10:呼び出し

 トウコの転勤予定は事前に告げられるも、その日時は当日早朝になって突然告げられた。朝食の片付けをしながら、昼食の支度をどうしようかと考えている時に事前に知らせないのがトップダウン式組織だ、という態度を取られると後々の計画を立てて動いている者には腹立たしい。

「クソえこの! なんぼだりほんずねんでねんだ! あぁ!」

 トウコはそれから吠えっぱなし。伝令に過ぎない中間管理職のキンジ伯父さんは「まあまあ」としか言いようがない。

 引退最後の食事はとびきり豪勢にしてやろうと考えていたのに、今日の朝食は焼きサバ、卵焼き、ほうれん草のおひたし、ニラ玉味噌汁とひねりも手間もないメニューであった。

 トウコは他人への不機嫌を誤魔化すように笑って調理器具洗いを済ませる。

「わのマギリ、おめさけるじゃ」

 洗ったばかりのマキリ包丁をヨモが手にする。何度も研いで痩せ、錆が少々。仕事道具の継承で新コック長はヨモに決定である。

「ねえコック長、弟いるってホント?」

「いるで2人。アホとちゃっこいの」

 新人の厨房担当の姉妹達、トウコが引退に備えて選んで育てた3名。

「弟かわいいよねー」

「欲しいねー」

「私のとこなんて弁当まずいって言われた」

「あんたいるの!?」

「連れ子」

「血の繋がってない弟なんて最高じゃん!」

「おねえちゃん!」

「やめろきもい」

 今は3人掛かりでトウコの半分の速度が出れば好調な方。

「ヨモちゃんは?」

「キンちゃんとこに住んでて、従弟1人」

「血の繋がらない!?」

「お母さんと伯父さん兄妹だから」

『あー』

「コック長は?」

「わんどこは、まずおやんずとわが別よ。1番目が男1人、2番目が女1人、双子の男と女」

「1番?」

「1も2も離婚だ。ほんずねんだうちの親んず」

 湿っぽい別れの儀式をする暇も無く、トウコは地球に転勤。ヨモは同時に休暇ということで小ゲートへ向かった。他にも帰りたいと思える家がある姉妹達が小数同道で、これもまた突然。家族への不幸と共に生まれて来る彼女達に基地以外に帰る道は少ない。

 これにより一挙に厨房戦力が減退する。これは試練でもある。大変なら休日じゃなくても缶詰を出しても良いと事前にトウコが触れ回っているが、どう突き上げが来るか。

 見送りにはもう腹が大きくなっているハリカも加わる。免職も辞職もしていない。

「”花の命は短くて苦しきことのみ多かりき”と言います。嫌になったら私のお城に来てくださいね。お婿さんも差し上げますよ」

「おめだらもうお嬢でねぐて魔女だじゃ」

「それはどうも」

 親友ではないが戦友のハリカとトウコの別れの言葉はこの程度で終わる。

「ヨモ」

 ハリカが上の腕をその高い首、下の腕を腰に回し、胸より先に腹が当たる。何も言わず、見つめて念じるだけ。

「お土産持って来れたらねー」

 送迎案内役となった金恵少佐への言葉が付け加えられる。

「金恵の小父様、1つお伝えすることがあります」

「何かな」

「我々は保有しています」

 何が、と言っては”わびさび”が無い。

「言う相手を間違えてはいないね」

「ごきげんよう」

 女領主の衣装でのカーテシーが様になる。

 トウコが小ゲートに入る直前、集まった基地の姉妹達が声を合わせる。

「せーの」

『ありがとーございました!』

 トウコは振り返って手を振る。

「したらの! あんましわがままこくんでねぇど!」


■■■


 ヨモは1年に満たないが、2年以上、3年近く地球から離れていたトウコは空気のにおいが違い過ぎて鼻をすする。

 ゲートが普通の生物も通すようになったので、衣服手荷物に身体から腸内細菌まで徹底殺菌洗浄、健康診断もしてようやく基地から出られる。

 渡島大島は異界人侵攻前までは無人島。小ゲートの発見と異界勢力の拠点化を発見した後には地形毎粉砕しようと爆撃がされて原型を留めていない。ゲートそのものが破壊不能と判断された後は管理防衛のための基地が建設され、軍と家族とそれらを支える住民が暮らせるよう開発がされて渡島振興局下の渡島大島町となる。

 ヨモとトウコはキンジに車で送って貰って帰宅。家はご近所向かい合わせ、本家と別家。

「すぐ難波戻るから、昼はカクチョで食わせてもらえ。トッコ、作ってやってくれ」

「あーよー」

「荷物置いてくる」

「おー」

 カクサン金恵家。国構えに三の漢数字で書く造字の屋号で、商売をしているわけではないので表札に表記などはしない。

 ヨモは勤治に引き取られ同居していた。母と死別した夫は行方不明。

 玄関フードの傘立てにヨモの赤白の水玉の傘が差したまま。カンジの青白と、キンジの黒がある。

 玄関に昔のヨモの写真と、今より小さいカンジ、もう少し肉付きが良い頃のキンジと戦災で亡くなった奥さんの家族写真。昔のヨモは髪が長くて線の細い、儚い美少女の系譜で熊の気配は無い。魔力が今を作ったか。

 久し振りの我が家は変なにおい。同居していた従弟のカンジくんは小学校に行っていて留守である。自分の部屋は整頓されているが昔のままで、基地に行く直前まで来ていた中学校のセーラー服を鏡で合わせてみると明らかに肩幅が小さい。カンジくんの部屋を覗いて、もしやと思ってベッドの下。お宝無し。

 基地の購買で買ったお菓子を仏壇に上げて線香を上げる。向かいの別家、カクチョウ金恵とは仏壇共有。

「おいや、線香忘れでだじゃ」

 家に上がって来たトウコも上げる。

「じーばー、かあちゃん、えさ帰ってきど。ヨモ子、おめなの写真あれ何よ!」

「いっつも見てたっしょ!」

「久し振りにあのめんこちゃん見たでおい、化けでんでねぇのか! 赤頭巾どころでねぇでおい」

「べあー、がうー」

 仏壇への挨拶も終わって2人は向かいの別家へ。

 カクチョウ金恵。国構えに丁の字、丁寧に喋らないとウは省略。苗字が同じでも屋号を別にすることで家の判別が可能。

 玄関フードの冊子の隙間に衣文掛けとフックが下がりヤッケ、ペンキ汚れの帽子にツナギが掛かる。棚にはゴム手、革手、軍手は1組ずつ手首引っ繰り返して組んで入れてある。家主ダイジの仕事道具。

 玄関先に家族写真は無い。昔金魚を飼っていた空の水槽が置いてあるだけ。

「何作るべ。冷めだの出すてぐねぇなぁ」

 トウコは購買でてきとうに買ったものと、冷蔵庫と炊飯器の中身を見ながら米櫃を見て、出るのが当たり前の水道の蛇口を捻って「おいや、出るじゃ出るじゃ。わいや、綺麗だ水のにおいするで」と感嘆。渡島大島基地の井戸は塩分がやや濃いめで不純物、良く言えばミネラルが豊富。

「カレー」

「おう、んだな。ベストだじゃ。おめは座ってれじゃ。デッケぇケツ邪魔だがらの!」

「うるさー」

 ヨモはソファで寝ながら朝の情報番組を見て、教育番組、グルメ番組とチャンネルを流してみる。内容はつまらなくても久しぶりに見る”動く絵”というのが新鮮。

 昼前からカクチョウ金恵の家からカレーの匂いがするということで近所のかあさんが訪ねて来た。

「ごめんください。カクチョさん居たかい?」

 腰の曲がった、魔女みたいな鉤鼻のババ。大きい声は出ないが杖はまだ突いていない。

「あーい。おう、ヤマタのかあさんや、まだ元気でらのがい」

「元気でらよ。やートコちゃん、おがってぇ、美人さなったねぇ」

「んだで! 何回も死ぬどこしたじゃ!」

「ヨモちゃんや、あんたも帰ったのがい」

「ちょっと休暇なだけ」

「あれま。男だちだけで行って死んでくればいいのにね」

「ぶぁっはっはっは!」

「アチャは沖かい。津軽海峡の方かね」

「割り当てあっちゃこっちゃ国が決めっから今どんだの、わがんねでゃ。昔、佐渡の方さ行かれねぐなったとか文句たげでらけどな」

「んふふふふ、ライスカレー作ってらの」

「んだ。チビ共さかへでやるじゃ」

「向こうでちゃんと食べでら?」

「おう、わとヨモ子で600人とかかへでらで。化物も肉さしてら」

「すごいねー」

 世間話が始まると長く、玄関先にヤマタのばあさんが座った。鍋のカレーをヨモがかき混ぜに向かった。


■■■


 昼寝が、外で子供達のキャッキャと騒いで走って奇声を上げる声で中断される。

 家の前で「あ!」とか「わ!」と叫ぶ声、玄関の外と内のドアが激しく開く。

  ズダダバダダとトウコの末の双子の兄妹春樹、春美が靴を投げ散らかし、黄色の通園帽被ったまま入って来る。

「あ、お帰り」

 ヨモへの返事は絶叫。

「うるせどこの! 戸壊れる!」

 もう1回絶叫。バタバタ跳ねる。

 次女夏芽がランドセル背負ったまま、もう泣いて声が出てない。トウコにくっつく。

「ナっちゃんもお帰り」

「あい泣きべっちょかいでらで」

 俺、全然動揺してねーし、とまるで不貞腐れたような態度で学ランの長男秋男が帰宅。

「靴散らかすなぁ」

 普段は自分がいいかんげに脱ぎ散らかす方。

「アッキ、揃えでけれじゃ」

「おー」

 居間から玄関へ、ヨモは寝たまま顔だけ出す。普段は絶対にしないけど弟と妹の靴を殊勝に揃える長男。

「アッキくんお帰り。カンジくんいる?」

「あー、待ってれ。カンジ、こっちゃ来い! えさ上がれ、ヨモどトッコいるど!」

 カクサン金恵の家の玄関にランドセルを置いたカンジがやってくる。

「カンジくんお帰り」

「うん」

「勉強どうだった?」

「うーん。あ、アッキね、エッチなゲームだけでねくて女の子なのにちんちんついてる絵見てるよ」

「そうなの?」

「うるせっ」

「アッキ、ぅんだのが? あのネゴ頭女でねくてか!?」

「きつねー!」

「チンポコエキノコックスだべや!」

「うるせブス! 早ぐ死ね!」


■■■


 久し振りに子供達が揃っても何か特別な行事も無く近所のおばさんが顔を出す程度。ご飯を食べて風呂に入って寝るだけ。

 次の日は、ヨモだけがすることも無く出勤と通学の朝を迎える。

「アッキはえぐしろじゃ! おねっちゃん今日がら仕事だからじょっぺんからればなんねんだど!」

「うるせー! クソしてるじゃ!」

「半分してガッコでしねが! ハルもナッツも送ねばなんねぇべや!」

「勝手にいけじゃブス!」

「バカえこの! えの鍵一本しかねぇじゃ!」

「窓から出るじゃ!」

「なまらはんかくせんでねんだこの、やっとクソ出せじゃ! なあカンず、恥ずかしいおにっちゃんだのう」

「アッキのくそったれー!」

「うるせー。くいもんわりぃんだよ!」

「んだばこのボケ!」

 玄関先で、朝食を共にした親戚兄弟姉妹の便所合戦の言い合いが響く中、神経逆撫でする警報、国民保護サイレン。

[朝鮮半島北部で核爆発を観測、朝鮮半島北部で核爆発を観測。放射性降下物が日本海沿岸部に到達するおそれあり。住民の外出を禁止する。ただちに屋内へ避難せよ。放射性降下物が日本海沿岸部に到達するおそれあり。住民の外出を禁止する。ただちに屋内へ避難せよ。繰り返す……]

「やい久し振りに聞くじゃ。おめだぢえさ入れ、外出禁止だ!」

 朝鮮半島北部。地球上ではともかく、異界側では馴染みのある土地だった。ヨモは見ても届かない向こうの空を見てからカクチョウ金恵家へ入る。

「誰ぶっぱなしたばこの」

 住民連絡網がこの島に存在する。固定電話に着信、トウコが出る。

「あいカクチョ。んだ、トコだじゃマルナカさんや、んだ帰ってきたでや。んだよ、かあさん生きてらでや! あー、仲間だらばっこり死んだじゃ。んだんだ、おやんずだら沖だじゃ、まあ元海軍だべしわがってらべ。連絡網で長話あれだからしたらの」

 次に父親のダイジへ連絡。

「親んず聞いてらべ! おう、んだ! ガイガーも持ってらべ、おう、おうよ、んだ、あいよ!」

 これで異常があればその件を付け加えて次に伝える。次はカクサン金恵家。家の固定電話に繋がらないと自動転送され、キンジ伯父さんへ。

「あいキンちゃん、ヨモとカンずだらいるじゃ。おうすたらの」

 それからキンジ伯父さんから息子のカンジの子供ケータイへ。

「うん、はい」

 そして子供ケータイの短縮ダイヤルで、次のリョゴタさんの家。

「カクサン金恵です。家の人は避難しましたか? はい、こっちは大丈夫です。お父さんはお仕事です」

「カンジくんちゃんと喋れてえらい!」

 ヨモがカンジの頭をグリグリ撫でる。

「10日間外出禁止?」

 ナツキがトウコを見上げて尋ねる。

「風向き次第がなぁ、距離はあるから。どったら規模がわがんねじゃ。お天気予報次第だの」

 アキオはパンツ1枚になってパソコンとゲームを起動した。


■■■


 外出禁止が解除されるまで非常に暇であった。島の各家庭にはシェルターがあり、条例に定める保存食糧もある。近年まで配給制だった時代であれば皆、計画的に食べることを知っている。

 とりあえずテレビを居間で流して思考停止で見るだけ、暇。国策番組が目立つ。

 歌のお兄さんお姉さんが出てくる番組のエンディングで双子が跳ねる。

 アニメの時間に全員集合。それ以外はアキオがゲームをやっている画面を眺めるのもそこそこ楽しい。

[命をかけて戦ってくれていますからね!]

[あんな幼い子供たちをねー、酷いじゃないですか]

[あいつらマジで頭おかしい。俺の友達殺されたけど……]

[突然ですが東北電力による緊急記者会見の様子をお伝えします]

[……えー青森県の、大間及び東通原子力発電所が原因不明の要因……事故ではないのですが動作を停止しました。メルトダウンなど機器の損傷等の恐れはなく、こう、原子力のーですね、分裂反応が停止しました。原因は不明です。他国の攻撃によるものではありません。先日の核爆発との因果関係はありません。職員に怪我人はおりません。これから計画停電について……]

 ヨモはカクサンの家から食べ物を持ってきて、カクチョウと合わせて10日分の食料を整理中。

「わいや、晩方から電気使えねってよ」

 膝に穴空きっぱなしの弟と妹達のズボンと靴下をトウコとナツキは繕っている。サイズが合わなくなってもご近所の子供達にお下がりであげるので無駄ではない。

 ハルミが父の大きいシャツ一枚着て、座って膝を中に入れ手をパタパタ。

「ぺんぎーん!」

 かわいい。

 ハルキがトウコのパンツ被って決めポーズ。

「ザレイプパーソン!」

 ナツメがハルキの頭を叩く。

 漫画を読んでいたカンジの子供ケータイに着信。

「もしもし、ヨモちゃん? うん……お父さん」

 キンジ伯父さんから、とカンジからヨモは電話を受け取る。

「私? ……もしもし」

[カクチョにいたか?]

「どしたの?」

[迎えに行く]

「へ? 難波?」

[迎えに行く。切るぞ]

「うん、わかったー、わかった」

 仕事の時の声色であった。何の要件か、などと喋ることは出来ない様子であった。

「何だの?」

「何だろ? お仕事っぽいふいんき」


■■■


 門の賢者は難波基地に個室を与えられている。要人を接待するようなホテル部屋ではないが、2人部屋以上が当たり前の中、基地司令同等扱い。

「科学というものは大変に面白いものですね。物理学が大変に素晴らしい。私達がいかに科学を理解しないで特殊な力を用いていたかがわかります」

「うん……」

 わざわざヨモを呼び出した門の賢者、異形の姿で両手に本を持って7本指を駆使してめくり、両の目はそれぞれの文章を追跡。目前のパソコン画面では自動スクロールで膨大な文章が流れている。

「オリンピックをご存じですか」

「うん、名前だけ。昔やってたって」

 ヨモが理解するかどうかという前提を差し置いて話がされた。

「我々の侵略行為を例えるならそれが最も近いでしょう。目的は淘汰と融合の繰り返しの果てに多様性の恩恵を得ることです。今まで数多の違う世界への侵略では負けを知らず、災害に遭う以外は成功していたのですがこの地球では挫折に近いものを味わっています。核兵器、放射能汚染、レーザー兵器は未知で、何よりも数千万以上の兵力の大動員を可能とする人口、組織力を実現させた頭脳が我々にとって未知だったのです。これは素晴らしいことです。

 我々は地球人に大きな可能性を見出しました。こちらとそちらの強い要素を兼ね備えた新種の開発は、今まで幾度となく繰り返してきた前例を越えた傑作と言えます。地球人が少女兵などと呼ぶあなた達です。戦争に限らず男は皆殺しにするが女は、特に若い女を活かす傾向にありますね。生存率の低い雄より、高い雌をまず地球に定着させて繁殖を試みたのですが、避妊手術まで施して尖兵として運用することは我々にとって未知の組織運営方法でした。これも素晴らしい。雄は我々の世界で着々と作っております。現堤防卿の配偶者がその1人ですね。

 違う世界の者同士、双方が野合して勢力を築いたことは今回でも前回でも何度もあります。婚姻を交わして成功した事例も失敗した事例もまた数多くあります。我々は、多様性を生み出し、淘汰され、残った進化の最先端を……そう、美しいと感じています」

 真面目に話を聞くことと理解することは同一ではない。

「質問です。現堤防卿、あなた達のハリカお姉様が生んだ子供が元気に育って欲しいと思いますか?」

「それは思うけど」

「ではそうしましょう」

「どうやって?」

「あなた達のユウコ隊長は函館の陸軍病院にいます」

「生きてた!?」

「はい。怪我の治療が出来る彼女がいればハリカお姉様と子供が安全に過ごせますね?」

「そうだね」

「ユウコ隊長を確保している彼等が、不死身に近い上に怪我の治療を出来る能力があると知っていればどう扱うでしょうか? その力の秘密を探るために何でも、酷いことでも平気でするのではないでしょうか?」

「うっそ!? あ、そうかも!」

「古くは皇帝に限らず、権力者が追い求めるそれは義理や人情、法や道徳まで無視される価値がありますね」

「そうかも!」

「ハリカお姉様達があちらにいる今、何か出来るのはヨモ、あなただけではありませんか?」


■■■


 出発地点は日方漁港。ポンツーン、係留索、各家の漁船と漁具、カモメの糞で汚れ、普段の満潮位がフジツボと乾いた海藻の位置で分かる岸壁。

 背後、急斜面の山はヨモが大自然相手に相撲を取った場所で、素手で岩盤抉った跡が見られる。漁港脇の石の浜はトウコと石バレーをした思い出の場所。

 ヨモはトウコの父、ダイジ伯父さんのドライスーツ、足ヒレ、ゴーグルを着用して軽装のダイバー姿。大柄な男が着る物が丁度良い。

「無理すんなよ」

「うん」

 防水バッグに水と食べ物、そして着替えの服も入れた本番仕様で水泳の練習。ダイジは磯船にて救助役を務める。

 初めは”馬鹿だことすんでねぇど”と反対的な意見を述べていたダイジだが”おやんずおめぇ男か?”とトウコに言われて1発で折れた。

 トウコもまた初めは否定的だったが”ユッコいねがったら5回死んでだな”と思い直した。混血姉妹の連帯、家族に圧しかかろう連帯責任、天秤に掛ければ揺らぐ。しかし基準を”生か死か”に絞れば決断が下る。

 カモメの群れ、半没するテトラポッドの上にいる鵜。海苔と岩牡蠣がこびりつく岸壁から、鳥毛、削れた木片、種子か何か、少量の油か鉄バクテリアが浮く海面へ飛び込む。

 真こんぶ、ざらめ、がごめ、わかめ、食べないから名称不明の海藻の森。

 うに、なまこ、かれい、かじか、磯蟹、ひるけ貝、あわび、ミオ、シオムシ、ヒトデ、ウミウシ、ヤドカリ。

 削れた丸い石、砂と硝子、錆びたアンカー、割れたブイ、空き缶、古タイヤ、トタン板、不発弾。

 浜の砂利原に切れた海藻の塊、流木、擦れた綱と網、何かのパイプ、割れたバケツ、穴開きの衣服、靴が片方。

 パチンコ屋が一番大きい建物の弁天町通過。銭湯がある。温泉か沸かし湯か良く分からない。

 難波基地の建物。海軍の敷地側にある桟橋、哨戒艇と補給艦、フェンス、警備兵、アンテナ、旗柱と国旗。海上保安庁の桟橋、白い船舶。

 郊外型ショッピングモール、町立病院、小中一貫校がある東風町は一番の”都会”。

 磯船のエンジンを回しながらヨモにダイジは追走する。スロットルを振り絞っているわけではないが、人力に合わせる速度ではない。

「なまら早ぇの。疲れねが?」

「まだ行ける」

 息継ぎは問題無く、会話出来る余裕あり。

「わっや。お、ヨモ子、イルカだで! おめだら獲れだりしてな!」

「ん」

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