15:狗の命
地上の太陽を背に第2次長白/白頭山奪還作戦は終了した。
治療希望者と治療命令を受けた者が堤防城入りし、ユウコと城医者による外科治療と血の医療が施される。
金恵支隊、米丸派遣隊からは重傷者だけが搬送されて、本件終了時まで戦線復帰せず隔離されるという条件下で延命措置がされる。違反者は死刑。渡島大島基地隊員は拘束要件無しに治療された。
堤防国は獣の賢者と敵対せず、中立であることを表明したのだ。
放射性降下物警戒が発令されている。洗濯物は表に干さない、外出は最低限で傘を差したり覆面をして埃を避ける、井戸に蓋をするなど死の灰を避けて、残留させず、口にしないよう城、領地、基地で通達された。
現地人は知識不足、少女兵は短命と疲れから気にする素振りを見せない。何となく気にして見せる程度であった。気に病まない方が健康的という判断と言えなくもない。
それよりも気になるのは城の郊外にて川の水を代わる代わる喧嘩せずに統制されて飲みつつ、弱った仲間を共食いする獣と蛮族の大群。小山に見える怪獣はスラッシャーの系統で、北米戦線ではブレイドレクスとあだ名されている。東アジア戦線での目撃例は今回が初となる。
「ご飯ですよー!」
ヨモが鍋を叩けば野外炊具3号に敗残兵が集まる。内臓機能を取り戻していない者以外は腹が減っている。
「カレーなの!?」
「カレーだよ!」
「ご飯は!?」
「ご飯は温めた缶詰食べてね!」
「具何!?」
「肉!」
「何の肉!?」
「この谷で飼ってる、牛っぽい牛!」
「うっしっしー!」
「うっしっしー!」
■■■
異形の上位者、獣の賢者を迎えた堤防城にてハリカに星将軍は立場を鮮明にするよう迫られている。判断材料が告げられた。
「私は地球の門橋脚を崩し、繋がる両世界を分けて元に戻そうとしている。カイラス山の最も巨大な光のことだ」
「それを貴方が破壊すればこの戦争は終わるということですか?」
謁見の間にて、受け答えは上座を譲っている領主ハリカが行う。
「地球の門橋脚を壊した後、こちらの世界の対となる物を壊して破断となる」
「渡島大島のゲートからそのカイラス山まではかなり遠いですが、こちらからわざわざ攻め上げるお心算ですか?」
「門の方がいる。あの方は地球との交流に執着されていて、先に阻止しなければ壊しても再度築かれる」
「それを地球に伝えれば協力が得られるのでは?」
「そうしよう」
「今までそうしなかったのは?」
「世界接続を中止すべきだと思い至り、方法が実行出来る段階に至ったのが今だ」
「賢者でも?」
「それは俗人が呼ぶだけの名で実体ではない」
「別の話になるかもしれませんが、核分裂の停止は何が原因でしょうか」
「門の方が門の性質を変えたのが原因だ。地球の科学を学んで理解したのだろう」
「その目的は分かりますか」
「戦いをより長く続けるため。あの方はそうすることで破滅を回避し、淘汰を続け、種をより高次元へ引き上げられると考えている。俗な表現なら鍋を焦がさず、煮続けるようにだ」
獣の賢者の指が1本、ハリカの腹に触れる。
「門の方がその第3の目を授けたのもこの高次元へ歩む姿勢を見せたからこそ。健康な男児の双子だ、環境が良ければ良く育つ」
「貴方は我々に助力を求めていますか」
「この戦争を終わらせたいと思うのなら参加するべきだ」
「狗の命は短くて乱れし世にのみ生かされる、と私が言います。終わらせたいのは分かります。我々には現実的ではありません。仮にここで戦って消耗してからこの世界に取り残された時、滅亡必至でしょう。勝てる見込みと勝った後の運営に希望が見える戦いにしか参加出来ません。領国領民、慕う妹達に責任があります」
「それは尤もだ」
星将軍が席を立つ。
「同志達と行く。このために今日まで、どんなこともしてきた。止めてくれるな」
「言葉で止まらないなら止めません。同士討ちは愚かですので。それから負けたなら迎え入れます。何もかも道連れに死ぬ気ならばどうしようもありませんが」
「敗残兵がいれば頼みます」
「もちろん」
■■■
「早かったな」
「洗い物は皆に任せちゃった」
ヨモは星将軍に呼ばれてやってきた。星は部屋で個人的に話そうとしていたが、居所を姉妹に聞いたヨモが武器庫へやってきたのだった。
そこには作戦時、途中から姿を消していた旦那くんがいた。まだ旅の埃に塗れていて、戦利品である無反動砲と砲弾を並べていた。金恵支隊から盗んだもので、星将軍が現在使用可能か検品中であった。火器遠隔操作の魔力は内部構造の把握にも通じた。
旦那くんは、以前とは出来の違う最新の地図に印を描いて見せた。
「呼んだ用事とは違うが、ここを見ろ」
「ここ?」
「およそ白山大ゲートから500km地点。金恵支隊、指揮官を始めとする戦闘員が玉砕した位置。君の舅父はここだ」
「……うん」
「立派な方だ。誇れ」
「うん」
「出来ることをして戦死された。無駄死にではないし、本人も満足している。私も彼に比べれば若いが分かる。何も成せずに無念のまま死ぬのが最も不幸だ。彼は幸福だ。死は悲しいが生き方を喜んでやれ」
「うん」
星将軍は砲弾を触った後のために用意していたタオルをヨモに手渡す。
「洟かんでもいいぞ」
ヨモはタオルで顔を隠してから目と鼻を赤くして見せる。高い両肩を星将軍が掴む。
「戦いを終わらせたい。協力してくれ」
「何を?」
「門の賢者、分かるか」
「えーと、黒ちゃんだね」
「奴を殺す手伝いをして欲しい。その力は私達に必要だ」
「えー、え?」
「奴を殺せればこの戦争を終わらせる一歩が踏み出せる。ゲートを消せるんだ」
「うーん? 地球の基地に攻めるってこと?」
「そうなる」
「チビちゃん達いるからダメ。黒ちゃんもいきなり殺すなんてかわいそうだよ」
「考えがある」
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