顔を出すな。静かにして不安を煽って頭が上がったところを撃つ戦法があるぞ。狡賢いスナイパーだと思って堪えろ。義仲、点呼取れ」

「はい」

 30秒程間を開け、全周囲に向けて機関砲弾射撃。瓦礫が割れて削れて金属、コンクリートの斬殺する破片が舞う。

「67名確認」

「それぐらいか」

 機関砲射撃、停止直後、間髪を容れずに獣の賢者、黄色い宇宙人が単騎で出現した。ゲートを越える時、一瞬静止した姿が見られるものだが扉を跨いだように現れた。既に何か違う。

 いきなり総大将、本命の登場。機会か罠か地球知らずか。

「まず私が撃つ。各員発砲控えろ、どう出るか分からん」

 逸身大尉は潜伏して生きていた部下からボルトガンを受け取り、魔力を込めて獣の賢者へ射撃。20mmの劣化ウランボルトは火花を散らすことなく反れて返って180旋回。幸いなのは、弾速が早くないことと大きいことで視認が容易であること。斥力場を削りもせず通る矢を、身を捩って避けた。

「レーザー銃持ちはいるか」

[やってみます]

 斥力場を無視する光線兵器、異界ではバッテリー不良から用いられなかったが地球では問題無い。獣の賢者に目に向け、失明どころではない焼き切れを与える照射が音も無く実行される。身体の表面の粉塵が煙を上げることはあっても表皮には傷1つ無く、嫌がる素振りすら無かった。

 獣の賢者は14本指を広げ、ゲートの触れ得ないはずの”縁”を掴んで押し広げた。

 そして黒い群れが騒音立てて流れ込んできた。

『キャー!』

 油蟲。

「落ち着け。車両隊の燃料タンク爆破してこい、それで終いだ」

 続いて、怪獣の頭。大き過ぎて全て現れず、獣の賢者が”縁”を右左、うろうろしながら拡大。その背筋は小さな失敗を隠さず捻られ、風鈴のような独自言語でぼやいた。

[発砲しますか?]

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る