13:第2次奪還作戦

「がえっでぎだー!」

「まだおがゆー!」

「じごどおばんばー!」

 膝、腰、正面から肩車の3点同時タックルでもヨモの体幹、微動もせず。新米厨房3人組は過労、寝不足、クレームで泣く程疲れていた。

「良く頑張ったね、えらいよー」

 若い頃は厨房に立っていたこともある男性兵も出迎え、疲れ切った顔で敬礼する。

 経験者でもガス水道電気無しの前近代料理方式は堪えた。人数も増えれば手間も増えた。小ゲート防壁の再整備、基地増築も始まっていて軍民混じる建設作業員にも食事を出しているのだ。

 大量の炊事は筋力と魔力が解決する。ヨモが加われば”いつも”の半分の時間で料理が終わり、ご飯の煮炊きも万全。

 基地屋上で鍋が叩かれる。

「ご飯だぞー!」

 1番着が言う。

「缶詰飽きたー!」

「我がまま言わないの」

 食事プレートに盛って出すのはザンギ、千切りキャベツ、ポテトサラダ、プチトマト、海苔ご飯、こざるめと豆腐の味噌汁。

「唐揚げだ!」

「下味付けてるからザンギだよ」

「何それ!?」

「味付いた唐揚げ!」

「唐揚げだ!」

「下味付けてるからザンギだよ」

「何で!?」

「豚を焼いたら焼肉、豚を生姜焼きにしたら?」

「生姜焼きだ!」

 2番着が言う。

「あ、ご飯が死んでない、立ってる!」

「ちゃんと炊きました!」

 ヨモは指名手配同然であるが、当然のように渡島大島基地の厨房でご飯を作った。少女兵も男性兵も数日前に起きた地球の事件など知らされておらず、食事が改善されて、ただご機嫌。

 ユウコはハリカが配置していた谷の騎兵に引き渡され、堤防城へ荷物を持って居を移している。そばの件に関しては、あらかじめトウコが家で茹でて待っていたので解決済み。

 あの一件で一族に累が及ぶかは不明である。仮に及んだ場合、滝軍閥の傘の下にいる、1撃で都市1ブロックを半壊させる怪物と敵対することになる。

 厨房新体制で変更点がある。この度、地球土産の本を食堂に並べることになった。特に種類はこだわらず、金恵親族、島の同級生、男性兵の読み終わった文庫本から雑誌まで手当たり次第。

「女の人なのにちんちんが生えてる!」

「男の子同士でなんでこんなことするの!?」

「耳が4つ?」

 文字の読めない少女兵が多いので絵本の読み聞かせも行われるようになった。

「ヨモちゃん読んでー!」

「はーい待ってー!」


■■■


 金恵少佐率いる、近接核打撃群から抽出された余命短い老兵達が車両部隊を編制して金恵支隊となり、渡島大島基地入りを始めた。基地少女兵分の異界対応のNBC防護服、覆面、酸素ボンベも大量に持ち込まれる。

 持ち込みの車両は軽装甲機動車と高機動車の2種で、車載火器は重機関銃と無反動砲を装備。

 車両は小ゲートを潜るように分解と組み立てが可能な複雑構造を取り、その分耐久力が低い。使用する合金も異界環境対応型で極めて腐食し辛く、その点を重視した結果耐久力が更に低い。異界対応の水素エンジンを全車導入して油蟲に悩まされないが性能と整備性が低い。電子回路等は変わらず小ゲートを潜ると使用不能になるので制御系統は全て古い近代式の劣化模倣となって更に性能と整備性が低い。そしてNBC防御機能は外せず豪華な仕上がりとなって費用が高い。全般的には洗練された兵器ではない。人口減少と世界経済の後退以降、技術の低下や喪失から逃れられなかった。何とか動いていると言って良い。

 逸身大尉の分隊だけではなく、米丸基地から彼女の指揮に良く従う古参兵達も集結して米丸派遣隊となる。大陸派遣隊の引き上げ、那須と硫黄島少女隊の再編も行われた後で、他基地の防衛面は配慮されている。

 渡島大島基地の人口が増えた。厨房と食堂の機能は限界に近く、給養員の数よりも部屋の広さと設備が足りない。異界対応の野外炊具3号を使い、金恵支隊と米丸派遣隊は屋外で食事を摂る。食卓を共に囲わない姿は融和から遠ざかって見えた。飲み水も塩気のある井戸水と、地球から送られて来る水道水と利用が分かれ、水すら共にしない。

 素人目にも大規模作戦の前兆であった。その矛先が向かうのは谷か長白/白頭山かという疑問になり、ハリカの息が掛かった基地隊長は敵か味方か分からない両隊に監視の目を付け、それを快く思わなければ互いに睨み合いとなる。喧嘩、勿論殺し合いは双方厳禁としているが長時間の同居は不穏度が増す。

 物損だけではなく大量の負傷者を出した明確な反逆者ヨモが、そんな大人の都合など知ったことかと厨房に立ち続けている。良いことをしたとしか思っていないのでうしろめたさなどまるでない。負傷者が出たことも見て知っているが、微塵に砕けた姉妹の前では屁のかっぱ。軍人が病み傷つくことなど当たり前で、前線後方の違いなど知らないし、大体は血で治療してある。”ユウコちゃんを返して”という警告はちゃんとした心算なのだ。そして今はそんなことより今日の朝食である、目玉焼き乗せ牛丼とイワシのつみれ汁を作る仕事が忙しい。

 陸軍病院で交戦した時より義手義足が大型化して足音が重くなった逸身大尉が、食事が終わった後に食堂側から厨房で洗い物をしているヨモを訪ねた。

「あれ、背伸びたの?」

「お陰様で。自称ユウコはどこだ」

「内緒ぉ、教えませーん、残念でしたー! だめー、くまー!」

「くっ……金恵少佐とこれから滝葉梨花に会って作戦計画を話し合う。仮にもこの基地の元隊長で、かつては世界で活躍した人物だ。貴重な意見も持っている。同席して貰う」

「難しい話はお姉様としてね。お昼ご飯作んないといけないから」

 渡島大島基地の少女兵は階級章を受け付けない。


■■■


 ヨモは岡持ちにご飯を4食分入れ、別の品はリュックサックに詰めて谷を降りる。これに金恵少佐と逸身大尉が2人で同行。

 日本国と堤防国は正式な国交を結んでいない。国連加盟国という横の繋がりもなく、安全保障や経済に関する条約も何も結んでいない。

 日本国の見解では渡島大島基地の影響範囲が広がった程度である。その範囲下に国家があるなどとは公に認めず、暗に黙認。要らぬ衝突を避ける方便である。

 堤防国の見解では政府に服さないことは明確。協力関係を築くことには現状異論の無いところ。渡島大島基地を”出島”とするか国境線とするかは曖昧が良ければそのまま。

 ヨモとユウコの処分はこれらを参考にされるだろう。キンジ伯父さんは何事も無かったような態度を姪に向ける。

「いつも出前してるのか?」

「うーんと、3日に1ぺんくらい?」

「こっちの地元の人のご飯ってどうだ?」

「えーとね、お肉は普通かな。野菜がクセ凄くて食べづらいのが多いよ」

「お腹壊さないか?」

「平気だと思うよ。あ、石油で育ったの食べるとお腹詰まるからヤッバいよ」

「おわ、怖いな。俺の腹で詰まったら即死だな」

 堤防城の様子は以前と変わっている。

 合流した旧瀋陽軍少女兵が多数おり、男手を失った領地の再開発に邁進。建物を修理し、田畑を耕し、灌漑を整備し、家畜を放牧する。夫婦も既に成立。ボルトガン、機関銃に火砲も多数配備されており、工廠にて現地技術力で可能な範囲で整備がされている。

 旧瀋陽軍と日本軍の違いがあるとすれば、少女兵に積極的に避妊手術を施したか、機械類を異界でも整備出来るように技術を教え込んだか。

 金恵少佐も逸身大尉もこの軍拡ぶりには、声が出そうになって抑える。

 ヨモは門衛から捧げ剣の敬礼を受けて「ご苦労さまでーす」と返して入城。敬礼されずうろんげな視線を送られた2名は待合部屋にて待たされた。

 ヨモは出前の昼食を配る。出汁卵とじのカツ丼、ざるそば、刻みのネギとショウガとミョウガ、そば湯。今回も温石で保温済み。

「はいお姉様どうぞ!」

「この日を楽しみにしていました」

「はい旦那くんどうぞ!」

「ありがと、ござます」

「はいホッシーどうぞ!」

「美味しそうですね」

「はいユウコちゃんどうぞ!」

「おそば! あ、今度またイカのお刺身食べたい!」

「出来ればやるねー」

 そしてとっておき。飲んべえがいなくなったので在庫解放中。

「はいおビール!」

 ヨモは4人が食べて飲む姿を見れて満足。ハリカはビール缶を丁寧に底と側面を持ってのみ、旦那くんは強い炭酸にしかめ面、星将軍のツインテールは揺れているし、ユウコは思い切りそばを啜る。

「うふふふーん」

 揺れるツインテール、テーブルクロスに散るそばつゆに大変満足。

「ヨモ、あなた、お婿さんはいかが?」

「え? えー」

 実感無く、どうでも良く、未知の男性性には忌避感。恋は知らないか、最初からあきらめて始まっていない。

「愛してくれる人の方がきっと幸せです」

 あの花束の人かな、とヨモはぼやっと顔を思い出す。

「基地のご飯があるからー」

「皮下脂肪がついて身体が丸くなり、乳房が発達して陰毛や腋毛が生えます。月経が始まり性器も発達します。この性徴が無く、背が低くて少年のような姿の姉妹ばかり。大人達の企みのせいです。酷い話ですね」

「う? うん」

「かつてフランスの軽騎兵は30歳まで生きていたら糞野郎と呼ばれていたそうです。長生きするのは戦いから逃げている卑怯な臆病者ということですね。かつて女の仕事の定年は一部で30歳だった時代もあるそうです。それ以降は行き遅れということですね。私達の平均寿命は15歳以下と言われています。大人達は私達を15歳で死ぬように使ってきました。思い通りに動く兵器として。そこから抜け出した今、考えてみては下さいませんか? 私は生物としての義務と思っています」

 大きな腹で言うと説得力が違った。

「うーん」

「無理強いはしません。若いですからね」

 食事が終わり、星将軍とユウコが退室して目に触れないところまで下がったところで客が2名通される。不機嫌になったかどうかを顔に出さないだけの腹はあった。

「久し振りの姪子さんのご飯をゆっくり堪能させて頂きました。それでご用件は? ゲートの大きさの割には揃えてらっしゃいますが」

 城にいてもお見通し。

「第2次長白/白頭山奪還作戦の助攻のために渡島大島基地から陽動作戦を敢行、敵戦力を誘引。その隙に地球側から連合軍が大攻勢を仕掛ける。参加して貰いたい」

「作戦計画書はございますか」

「部外秘だ」

「それはそうでしょうとも。何か重要な隠し事は?」

「旧瀋陽軍を壊滅させた勢力が地球再侵攻を企んでいる。この谷の人々と相容れるようにはあまり思えないが」

「個人的な好意で道案内をつけましょう。我が領民の利益にはならないので動員は出来ません。理解もされないでしょう。もしするというのなら、想定される損害に見合った見返りが無ければいけません。作戦での人員損失の見込み、白山ゲートを占拠する勢力と敵対した後の損失見込み。敗勢になった後でも防衛出来るかの保証。つまり納得の条件でも無い限り兵隊を出すことは出来ません」

「納得出来る条件とは?」

「動員数と同数の同胞の引き渡し。相応の装備と物資の提供。工作機械や設計図も欲しいですね。動作保証がされた核兵器も10発以上頂きましょうか。本物かどうか、余計な細工がされているかは専門家がいるので分かりますよ」

「それを上奏するときっとそちらが困ることになるが」

「”獣の方”との争い、頑張って下さいませ」

 ”保有”し、”関係”している。


■■■


 長白/白頭山奪還作戦始まる。滝軍閥傘下の少女兵はほぼ動かず。

 米丸派遣隊を督戦隊にして動かぬ少女兵を動かす案は一応検討されたが、苛烈な戦闘により陽動以前に出発すらままならず、基地を完全に失陥する可能性が考慮されて予定通りに中止される。動かぬ兵力は基地守備隊とされた。動くのは古参からは志願兵、ハリカの影響下に無いゲート改良後の新参兵である。

 滝軍閥による軍作戦行動が阻害される中、そのようなことは目にしても伝えられない軍広報官が出陣前の意気込みを少女兵達から聞く。

 背が高く太り気味。前歯が無い。

「魔ぢから無しの男パン育共なんざに負けねぇ!」

 ブレイズヘアの美人、年長組、筋肉質。首を掻き切られた痕がある。

「米丸の刈り上げブス共には絶対負けません!」

 三白眼で斜視、そばかす、鼻が低くて片耳が無い。

「何が何だバカかおめぇ、バッカ、バックバーカか、何か、上の学校出てるくせにバカだろお前」

 皮が大きく剥げた坊主頭、鼻と耳に骨ピアス。

「姉妹がいんだから当然だろ」

 髑髏ペイントの覆面で鼻の膨らみが無い。目が灰色。

「話しかけんなよクソが死ねコラ」

 小学校低学年並に身体が小さくて更に猫背。歯が削れ、爪が不釣り合いに厚い。

「ウガ?」

 刈り上げ短髪頭、服装も整って背筋も伸びている。

「大島のチンピラカス、いわゆるチンカスと一緒にしないでください」

 トウテツにサイドサドルを付けて騎乗する、異界の垂簾付きの大日傘を洒落に差して姿を半ば隠す妊婦のハリカに広報官が尋ねた。

「夫と可愛い妹達を見送りに来ました」

 道案内にはトウテツに駆る旦那くんがついた。元から道に詳しく、既に現地へ偵察検分、物資回収にも向かったことがあり、弓矢を使った獣狩りの専門家でもある。伊達に元後継者ではないのだ。

「どすこーい!」

 ヨモは四股で軽く地震を起こす。堤防城にて仕立てられた怪獣プルガサリの革で作った防護服を着込んで戦陣に加わる。キンちゃんが行くなら行く、深い考えは無い。小さい頃から、詳細は省かれていたが武勇伝を聞いて育ってきた。家を訪ねる伯父の部下達から尊敬される姿を見て、その誇らしい人物と肩を並べるのに疑問があろうか。

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