09:お姉様の国

 爆撃を受けた堤防の補修跡が見て分かる。色調が奇天烈な石油吸い木材でも新旧で彩度が違った。

 技術レベルは遥かに地球に及ばずとも、叡智と労働力を結集した堤防は壮大。ここより上流へ谷に沿った長い湖を形成し、流れ込む原油が微生物分解で無毒化するまで貯水し、浄化槽に濾過槽を複数経由して異界の農業用水基準に達してから下流へ放水される。人々を支配する十分な理由と力がある。

 決闘予備戦勝者は本戦勝者に準ずる扱いを受ける。堤防城へ岡持ちでご飯を配達しに来たヨモは、仕事は下女のようだが門衛の士族より捧げ剣の敬礼を受けて「ご苦労さまでーす」と返して入城。慣れたもので、甲冑のコッドピースを見る度に”この鎧ちんちんついてる!”と驚かなくなった。

「ヨモすけー!」

「やっほー!」

「ケツデカー!」

「どすこい!」

 駐在のざあぶ兵へ挨拶の言葉や体当たり。

 地球人同士の挨拶は明るい。

 城の下町の雰囲気は暗い。空き家、女の単身、母子家庭が目立つ。

 地球人口が6から8分の1になったと言われる戦いはまだ続いている。異界側も大量動員で死に、少女隊の逆襲で更に死んで弱っている。弱り目に蛮族や獣との戦いが起こり、食糧生産能力が低下すれば泣き面に蜂。前堤防卿も成年男子を欠いて少年戦士まで動員していたのは苦渋の決断であった。

 現代地球では極端な人口減少、サプライチェーンの部分崩壊で弱者を救済する社会機能が麻痺し、停止されつつある。

 異界側ではそもそも社会保障の知見も伝統も無い。再婚に失敗した未亡人や父無し子の未来は暗い。穀倉地帯であるこの谷には安定した働き口があって、余剰生産物があり、他所に比べてまだ豊かな方であった。この異界で直接、間接的に滅びた共同体が数多い中では幸運。

 城の上流階級、士族の者達は農奴より少女兵に親近感を抱いている。

 賢者はあまりに天上の存在。触れ得ざる者、ただ上から勅令を下すだけ。

 農奴は話しも出来るし命令も出来るが魔力を持たず、自発性も低い。文字は記号を数種類程度覚えられるが文法は理解できない。算数は指折り数える程度で数珠が使えれば賢い方。個人名も与えられなければ持たない。

 蛮族は一応人型ということで人に部類されるだけで野獣同然。会話は成立せず、大半は奴隷どころか家畜にすらならない。柵で囲えば暴れ、脱出しようと体当たりを続けて自死に至ることもあった。

 賢者程に遠く無く、士族より賢い少女兵は殺し合いをしようとも理解し合う関係もあった。半ば同類であるならば尚更。

「えっと?」

 士族の若者、花束を持ってヨモの前で膝を突いた。現地の仕草ではなかったが、城の通路の角からざあぶ兵が「いけいけ」と拳を振っていた。他人の恋路は良い余興。

 ヨモはその角へ向かって、眉毛で何? と問う。角の方から、左薬指に輪を通す仕草。意味は2つで1つ。

「ごめんなさい!」

 頭を下げてヨモは行く。

 言葉の分からない若者、振り返ったら厳しい顔の腕バッテンで返されて嘆く。農奴ならばこのやり取りを理解できない。

 出前先は城のご領主。

「今日のご飯は、ざく切りトマトのケチャップソースのチーズオムライスとフライドポテトと、チキンオニオンパセリのコンソメスープです!」

 蓋付き食器、温石保温、強い魔力からの健脚。出来る限り出来立てに近い状態で配食された。

「はいお姉様どうぞ!」

「ありがとうございます」

「はい旦那くんどうぞ!」

 緊張した素振りで会釈。裂かれた顔には恐怖。

「はいホッシーどうぞ!」

「谢谢、ありがと」

「むっふふ!」

 堤防城にもコックはいるがやはり基地の食事は忘れられず、悪天候や事件など何事も無ければおよそ3日間隔で出前を行う。

 ハリカは新領主として城で業務を行っている。星将軍は基地に外部から人が出入りするようになったので身元を隠すため。

 ヨモは星将軍が食べる様子をニコニコと眺める。もう介護不要な程に義足と杖を使いこなせるようになってはいるが、救助以来の保護者精神が抜けない。食べる動作と共にツインテールが揺れると大満足。

「ヨモ、あなたにお願いがあります」

「なあに?」

「ユウコは拉致されたと推測します」

「え?」

「ユウコはかつて不死英雄と呼ばれた者の可能性が高いのです。国籍不明、もしかしたら純粋な異界人とも呼ばれる謎の人物かもしれません。頭を自分で吹き飛ばしましたが、噂が確かならあれで死にません。私の腕のように脳みそさえ戻ります」

「えーと」

「ユウコの自殺もどきを利用されました。悔しいですがあの時してやられたのです。少なからず動揺した私の責任でもあります」

「うーん」

 ユウコの自殺事件は、藤波勇子の遺体は遺族に引き渡すということで一応の幕を引いている。

「どうにかして取り戻す方法を探さないといけません。仲間を助けなければいけません」

「でも難しい、よね?」

「ヨモ、あなた、地球に戻ってみることは可能ですか。トウコがそろそろ地球に転勤しますね。乗じることは出来るでしょうか」

「どうだろ?」

「出来れば方法を見つけてください。お願いします、皆の未来がかかっています」

「うん、でも、見つかるかな?」

「目を凝らして耳を澄ませていてくれれば結構です」

「わかった!」

「ユウコに子供を見せてあげたいです」

「えっ! じゃあ」

「出来ました」

 ハリカが腹をさする。魔力があれば10月10日と言わない。

「おめでとう! じゃあ、えっ?」

「セックスしました」

「キャー!」

 ヨモは指を開いて顔を覆う。

「跨って両腕抑えて首を絞めます」

「ウッキャー!? あれ、お姉様じゃあ……」

「私達の母親が死んでしまうのは魔ぢから持って急成長する赤子の力が、子宮が伸び切らない常人の母体を破壊することにあります。大丈夫でしょう。いざとなれば自分で腹を裂いて取り出します」

「うわー、あ、じゃあお医者のユウコちゃんいた方が全然安心だ!」

「子供の分もお願いしますね」

「出来ればー、どうにかー、分かった!」

 食事も終わり、食器とハリカ配下の者だけに見せる連絡書類を受け取ってヨモは城を出る。


■■■


「堤防卿、あなたは酷い人のようだ」

 義理の髪留めを星将軍は解いた。

「狡兎死して走狗烹らるとはそちらの言葉ですね。ただの使われる兵隊のままでは何れ滅びます。地球の大人共が対異世界人装備を揃えるまでの消耗品に過ぎず、後輩も減ってきている我々が生き残る方法は限られます。地球に居場所がないならこちらに土着する方法を探るしかありません。敷かれたレールを脱線するなら覚悟しなければなりませんが」

 連絡書類には、基地増員と組み立て式装甲車両、火器の補充、小ゲート防壁再建、基地別棟建築などと大規模化の様子、金恵冬子の地球転勤と代替の給養員の育成、国連軍武官の訪問が報告されていた。これ等により影響力の減少は避けがたい。新隊長に添えたハリカの私兵、ざあぶ隊の筆頭少女がいつまで地位を保っていられるかも分からない。秒読み段階かもしれない。

 城の筆頭戦士が武装して食堂にやってくる。

「ご領主様、船の用意が出来ました」

「ご苦労様です。さあ、煌めく小さな星の名前、魅せて下さいますか」

「分かった」

 瀋陽軍残党、広範囲に散る。巨星は落ちたがまだもう1つ。

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