08:*軍閥化

 渡島大島難波基地。小ゲート地球側、逆三角錐の穴の底。異界側から不法侵入者があれば全種兵器が無制限使用可能。

 ”門の賢者”が地球に渡り、この小ゲートのみが調整を受けて常人でも渡れるようになった。特定出生児以外の現実的な異界渡航は世界初。

 異界側、渡島大島基地調査隊が編制された。現地調査班男性7名と護衛の逸身藍分隊少女兵24名、姿勢は崩しているが整列待機中。

 逸身大尉は泰山基地への後退に成功して生還。休暇名目でしばらく施設の妹達の保母役をやらされていた。案外、得意だったかもしれないと感慨に耽っていれば、

「どうしたの”あーたん”! チビっこどもと別れてさみしいのぉ?」

 と部下にからかわれるのでグリグリ攻撃で仕返し。藍の名を”あーたん”と呼ぶ妹がいて全体に広まっている。

「気をつけ!」

「遅れてすまない。これより分厚い書類にサインしろと直前に言われてね」

 調査隊長となる【金恵勤治】少佐が、左手首の手錠に繋がったスーツケースを持ち上げて見せる。

「これより渡島大島基地への調査に向かう。米丸中ゲートとは異界側では海に隔てられて連絡が取れたことがなく連携したこともない。中規模ゲート以上と違い大量の兵器や物資を送れず苦戦が見込まれており、多くの者が心的外傷後ストレス障害に罹っている可能性がある。常識として、階級が下であろうとも古参は誇りがあって、新参には冷たい。特に別基地の別訓練を受けた隊となれば対抗意識も燃やすだろう」

 逸身分隊の隊員は全て九州の米丸基地出身。

「私の方が苦労している、辛い目に遭っていると思い合った状態で顔を合わせることになるだろう。ましてや渡島大島には白兵重視訓練を積んだ少女隊ばかりが送られている。手負いの獣と接するように、出来るだけトラブルを避けるよう慎重に対応して貰いたい。一部、一般家庭で育ち、施設教育を受けていない者がいる。中でも良好な家庭で育った彼女達とまず親交を深めて仲立ちを頼むようにする。生きていればだが私の姪が2名いる。この2人とまず接触したいところだ。厨房に立っている給養員のはずだから影響力は強いはずだ。皆分かっていると思うが飯炊きには敵わない」

 笑いを取りつつ、金恵少佐が家族写真を出して回し見をするように隊員に渡す。

「顔が濃い感じの年長の子が冬子、方言がキツくて声がデカい。身長が180くらいあるのが四萌、身体がデカい。2人とも心が無事なら会話は通じる。良い子だ」

 茶化す口笛。

「渡島大島の小ゲートは小さい。通るだけで電子データが消去され、バッテリーの蓄電が消え、磁石が消磁し、従来なら特定出生児以外の生物が通れば脳死した。この脳死の部分だけが解消されたと、先行して出入りした私が保証する。私の部下に、もう命が惜しい者はいないと信じる」

 調査班男性7名、痩せて禿げた病相なのに面構えは強気。被害距離限界まで敵に近づき精密核打撃を加える作戦に従事し、数多くの仲間達の”肉弾”を見送って来た汚れた英雄の生き残りである。この者達より”男”はそういない。

「基地からの定時報告書には虚偽か混乱の跡が見られる。基地隊長藤波勇子准尉にはすり替えの可能性が指摘されている。帰還命令のほとんどを無視している実態も、一時は難波基地側から死守命令を出した件も併せて調査する。外人兵雇用の実態も調査する。特に旧瀋陽軍閥関係者、敗残兵を拾っている可能性がある。不定期に遺体を送りつけて来る行為の具体的な理由、潜入調査員死亡率の高さ、生存隊員名簿の入手及び作成も行う。門の賢者渡航の経緯も多くが不明、調査する。現在の基地の独自ルールも把握する。軍閥化傾向が見られ、外部の者に過敏になっている可能性がある。接触の際は慎重に。今回は成果を上げるよりも慣れること、我々は敵ではないということを報せることに注力するように。他に、質問等々あるか?」

 逸身大尉が手を挙げ、金恵少佐の隣へ。

「私から一点。地球に送られた遺体と装備の損壊から非常に苛烈な白兵戦を行ってきたと見られます。そのような生き残り達は非常に暴力的で誇り高くなっています。あらゆる発言に気を付けてください。好意も悪意に取られかねません。また良好ではない家庭や野良で育った者との接触は極力避けるように。虐待を受けたり、強盗で暮らしていたり、狼少女ならぬ野犬少女のような者もいます。とにかく当たり障りなく低姿勢を、ガキ相手でも貫いてください」


■■■


 調査隊は先行して派遣した連絡員に調整させ、基地の朝礼に参加した。

 逸身大尉が所属していた米丸基地には軍隊らしい規律があって、当たり前だと感じていた。

 渡島大島基地隊員600名弱と思われる。防寒着に、野戦服を崩して着るのはまだマシで、特に髪を伸ばした年長者は異界人の服をわざわざ着ている上に骨や牙飾りまでしている。一応整列しているが小学生の運動会以下。分刈りの坊主かスキンヘッドの男、刈り上げ短髪の少女兵、ベレー帽を揃って被り間隔揃えて整列しているのが数に比して間抜けに見えた。

 隊長らしき人物はおらず、演台に立つのは代理人でエプロン姿の給養員。方言がキツくて声がデカい。

「あ゛ー、なんだばや、何かあったが? とりあえずよ、新すぐ来た奴等どあんま喧嘩すんでねぇど! めんどくせぇっからよ! うーん、やいや、こういっだこどしたこどねぇじゃや。あー、キンちゃんや! 33人で全部が? ママ作んねばなんねでゃ!」

「総員33名、頼みます!」

「あいよ! デスマスクとの戦争終わったけども、何あっかわがんねっからよ。一昨日も蛮族ぶっ殺したっけや! 冬さなれば食いもんねくてその辺、獣もウロウロし始めっからよ。ああいったのもあっからよ、見張りサボんでねぇど! あー、以上終わり! 何か質問あんだがや!?」

「はいトコちゃんコック長!」

「なんだば!?」

「今日のお昼ご飯は何ですか!?」

「肉とネギ焼くじゃ! ミカンもあっど!」

「肉!」

 部隊の練度は整列しただけで分かるというが。


■■■


 余所者には警戒心があり、急に奥底へ手を突っ込む真似をしてはいけない。下手に基地隊員の協力も無しに外へ調査にいっては全滅のおそれ。調査隊は手持ち無沙汰で、外で自分達が寝る分のテントを張る程度。いきなり基地内に宿泊することは余計な難題を生むと判断された。

 逸身大尉に基地を案内するのは日下部四萌、金恵少佐の妹の娘。義足で180cm程度の逸身より少し上で、肩に腕と腿の太さはスピード系アスリート並、手の指はまるで獣と見定める。これと白兵戦は嫌である。

 案内は多くの寝室、トイレ、倉庫、屋根の機関銃座、即応部隊の詰め部屋の順。廊下は無秩序な保育施設のラクガキ状態かと思いきや、米丸基地と同じで骨と毛皮の戦果トロフィーも見られる。ちゃんと整理されているかどうかの違いはある。

「ヨモちゃんそのイケメン新しい人!?」

「このイケメンさんは、えーと、アイちゃん大尉だよ!」

「ちゃん大尉!」

「あー、よろしく」

「男の人だと思った! ちんちんあるの?」

「無いぞ」

「無いんだ!」

 本来は階級が定められ、軍歴や功績、組織運営に応じて相応の軍服や肩章に勲章を支給しているが、基地隊員には適応されている様子が無い。

「君達は軍服を着用していないのか? 儀式の時とか」

「うん? あの生地良くてキンちゃん着てるみたいなの? ユウコちゃんだけ着てるよ。あっ裁縫部!」

 次に案内された裁縫部とやらの作業部屋では軍服に遠慮なくハサミを入れて、その丈をズボン生地で伸ばして綿を詰めている。作る指導をしているのは異界人の女で、おばあちゃんと孫という様相。

「冬支度中でーす」

「誰そのマスクマン?」

「新人さんでーす。えー、新人?」

「初陣から7年経っている」

「凄いベテランだ!」

「ベテランマスク!」

 会話の様子から階級制度が根付いている雰囲気は無かった。年長がリードしている様子ではあった。

「隊長はどこに? 遠征かなにか?」

「ユウコちゃんそういえば朝からいないね。どうしたのかな?」

 ヨモが尋ねた部屋、表札無し。ノックをすれば「今日はお休みでーす……」と返事。

「だって」

 隊の責任者が”お休み”という聞いたこともない言葉に逸身大尉は衝撃を受けた。しかし基地には来たばかりで、准尉に対して階級が高くても一応は新参である。

「お大事に」

 開かずの扉を、摩擦無く開ける方法を考えないといけないかもしれなかった。

「遠征か何かで不在の者は?」

「今はお姉様達が谷に行ってるよ」

「谷……」

「……んの野郎ぉ! あたしらの攻撃精神疑ってやがんのか! 座布団にケツ擦ってるだけのオナニー野郎がナメてんじゃねぇ!」

 ヨモが窓から飛び出し、走る。逸身大尉も追う。

「やっちまえ!」

 外にでば喧嘩を煽って殺し合いにしようと屋根上の機関銃兵が軍刀を上から激昂する少女兵に投げた。調査班男性2名組、流石に度胸は据わって怯えて武器を手に持たないが走って逃げる姿勢。

「はーいよーし……よしっと!」

 ヨモが弾丸タックルで少女兵を捕まえて担ぎ上げ、軍刀を屋上に投げ返す。

「やーやー!」

「やーじゃないの!」

「あぁああ!」

「吠えない!」

 男性2名のところへ、屋根上を警戒しながら逸身が近寄る。台座の軽機関銃が照準を向けて来ないか緊張。

「どうしました?」

「いや、小さいのに大変だなって……」

「何が引き金になるか私も分かりませんので注意を」

 少女兵に同情したらしい。それだけでこの有様である。そこら中に生きた地雷が転がっているようなものだった。

 少女兵が落ち着いてから厨房へ。「お茶出すね!」とのこと。

 昼食を作っている最中の、電気ガス水道が無い前提で一級に見える厨房からは食べ物、湯気、炭火の匂いがする。

 米丸基地では缶詰、レーションを温めて出すだけだった。悪くは無い。異界では湯気が出る物が見られるだけで幸運。温める前の固い米飯は士気が下がる。

 厨房では金恵少佐がネギを切るのを手伝っていた。手錠付きのスーツケースの上にまな板を置いて切っており、やはり度胸は据わっている。

 ツインテールの給養員は頭を壁に向けてニンニクの皮を剥いている。

 コック長はマキリ包丁二刀流で曲芸のように肉を切っては刃で弾くだけで中華鍋の中へ飛ばす。曲芸的な早さと技巧といい、鍋の大きさといい、この厨房一つで600人を食べさせている腕は伊達ではない。

 逸身大尉は料理の様子をチラっと見てから食堂で席につく。

「少女隊の保育施設がな、統廃合の一環で全部ゲート基地付属になるんだ。普通の人が給食のおばさんやったら盗み食いどころか殺されるかもしれんだろ。それで異界帰りの”タフ”な奴に飯作って、空いた時間は保母さんみたいなことするって仕事があるんだ。やってくれんか? 定時帰りだし、チビ共の世話もな」

「あー、うーん、なんだば」

「俺も先長くないし、こっちにいれば家もまともに帰れない」

「トコちゃん後は任せてよ!」

 厨房側へ声を掛けるヨモから逸身大尉はお茶を受け取る。身内話の端にいるだけで肩身が妙に狭かった。

「やー……2年以上も派遣しっぱでが。今更何考えてんだば」

「俺にも分からん」

 渡島大島基地の軍閥化を防ぐために古参から引き抜いていく方策があった。”話が通じる”者から引き抜くようなことは、先の少女兵の激昂から悪手に見える。”俺にも分からん”とは全て嘘ではない。

「そのアクセは飾りがよ」

「星が足りん」

「出世されねぇのが! 遺族年金増えねべや、カンジ腹減ったって言ってらど」

「あと少しで大佐になるから待ってろ」

「そごのイケメン、先にママけじゃもう支度出来てらど! ヨモ子呼んばれ!」

 急に方言で怒鳴られては逸身大尉には届かなかった。

「はーい!」

 ヨモは厨房の壁に掛かる梯子を上る。

「大尉、ご飯食べなさいって」

「はい」

 金恵少佐の通訳で、配食口で受け取ったのは豚バラ、牛タン、鳥皮のネギニンニク塩焼き、ご飯に海苔が敷かれる。キノコと三つ葉のお吸い物。ミカン2つ。

「そのマスクよ、なまら激マブなんだから外せじゃ。そのトレンディアイ勿体ねぇで」

「顎が無い」

 目つき鋭い逸身大尉は義顎を開けて口を見せる。食事、噛み付き兼用の刃が並ぶ。

「わいやわやだのっ! くづねんだおめ!」

「いつも手作りですか? ご苦労様です」

「缶詰とがは休みん日だけだな! なんだば、他所の基地だら出来合いばしでまどもにママかへでねぇのが? はんかくせぇんでねんだ。めぇの食ってねばやってらんねぇべや。なあ?」

「連続は飽きるよなぁ。七味とガラムマサラとハッカはいっつも持ってた」

「ハッカぁ? キンちゃん舌おがすんでねんだ!」

「たまに欲しくなんだってよ」

 屋上より「ご飯ですよー!」の大声と、鍋を叩く騒音、隊員が迫る足音と奇声。


■■■


 夕食は肉じゃが、半端な材料を処分するためのスパゲティナポリタン少量、ガーリックライス。

 夜にはアイスクリームの配布があった。地球では戦地以外でそこまで有難くないものだが、米丸や泰山基地など異界勤務経験が長い逸身大尉や部下達には文明の発見級の驚きがある。

「明日はケーキ焼きまーす!」

 とヨモが宣言すれば奇声どころか嬌声。耳を疑った。渡島大島基地は他基地より遥かに生鮮食品を要求することで異常性を示していたが、目にして恩恵に与れば更に驚き。

「地球に戻らないか」

「んだな。ヨモ子さ任へでいいんだばそうするがの。キンちゃんいねばチビ共世話すのいねべし」

 アイスを食べながらの、金恵の伯父姪の会話を横から逸身大尉は聞いていた。

「妹達をよろしくお願いします」

「何言ってんだおめぇ、わだちの姉妹だじゃ」

 この話の通じる年長が抜けてしまう。

 アイス終了後、渡島大島基地の不確かな隊員名簿をもとに”上”が決めた地球帰還者の名前を発表するかどうか検討。まず部下達から調査報告を聞いてから金恵少佐のところへ逸身大尉は向かう。初日は行動を控えるということで集まった情報は少ないが、彼女達の言う”お姉様達”の不在が気掛かり。

「年長者の多数が不在で、隊長が引き籠っている中での刺激の強い行動はまだ控えるべきかと」

「お姉様と呼ばれる滝葉梨花と話が出来るまで消極的にいく。どうも、谷の領主になったらしい。ケーキ焼くのは谷の城へのお祝いついでらしい」

「現地勢力を乗っ取った?」

「カナリア部隊に出来ることはほとんど無さそうだなぁ」


■■■


「お姉様来たー!」

 屋根の見張りが叫ぶ。

 調査隊の二日目、朝に小規模であるが大名行列が見られた。ハリカがトウテツに女乗りして、従士に召使い、荷物を引く武具職人、現地装備の長髪少女兵を連れて谷の方から基地にやってきたのだ。

 ハリカは腕が4本、異界人の服を着ていて、髪型は頭髪規定がどうのという段階ではない長髪癖毛。渡島大島基地死守命令以前からの生き残り。

 現地人との融和事例は世界各地である。基本的に上層部の判断を仰ぐしかない案件。調査隊の手に負えないだろう。

 基地の正門前に異界人が仕立てた甲冑が並べられ、基地にいた長髪少女兵が飛び出して「今日から”ざあぶ隊”だ!」と奇声を上げて喜び、早速装着を始める。

 異界対応兵器の開発が遅れていた過渡期。ピレネー大ゲートでは、本意と違うがズアーブ兵と現地で呼ばれた異界人装備部隊が編制されて活躍した事例があって、各国参考にしている。それに倣ったものと分かる。この”ざあぶ隊”はそれ以上に親衛隊色が濃く見える。強力な私兵は独裁政権を固める。

 この”ハリカ大名”、地球に戻す隊員名簿に載っていた。

「帰還命令など聞くように見えませんね」

「こういうことってあるんだな」

 逸身大尉は金恵少佐と任務の困難さ、不可能性を確認し合う。

 軍閥化の傾向が顕著、どころではなく形成済み。33名如きの手に負えない。

「あら、今まで上の空だったのに急に熱を入れ始めたんですね。えーと、少佐殿?」

「金恵勤治だ。トウコとヨモの伯父と言えば話が早いかな」

 ハリカが手でトウテツを軽く叩き、しゃがませ、従者の1人が人間踏み台になって降りる。映画でしか見ない専制君主的な様式が見られた。

「まあ、2人にはいつもお世話になっています。当基地へは何の御用で……あらあなた、顎ですぐ分からなかったですが督戦隊の逸身さんではないですか。また誰か処刑でもしにきましたか?」

 統治者の迫力があった。何か決定的な間違いを犯せば即戦闘か抗えず処刑。

「お姉様のシマぁ狙っとんのかワレ!」

「”ざあぶ”なめてんのかコラ!」

「はい、静かに」

 下の両手を叩いて親衛隊を黙らせ、上の両腕を軽く広げて”ではどうぞ”と態度で示す。嘘は許さないし敵対も許さないと見える。

「偵察任務と人体実験。本当にただの人間がここに来れて、無事に生きて戻れるか」

「他には? 素敵な物をお持ちですが」

 逸身大尉は金恵少佐を庇える位置へつく。”これ”を奪われたらもう取り返しがつかない。

「ハリカさーん! 私をあっちに連れてってー!」

 白髪の、逸身大尉の昔の記憶に刻み付いて離れない人物がいた。

「Imotal Brave!」

「ぎゃー! 誰かスコップ持ってきてー!」

 ユウコ隊長、崩れ落ちる。

「どったのユウコちゃん!?」

「園芸やる季節じゃないよ!」

「穴を掘るの! 穴を掘るのー!」

 ユウコ隊長、手で地面をひっかき始める。尋常ではなかった。

「ウンコはトイレだよユウコちゃん!」

「違うのー!」

「イモブブって何?」

「ぎゃー!」

 任務も忘れた。

「なんでここにいる! 行方不明じゃなかったのか! 生存の報告は!? 隠れて任務から逃げていたのか! 藤波勇子って誰だ!?」

 ユウコと呼ばれる者は「ひゃっ」と泣いて「ごめんなさい」を連呼。

「刈り上げ番長てめえゆうこちゃんイジメたのか!?」

「ゆうこちゃんなめてんのかコラこの貧乳ドブス、こっちはあのおっぱいなめてぇんだよ!」

 動揺した逸身大尉の部下が遂に言い返す。

「あーたんなめんじゃねぇぞごら! ぺろぺろしてぇのこっちだぞてめぇ」

「リセットボタンどこぉ!?」

 ユウコ、錯乱して這い回る。

 逸身大尉は常に冷静でいるのが務めである。心が乱れたが、それ以上に乱れている者を見て己を取り戻す。

「武器! 装爆!」

 雷剣にC4爆弾をつけたボルトガンが屋根から投げ落とされ、基地の少女兵の手に渡る。

 装爆なんて号令聞いたことは無かったが、異常性は聞いて見た瞬間に理解出来た。

「お前等おかしいぞ! 訓練を受けたのか!?」

 基地隊員が囲んだ。大尉は抵抗せよとの命令を出すか迷う。金恵少佐も同様。

 例え殺されても抵抗厳禁、調査第一が方針。しかしいざ興奮した武装兵に包囲されれば選択肢が増えてくる。

「へい、米丸ビビってる! 命惜しいってよ!」

「長生きしてぇのかてめぇら! ガキでも産む気かボケ!」

「米丸ビビってる! パンツ”しも”ってる!」

 馬鹿笑いしながら外套来た基地少女兵が走って来る。腹が膨れてそこに雷剣が刺さる。

「自爆!?」

 逸身大尉、拳銃を抜いて構えて魔力込め、ヨモが自爆兵を掴んで持ち上げる。

「はいダメー! 皆ダメー!」

「皆殺しするの! 皆殺し!」

 自爆兵はバタバタ暴れ「はいよーしよーし、いーこいーこ」となだめられ、雷剣抜かれ頭を地面に叩きつけられて失神する。

 ヨモは逸身大尉に向かって、ニコっと笑って四股を踏んで「お相撲しよっか」と挑発的に言った。彼女は喧嘩の仲裁に入るような冷静さ、良識を持っていてこの言動。

 冷静に判断する。拳銃を捨てた。

 逸身大尉は半身、左足を前、脇を閉めて構える。ヨモは相撲の四つで、殺しに掛かる構えではない。

 ヨモのぶちかまし、逸身大尉浮いて転んで受け身、起き上がり。

「あーたん勝てぇ!」

「ヨモちゃんに勝てるかバーカ!」

「うっせぇ愚連隊!」

 逸身大尉、足捌きで張り手を避けつつ鈍器同様の義手義足で殴って蹴って手応え無し。肉付きの岩か鉄骨。

「グレン?」

「外人の名前じゃねえの?」

「ちげぇって、パンチ飛ばす奴だよ!」

「それだ!」

 ヨモは攻め手を止めて、腕を広げてほら殴れと足を止める。

「武器使っていいよ」

「吐いた唾飲まんとけや」

 観衆が喜び、屋上から椅子が飛んで来て逸身大尉が掴んだ。

「凶器だ!」

 椅子を振り上げ、

「リセットボタンリセットボタン……」

 ユウコは、捨てた拳銃を拾って咥えて撃った。

 冷静に……。

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