14:会戦

 ガス溜まりでの事故死があった。不意の窒息、不意の爆発。肺を病んだ男性兵が発作を起こして脱落。

 蛮族との戦いで死傷者が出る。地の利を生かした奇襲攻撃は対応が難しい。

 油蟲の襲撃は回避出来た。しかしそうではない単純な害虫、害獣の脅威は変わらずあった。アナフィラキシーショックで脱落、噛みつかれて死亡、損害は常に発生する。

 整備不良で車両を放棄すること幾度か。異界の環境に特別合わせた機械は無理が多かった。

 行き帰りの道を明確にする道標の設置、地図の作成は蛮族襲撃地帯以外では順調。これは第2次作戦前に行われるべきだったろう。本作戦は大陸民主政府等が主導する運びになっているため都合が合わないこと多数。これはその一端で細々、他にも散見された。

 本番前に消耗しながら長白/白頭山大ゲートへ半ば以上近づいた。ハリカを含む先人達が踏破したこの街道の、不完全な地図にはランドマークが多数。大きくは山、川、湖。小さくは奇岩、朽ちぬ怪獣の大白骨死体は骨髄食らいも歯が立たない。

 逸身大尉より「妙な”力場”を”再”確認」と報告が金恵少佐へ上がる。何かは不明で、感覚的には長白/白頭山大ゲートから広がる様子。

 ”再”とは、渡島大島小ゲートからも広がっていることである。両ゲートの”力場”外、中間地点に至ってようやく違和感に気付けた。自宅のにおいに慣れてしまう現象に近い。

 案内人に尋ねれば「分かる自分に見える。たくさん分からない、今は明らか」とのこと。他少女兵の同系特殊技能保持者も観測。

 渡島大島小ゲートの範囲は比較的狭く、長白/白頭山大ゲートは比較的広く、中間地点との差異は現在不明。暗雲が立ち込める。

 悪天候は野外活動でつきもの。スコール、暴風雨は無くても雨や強風は疲労と損耗を増大させた。

 雨の日には雨が降るように、異界では時に”晴れの日には晴れが降る”。

 煤煙が風向きで遠のき、下層、中層、上層雲無く、主太陽の背後から伴星がわずかに顔を出して”雪だるま”になった時、日光は殺人級となる。

 新参の地球人達はこの現象を知らなかった。若い案内人は、話は知っていたがここまでとは思わなかった。初めて自分が着ている戦闘装束がそれに対応していると分かって少し感動したくらいだった。

 見るなと言われずとも見られない程に空が白ずむ。

 海面、雪面でも無いのに照り返しで目が痛む。

 露出した肌がヒリつく。油断してヒリつきを無視すれば水ぶくれ、火傷。

 総員に行軍中止と日陰への避難命令が下る。言われずとも本能的に動いていた。動物や虫達の騒ぎようからまずいと分からされた。

 山火事が至るところで発生し、原油を吸う植物と原油が燃焼する臭いが漂い、ガス爆発の火柱が多く散見され、草やわずかなガス漏れがある地面が燃え始める。再び恵みの大気汚染が訪れる予兆でもあるが、灼熱地獄の顕現でもある。蒸気霧で日差しが和らぐのは一部のみ。

 NBC防護装備の着用が命じられる。命令なくとも日差し避けにと既に着用者がいる。

 動かずジっと耐えるしかなかった。装備が熱せられ、想定外の高熱に膨張、融解も始まる。ヨモは缶詰を日差しの下に並べて「温まってる!」と確認。

 今日の”晴れ”が去って、月の反射が強烈な夜間に装備点検がされて放棄する物、後送する者が選別された。


■■■


 ”晴れ”を凌ぐ間、日本隊は停止を余儀なくされた。そして移動を開始して少し、渡島大島小ゲートからの伝令が到着する。せめてもの救いは理由が添えられていたことだ。無線も有線も使えないことから情報は与えられるべきと判断したのだろう。

 ”作戦失敗。長白/白頭山大ゲートへの核攻撃不発につき地上部隊攻撃出来ず。早期に撤退せよ”。ただ異界の自然環境に嬲られただけの作戦は終わりを迎えたのだった。

 せめて戦って死んだのなら立ち瀬もあると思わされた時、戦う相手が見つかる。

 焼野原、葉が落ちて焦げた幹が並ぶ林の隙間にトウテツ、スラッシャー、道具も使えない蛮族。先導するのは黄色い賢者。

「極小弾、射撃用意」

 金恵少佐の指示で核砲撃隊形が取られる。車両が横並びになって壁を形成し、車体下部、車間の隙間には防風板を固定設置。陰にNBC防護服を着こんだ兵が隠れる。対核ワゴンブルク。

 威力を技術の限りに最小化した核弾頭砲弾、無反動砲より射出されて着弾。斥力場を突破出来ずとも放射線と無酸素空間で大規模殺傷が可能なはずだったが、土煙を小さく上げるだけ。

 大間、東通原子力発電所停止と同様の現象が起きた。大陸では復興が遅れ、されず、長白/白頭山周辺数百km圏内の原子力関連施設は貯蔵庫以外無かった。それでも予期はされたが、まさかでもあった。日本でも大陸でも核実験を試みる段階まで踏み込めなかった。あの謎の1発が疑う気分を吹き飛ばしていたのかもしれない。

「力場内での核反応は抑制されると思われる。通常火器で足止めしながら基地まで後退する。まずは力場外へ。犠牲は惜しむな」

 金恵少佐は部下達へ慌てず情報伝達、作戦指示。虎の子は使えず、木偶の坊となっては女の子頼り。

 敵の群れが前進。機関銃、通常砲弾射撃は斥力場があって通じない。燃料気化弾頭弾による窒息は若干の効果が認められるが、運用の下手な化学兵器程度の被害に留まる。

 雑魚殺しの軽機関銃兵がこれでほぼ無力と判明、雷剣に軍刀を手にして白兵戦に備えた。

 逸身大尉は水冷式機関銃を構える。捜索レーダー網を広げ、それに引っかかった対象へ射撃レーダーで照準、それと連動する念動調整で銃口を調整。12.7mm弾に魔力を乗せて射撃する特殊技能複合運用による近接防御射撃開始。東アジア最強の雑魚殺しが群れを薙ぎ倒す。

 直率の古参の部下達は逸身大尉の射撃支援に徹する。差配を義仲曹長が行う。替えの水冷式機関銃、弾薬箱、銃身に冷却水を持って待機。弾切れが起きないよう配慮しながら、機械に不具合があればすぐに交換、整備、再使用出来るようにする。そして掻い潜って近寄るトウテツだけを狙ってボルトガン、銃剣、軍刀で殺す。近寄る敵は部下が排除すると信頼しているので逸身大尉の射撃は常に、味方全体の戦況を考慮したものになって戦線の崩壊を防ぐ。

「横隊整れーつ! 死ぬぞぉ!」

 少女兵、決死隊。二列横隊形。

「第1れーつ構え!」

 銃剣付きボルトガンを構える。

「魔ぢから込めぃ!」

 斥力穿つは同じ斥力。20mm劣化ウランボルトを分身と見做して魔力を入れる。

「撃ち方……始め!」

 斥力に当たり削れて抜けた発火燃焼するボルトが獣に刺さり焼けて肉裂き、骨砕いて内臓弾く。道中の野生と違い痛みへは声も上げない。肺が壊れて押し出された空気がなるだけ。

 敵第1列が崩れて、背後から敵第2列が越えて来る。獣らしい素直な怯えは無く、統制されて威嚇の咆哮も無い。

「第2れーつ構え! 魔ぢから込めぃ! 撃ち方……始め!!」

 第2射、敵第2列を崩す。

「雷剣装爆! 安全ピン外せぇ!」

 少女兵達はポケットからC4爆薬ブロックを取り出し、銃剣に突き刺して紐付き安全ピンを抜いた。そしてショベルハンドル型の銃床を握る。

「突げーき、前へぇ、進めぇ! ア……」

 ――耳をつんざく奇声絶叫。

 決死隊走り、叫びながら装爆特攻。銃剣突き出し、敵第3列以降へ続々接触、肉弾発破、血肉混ざって泥になる。恐怖と興奮と教育に前例があって躊躇無し。

 消えた味方第1列、残る味方第2列は第3射を放ってから走って後退。その間に全隊は大幅に後退して距離を取ることに成功。案内人は騒動で行方不明、死闘の約束はしていない。

 2名が殿に残った。逸身大尉の部下は去ったが近接防御射撃は脚を止めたまま継続。

 獣の群れが死体を乗り越え近づく。可能な限り引き付けるのではなく、友軍の後退が優先事項。群れに囲まれても逃げない。

 逸見大尉はヨモに爪牙、尾の瘤が立たぬよう機関銃掃射を加え、銃身焼き付けば予備に部下が置いて行った機関銃を取る。

「ア……」

 ――耳をつんざく奇声絶叫から、絞りつくした声が消えて大股、脚を振り上げ180越えて190度、地面を踏みつける。

 足形から蜂の巣、浅く広く陥没。大気汚染を半球状に押し退け、樹木が傾き倒れ、葉が散り枝が落ちる。水溜まりが弾け上がって、斜面の岩が落ちる。虫が飛び鳥が落ち獣が転んで立ち上がらない。山彦が返る。

 敵味方諸共精神まで麻痺させる一撃は入り混じるところでは使えない。敵戦力、縦深、効く効かないが不明な中で全員を動けなくした時、ただの転がる肉になる可能性大。

 実際にこれを受けた、函館での被害範囲を学んだ逸身大尉だからこそ距離感を把握し、この連携攻撃を見出した。

 発狂して動きを止めた群れを、逸身大尉が焼けついた機関銃を捨て、取り換えて射撃掃討。

 敵との初遭遇時にこれが出来る相対距離があれば犠牲は最小限で済んだ。

 黄色い賢者は先導を諦める素振りも無い。逸見大尉の狙撃は全く当たる気配が無い。

 次の群れが、比べて痩せて弱った死体を食い始めた。火力を肉量で潰す共食い攻勢は埒が明かない。


■■■


 全隊は力場中間地点まで後退した。殿を繰り返してきた2名が戻ってきて金恵少佐に報告。

「キンちゃんあのね、えっとプルプルっプルコギ? 止まんない!」

「渡白街道の怪物プルガサリが新たに出現しました。トウテツの10倍くらいの体格のヤツですね。核砲弾の直撃でもない限り倒せないと言われたヤツです。我々では足止め不能です」

「口ん中ハラキリすれば倒せるよ! タマちゃんやったから出来るって言ったのにダメってあーたんが言うの!」

 逸身大尉は興奮するヨモの口に義手の手先を突っ込んで強制的に黙らせる。これが1番早い。

「少佐、指示を」

「金恵支隊は全員ここで敵を食い止める。無反動砲を外して地上に設置。殿は死に掛けのジジイ共に任せて残る少女隊は全員後退、車も持っていけ」

「了解。お疲れ様でした」

 自己犠牲に声を詰まらせる程、逸身大尉は初心ではない。既に多くの姉妹が死んでいる。指示通りに各少女兵へ伝達。

 負傷した者は連れていかず、捨てがまりをさせる。腹にC4爆弾を巻いて予め雷剣を刺しておき、敵が迫る直前までボルトガン射撃、迫ったら自爆。甘い人情と無駄が無い。

「キンちゃん、残ろっか?」

「娘と心中する馬鹿がどこにいる。カンジを頼んだぞ」

「うん……」

 金恵勤治は自分より背が高くなった姪の頭を撫でる。支隊の男性兵、これを見て既に決まった覚悟を新たにして笑う。

「お前等喜べ! 遺族年金は高いし可愛い女の子のために死ねるぞ。出来るだけ遠くに逃がしてから起爆する」

 近接射撃用の極小弾頭以外も持ってきている。

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