11:世間知らず
「おかの灯りが函館だ! こっちゃからだと核ででっけぇ湾こさなってるから、あがってアッキの地図見れじゃ! あど夜中歩いてらばマッポさすぐ職質されっからな、いくなら昼間っくらいから動げよ! あー、学生だなんだってあっから、夕方以降だな! 下校時間!」
ヨモを漁船で運んだついでに始まる漁火漁。操業もせずに佇んでいたら不審船そのもの、巡視船が直ぐにやってくる。
船体両脇のイカ釣り糸が機械で自動に巻きの上げ下げ。上がる度にイカが釣れ、船内の水路に落ちて箱詰めの作業場へくみ上げた海水に乗って流れていく。
「わい大漁だじゃ、針さ掛かんなよ! 灯りも見んでねぇど、目おかすぐすっからな! たっ、このイワス食ってんでねぇじゃ!」
ダイジは屋根付き甲板スペースでの発泡スチロール箱に氷詰めの作業は間に合わず、時の水に墨吐くイカを木箱へそのまま詰めていく。
ヨモは海へ、マスクとボンベを省いた軽装のダイバー装備で飛び込む。
強烈な漁火が照らす海中、イカとイワシの群れの中を泳ぐ。
イカがイワシを捕食。
アシカがそのイカを捕食。
ダイジがアシカに爆竹を「クソえこの!」と怒鳴って投げる。
ダイジ伯父さんの漁船は渡島半島側に水揚げ許可が無く、緊急避難時以外は入港出来ない。渡島大島と奥尻島には出入り出来て、時々松前に許可が下りる程度。
食糧自給法や燃料管制で色々と面倒臭くなっている。1番は密入国防止。大陸難民の不法入国で稼ごうとした漁船が検挙されて以来取り締まりは非常に厳しくなっている。
暗い海を、漁火背負って岸の街灯を目指す。
”やりてが、やりてぐねが?”
やりたい。
”死にてが、死にてぐねが?”
どちらも同じ。
”ユッコさその価値あると思うが?”
思う。
”お嬢がまどもな神経した奴でねぇってわがってらな?”
分かってる。
”親方日の丸4000万、なめでねぇが?”
それはちょっと分かんない。
”わどチビ共、キンちゃん、おやんずはまあいいじゃ。捨てる覚悟あんだが?”
上陸して着替え、昼を待った。防水バッグはテトラポッド同士の隙間、水没部分に嵌めて隠す。
夕方をこれから半日、海と空を見て待つことにした。
トウコが天日干しの岩海苔で包んで醤油を掛けたおにぎり、中は鮭。食べる。
■■■
「君、どうしたの?」
昼、釣り人の男性とヨモは遭遇する。顔を向けると「あ、目っ、おわ!?」と叫んで逃げ出そうとして足を滑らせ、テトラポッドの隙間へ落ちる前にヨモは襟首掴んで救助。
異界人がどれ程怖ろしいか人々は覚えている。捨てられた特定出生児が野犬のように襲撃事件を繰り返していたことも知っている。残党を狩り尽くし、回収して少女兵に仕立てるために施設へ送り、被害者の救済体制も整った今でさえ事件は皆無ではない。凶悪犯罪程度の頻度でニュースに取り上げられる。
釣り人の左薬指には結婚指輪があった。
「おじさん、家族のために死ねる?」
「えっ?」
釣り人はその後「ありがとう」「すいません」などを連呼して去った。
■■■
ヨモは潜伏場所をテトラポッドから、人口と資金の不足から再開発が進んでいない廃墟へと移して夕方を待った。
下校時刻になって学生が道に出始めたのを確認してから行動開始。廃ビル屋上から高い視点で何度も、アキオにパソコンで、地図画像データに道路案内とランドマークを書き込んで印刷して貰ったものを見て図上演習してある。
堂々と街中を歩く。同年代、ほとんど背が下の学生とすれ違って、特に問題無し。
通りがかるパン屋、惣菜並ぶ肉屋に寄りたいが我慢。パンにコロッケとメンチカツを挟みたいが我慢。
道路案内の途中の地名が、バス停留所の名前と一致して道が合っていることを確認してヨモはホっとするが束の間、不安が復活。意味なく表札を見て考え込むような素振りをしてしまう。
バスに乗れば真っすぐ行けるような気がする。電車と路面電車は目的地に直通せず、現在地に乗降場所も無いので線路沿いに歩いても駄目。タクシーが最速だが事業用以外の自動車所有の基本制限下では金持ちが手配して使うものとなっている。島ではキンジが軽自動車、ダイジが軽トラックを所有していたがあれは業務用。
バスが停車する。降りる客、乗る客が全て移動し終わった後でもヨモは動かなかった。それを不審に思ったバスに添乗する警察官が、運転手と目配せしながら下りて来た。
「君、どうしたのかな?」
「えっとー」
「国民証書見せてくれない?」
「何それ?」
公共交通機関の利用には国民証書が必携。不法滞在者の摘発に一役買い、ICカード乗車券も兼ねる。そして少女兵には発行されておらず、そのこと自体知らない。
トウコもダイジも失念していた。金恵の家から学校までは徒歩圏内、買い物は自動車。注意喚起すべき、かつて北海道本島に住んでいたダイジはバスなど小学校の時に何かの研修旅行風の行事で一度乗ってみただけだった上、その当時は証明書等不要。更に自家用車文化圏の人間はそもそも公共交通機関の利用方法を知らない。制限速度を守って頻繁に道路脇へ停車する障害物としか思っていなかった。
「どこから来たのかな?」
「渡島大島だよ」
「あぁ、あっちの人か……君、少女隊?」
「うん。あ、陸軍病院ってどう行くの? おまわりさん知ってる?」
「いや……」
警察官の顔色が変わり、素直に答えたヨモは変わらない。陸軍病院へは”いけない”用事で向かうから軍人と対立する形になると理解しているが、警察と対立する可能性があるとは全く想像に及んでいない。
警察官は軍人と悶着した上にあちらとこちらの”会社”が面倒な手続きを経て連絡し合った時の上司の嫌な顔と嫌味が脳内を過る。これに違法性も何も無かった時にどんなことになるか、ただ恐怖。軍相手に面子を潰して借りを作ったなどとなればどう怒られるか分からない。
バスの運行の遅れの可能性でそわそわしている運転手の顔色と新婚生活の雑談も思い出し、どんな報告書を作るかなどと考えが巡り、強盗事件で川に捨てられた包丁を探す休日出勤が続いて寝不足で、思考力が落ちる中で全方位解決を図る。
「お仕事忙しいからまた今度ね」
「うん? はーい」
何も無かったのだ。利用客も少ない路線で何かあるわけがない。
■■■
[……午後7時より一部施設を除き計画停電を行いますので市民の皆様はご協力お願いします……]
ヨモは地図を頼りに、日の入り直前になって五稜郭防御塔を背に見える形の大きな建物を発見した。位置的に陸軍病院で間違いないが確信に至らず不安。
道行く人々は、何だか島の人と服装や雰囲気が違って知らない顔ばかりで不安。島は人口が少なく、名前は知らなくても顔を見たことがある人は結構多いのだ。その中で話しかけやすかったのは小さな女の子である。男の子はやや不親切なイメージがあったので候補としては次点。
「ねえねえ、あのおっきい建物が陸軍病院なの?」
「うん? そだよ」
「ありがとー!」
「あれ、おねえさん、目おっきくない?」
「変?」
「アニメのね、マジカルハーフみたいでかわいいよ!」
「そう?」
「お見舞い行くの?」
「うん、そんな感じ」
「晩ご飯あるから、ばいばーい!」
「ばいばーい」
ヨモに笑顔を見せて手を振りながら遠ざかった女の子は、曲がり角の死角へ入ってから懸命に走り出した。凶悪な生物に対して背を見せないという教育は、このご時世で必須。
混血の少女兵は俗にいう”アニメ顔”。アニメや漫画を見慣れていれば可愛いと言えば可愛いが、個人により不気味の谷へ差し掛かる。
ヨモはまだ、良く顔を見ないと分からない程度であった。擦れ違い程度では顔が濃いめ、くらいの認識。若干異界人に寄る耳も基地の長髪伝統で隠れていた。
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